2006年08月22日

共産主義の犯罪3

 今回も共産主黒書(ソ連編)序より引用します。
 共産党は労働者、農民の味方などではありません。これも嘘の宣伝により植えつけられた妄想です。共産党は共産主義を信奉する労働者、農民、その他の庶民にのみ味方のように思えるだけですが、これも内部では絶え間ない権力闘争で、毎日が密告などにより抹殺される危険と隣り合わせでしょう。
引用開始

【赤色テロル】
 ・・・1918年夏にはおよそ140の大規模な反乱が起きた。その主な原因となったのは、食糧徴発隊によって乱暴に取り上げられることを農民共同体が拒絶したこと、個人的商取引が制限されたこと、新たに赤軍に徴兵されることであった。怒った農民は群れをなして手近な町へ行き、ソビエトを包囲し、ときには火をつけようとした。多くの場合、事態は悪化していった。軍隊や、治安維持を任務とする民兵隊や、ついで次第にチェーカー(ソ連秘密警察)の部隊が、ためらわずデモに発砲するようになった。
・・・略・・・
 1918年8月10日、レーニンはペンザのソビエト執行委員会に電報を打った。
 「同志諸君! 君たちの五つの郷におけるクラーク(富農)の蜂起は、容赦なしに粉砕しなければならない。全革命の利害がそれを要求している。なぜなら今後いたるところで、クラークとの『最終的戦い』が始められるからだ。先例を示す必要があるのだ。
(1)世間に知られたクラーク、大金持ち、吸血鬼どもを、少なくとも100人以上、絞首刑にすること(私は人々に見えるようなやり方で絞首刑にしろと言っているのだ)。
(2)彼らの名前を公表すること。
(3)彼らの穀物を全部没収すること。
(4)昨日電報で指示した人質の身元確認をおこなうこと。これらのことを周囲何百ペルスタ(一ペルスタは約一キロ)もの人々が見て、震えながら、我々が血に飢えたクラークどもを殺しているのだ、これからも殺し続けるだろう、と言うようなやり方で実行するのだ

諸君が確かにこの指令を受取り、実行したと返電されたし。草々。レーニン。
追伸。もっとタフな人間をみつけたまえ。」

【赤色テロル最初の大波】
 「抹殺」は実際に1918年8月31日から開始された。9月3日の『イズヴェスチア』は、ペトログラードで500人以上の人質が、その数日前に地方チェーカーによって処刑されたと報じた。
 チェーカーの資料では1918年9月一ヶ月間で、800人がペトログラードで処刑されただろうとされる。しかしこれは実際よりはるかに少ない人数である。事件のある証人は次のように詳細を語っている。「ペトログラードに関しては、ざっとの概算で1300の処刑が見積もられている。・・・ボリシェビキは彼らの『統計』の中に、クロンシュタット地方当局の命令で銃殺された、何百という仕官や市民を含めていない。クロンシュタットだけでもたった一夜で400人が銃殺された。中庭に三つの大きな壕が掘られ、その前に400人が据えられて、次から次へと処刑された。」・・・・・
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posted by 小楠 at 07:17| Comment(2) | TrackBack(1) | 共産主義の実態

2006年08月21日

共産主義の犯罪2

 続いて今日も共産主黒書(ソ連編)序より引用します。
この犯罪の隠蔽にあるように、共産主義者が行う様々な隠蔽、言葉の歪曲、行為の正当化などは、現在の日本の反日マスコミ、や左翼、反日団体がそっくり同じようなことをやっているのが面白いところです。共産主義の伝統をしっかり守っているのでしょう。

【ナチズムと共産主義の類似】
 ・・・常に攻撃の対象にされたのは個人よりもグループであった。テロルが目的にしたのは敵と決めたあるグループを殲滅することだったが、それは社会の一部にすぎなかったとはいえ、ジェノサイドの論理によってグループとして攻撃されたのだった。かくて階級的全体主義」の差別と排除のメカニズムは、「人種的全体主義」のメカニズムに酷似したものとなった
 将来のナチスの社会が、「純粋な人種」を基礎につくられなければならないように、未来の共産主義社会は、あらゆるブルジョワ的汚物から拭われたプロレタリア的民衆の上に打ち建てられるべきだとされた。排除の基準は違っていても、これら二つの社会の建設は同じように構想された。したがって共産主義がユニヴァーサリズム(普遍主義)だと主張するのはまちがっている。たとえそれが世界的使命を計画に持っているとしても、ナチズム同様、共産主義は人類の一部を生存に値しないと宣言しているからだ。相違があるとすれば、それはナチスが人種的、地域的に区分するのに対して共産主義は階層・階級によって区分している点である。・・略・・
 敵対する個人またはグループとしてではなく、政治的・イデオロギー的理由から、大規模な形で社会の一部を根絶しようとするこの犯罪は、何と名付けたらよいのだろうか。何人かのアングロ・サクソンの研究者は「ポリティサイド」(政治的殺人)という言葉を提案している。

【世論の沈黙】
 人は共産主義の犯罪について何を 知っていただろうか?それを知ってどうだったというのだろうか? このテーマが学問の対象となるために、どうして今世紀の終わりまで待たなければならなかったのか? ナチスの犯罪の研究とくらべて、スターリンと共産主義のテロルの研究がはるかに遅れていたのは確かだ。
 ここにおいて一つの明瞭なコントラストに驚かざるをえない。1945年の勝利者は犯罪、とくにユダヤ人のジェノサイドを、合法的にナチスを弾劾する中心に置いた。世界中の数知れぬ学者が過去何十年来、この問題に取り組んできた。何千もの本がこの問題に割かれ、何十もの映画が――そのいくつかは大成功を博したが――様々な違った調子で作られた。『夜と霧』あるいは『ショアー』、『ソフィーの選択』、『シンドラーのリスト』などである。・・・略・・・
 ところで共産主義の犯罪の問題については、このようなタイプの研究は存在しない。ヒムラ―やアイヒマンの名前は現代の蛮行の象徴として世界中に知られているのに、ジェルジンスキーやヤゴーダやエジョフ〖三人はいずれもソ連秘密警察の長官〗の名は大部分の人にとって未知である
・・・略・・・
 共産主義の分析の中心に、本質的な問題として人類に対する集団的・体系的犯罪を据えないのは、いったいなぜなのだろうか?
・・・略・・・
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posted by 小楠 at 07:43| Comment(2) | TrackBack(0) | 共産主義の実態

2006年08月19日

共産主義の犯罪1

 共産主義者(あるいはこれから派生又は影響されたと思われる現在日本の左翼、反日)の思考そして行動の根底にあるものを、過去の共産主義者及びその国家が実際に行ってきた事実から解き明かすのも、大切な一つの方法でしょう。
 今回引用する「共産主義黒書」は、1997年にフランスで出版された六人の著者の共著『共産主義黒書』の中のステファヌ・クルトワの序と、ニコラ・ヴェルトの執筆したソ連に関する第一部の全訳となっています。
まず「共産主黒書」(ソ連編)序より引用します。
kokusho.jpg
引用開始
【共産主義の犯罪】
 個人的な犯罪や局部的あるいは場当たり的な虐殺を越えて、共産主義体制は自分たちの権力を確立するために、大量殺人を真の統治システムにまで高めた。・・・略・・・・
 共産主義の犯罪は、歴史的見地からも倫理的見地からも、正当で当然な評価を受けていない
・・・略・・・山をなす古文書と証言は、そもそもの初めから、テロルが近代共産主義の基本的側面の一つだったということを示している。人質の銃殺、反乱を起した労働者の虐殺、飢えた農民の大量死、こういったものはある国、ある時代にだけ固有の状況から生まれた「偶発的事件」にすぎなかったという考えは、きっぱりと捨て去ろう。我々のアプローチの仕方は、特定の地域を越えて、共産主義の犯罪的側面を、共産主義体制の全存在期間を通じて、共産主義システム全体に固有のものと見なすものである。 
 それでは何について、どんな犯罪について語ろうというのか? 共産主義の犯した犯罪は数えきれない。まず精神に対する犯罪がある。これは世界の文化、民族の文化に対する犯罪でもある。・・・略・・・しかしこれらの破壊が関係諸国民や人類全体にとって長期的にみてどんなに重大だったにせよ、それは男・女・子供といった人間の大量虐殺に比して、どれほどの重みがあると言えるだろうか。
・・・略・・・
 死刑は様々な手段で行われた――銃殺、絞首、溺死、撲殺、そしてある場合は毒ガス、毒殺、自動車事故や飢餓による皆殺しもあった。人為的に作られて救出されることのない餓死や、強制収容所送りや、強制移住(徒歩または家畜列車による)の際の死や、抵抗したときの死、強制労働(衰弱、病気、飢え、寒さ)による死もある。「内戦」と呼ばれる時期の場合は、より複雑である。権力側と反乱側との抗争から生じたものと、一般市民の大量虐殺を区別するのは容易ではないからだ。
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posted by 小楠 at 07:38| Comment(9) | TrackBack(1) | 共産主義の実態