2008年01月25日

軍備均衡は平和の鍵

深まりゆく日米の危機2

今回引用している書籍は、昭和七年三月に発行され、同年四月には五十八版を重ねた、海軍少将匝瑳胤次著「深まりゆく日米の危機」です。昭和七年頃までの米国の動きから、当時の日本と日本人が米国に対してどのような感情をもってどのような状勢判断をしていたかを知る資料になるものと思います。
写真は第30代米国大統領カルヴィン・クーリッジ(wikiより)
coolidge.jpg

引用開始
 私共はもとより戦争を好むものではない。兵は、国の大事、死生の地、存亡の道であることは万々承知しているものであるが、しかし世界の大勢とこの大勢の中に翻弄せられている日本の現実を直視して、いかに国防の必要なるかを痛感するものである。また世の人道論者が戦争行為の罪悪を説き、平和主義者が戦争嫌忌の思潮変遷を論じても、畢竟戦争は理知を超越して自然に激成される勢いから発生するものである限りは、永久平和の理想実現は前途なお遼遠なりと信ずるものである。1928年11月11日の休戦記念日に当り、米大統領クーリッジ氏は、対世界、並に対軍備の根本観念について一場の演説をした。即ちその中に
『もし欧州各国が、国防をゆるがせにしたらんか、戦争は一層速やかに来りしならん。人生総ての経験は適当なる軍備を有する一国は他より攻撃せらるる公算少なく、また遂に戦争となるべき利益の侵害を被ること、また一層少なきを示せり』云々
とある。実に軍備は決して平和論者の称するがごとき嫌忌すべき戦争誘因となるものでなくて、かえって戦争を防止し、戦禍を局限し、反戦争観念を最も強く発揮するものである。随って『米国の軍備を充実するは吾人自身の義務なると共に、文明のためにも、はた又国内に於て平和を保持するためにも、諸外国と秩序あり且つ合理的な関係を持続するためにも、適当なる陸海軍を維持することは必要なり』と叫んだのは、他の所論は別として流石は大統領の率直な言葉として推奨するところである。

 まことに適当なる軍備の維持はクーリッジ氏を待つまでもなく、嘗てルーズベルト氏によって『最も廉価に平和の保障たる海軍』と叫ばしたごとくに、空漠なる平和論や、不真率なる国際協約よりも遥かに平和を永続し、戦争の災禍を減ずる実効的方法である。世界の平和を利害の調節にのみ考察して、利己的協約を結んで戦争を止めんとしたからとて、それで戦争が防止出来るものではない。・・・・・畢竟戦争の危険より遠ざかる唯一の途は、その有する軍備において互いに相理解し、相敬し相畏るるにあるのである。我々は米国に向って決して挑戦するものではない。然し今日の時勢においては挑戦せらるる国家も戦争に対する一半の責任を持たなければならない。何故なれば、そは侮らるるまでにその軍備を等閑に付したからである。換言すれば相当の戦争保険料を払わなかったからである。

 されば世界の平和は、侮り侮られる国家が無くなった場合においてのみ保たることとなるのであるが、これとて名誉利害の衝突やら人種的偏見やらで、合従連衡が行われて何時しか勢力の均衡を破る羽目に立到って再び戦争の災禍を捲起すこともあろうが、これを聯盟、条約等の空疎なものに比較すれば、遥かに平和を永続さす効果はあるのである。これがためにも軍縮会議において我国防の均勢を強調する必要があった。然るに国際親善のためと称して、交譲妥協の精神を発揮し、我が最小限度の国防保有量さえ譲って、恬然成功呼ばわりするに至っては、これ実に沙汰の限りと云わなければならない。彼らは果して英米二国に対して侮られざる位置に日本を置いたと思っているのであろうか。恐らくそこまでは気付かなかったであろう。
 さてかくのごとく述べて来れば、旧式の偏武的軍国思想を鼓吹するものと曲解される方があるかも知れないが、それは大なる間違いである。然し国際政局に無頓着で、国家意識の薄弱な、個人生活の受用にのみ汲々たる軍備無用論者もしくは軍備縮少論者などとは始めよりその思想系統を異にしているのであるから、そんな人々とは国事を論ずる考えは毛頭ないのである。こういう人々は、人類は互いに相愛すべきものであるから戦争はすべきものではない。従って軍備の必要を認めない、国防の必要もない、軍縮大いに可なり、この軍縮によって財政上の余裕を作り、その余裕にて失業者を救い、貧困者を救助すべし。社会事業を興し、産業を振起すべし。軍縮会議に比率を争わんよりは、自ら進んで譲歩をなし、軍備を縮小するも可なりととする論者である。もし一朝他の強国が軍艦を引率して、我国に暴慢無礼を加えても、抵抗よりも忍従、戦争よりも聴従の方が利益と考える論者である。・・・・
 国家が外国より屈辱を受けても、個人生活を楽しめばいい、国家が独立を失っても個人生活が豊になればいいとするのである。国家の独立を全うするために戦争をし、血を流し、人命を棄つるは愚の骨頂だとするのである。・・・・

 さて軍備の国際的均衡は他に戦争を仕かけることが容易でない。随って征服のためにする旧式の軍国主義でないことは明らかである。英国が今日その厖大なる植民地を擁して国家の利益を保護するために、世界第一の海軍を維持しているのは、その地理上の関係からして無理もないと見なければならない。またかかる優勢を一国に独占せしめることは世界の平和に害ありとして米国がこれに均整を強調したのは適当な見解と認めなければならない・・・・ただ米国が日本との均衡を自己に都合よきように低めようとするのが疑問の種で、或る一部に米国の軍国主義、帝国主義と指弾するものがあるゆえんである。・・・・
 日本の満蒙経営と米国の対支政策とは必然的に衝突すべき運命を辿りつつあり、この運命に備えるために米海軍の拡張が行われているのを信ずる事は最も至当である。また日米衝突の危機は刻々に迫りつつあることを痛切に感ずるものである。随って軍縮会議の尻拭いに汲々たる態度を改め海、外両部において真摯、和衷協同してこの難局に善処するの計画に尽瘁せんことを切望するものである。
引用終わり
posted by 小楠 at 07:17| Comment(2) | TrackBack(0) | 書棚の中の戦争
この記事へのコメント
昭和7年3月に発行され僅か1ヶ月後には58版を重ねたと言う本書の内容もさることながら、当時の国民の国防に対する関心の高さを物語っていると思います。中国の台頭が著しい現在、今の米国と日本の立場・・・・時を感じます。
Posted by カピタン at 2008年01月25日 15:33
カピタン様
今は国防という言葉さえ聞くことが稀に
なっていますね。
60年以上平和が続いている日本なので
一大事が起らないと分からないのでしょうか。
その時はもう取り返しがつかないかも知れないのに。
Posted by 小楠 at 2008年01月25日 17:28
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