2006年07月19日

満洲国

 近現代史の復習13
 カテゴリー<近現代史の復習>で、反日、左翼、新聞、テレビから発する嘘、隠蔽、捏造での汚染を予防するため、正しい日本の近現代史の一連の流れをまとめておきたいと思います。
 ここでは、「近現代史の必須知識」を参考、引用して、日本人として知っておくべき近現代史を簡潔に掲載していきます。学校では習わなかった(教えられなかった)ような内容も多々あると思いますが、その部分が戦後の日本教育の歪であると理解されれば、反日や左翼の意図が見えてくるのではないでしょうか。

 【アメリカとの比較】
1,アメリカは、1934(昭和九)年、「フィリピン」に自治を、そして10年後の独立を約束。日本は当初から「満洲国」の独立・主権を認めている。

2,アメリカはスペインから「キューバ」を解放し保護国化したが、日本は張学良政権から「満洲」を解放し独立させた。

3,アメリカは、アメリカ人居留民を保護するとして、1915(大正四)年、ハイチに侵略して19年間「占領」し続けた。日本は満洲の独立を支援した。戦後1994(平成六)年、アメリカはハイチに侵攻してセドラ司令官を追放して親米のアリスティド大統領を復帰させている。これは明らかに傀儡政権

4,アメリカはスペインとの戦争でフィリピンを奪い、独立させたのは45年後の戦後になってから。日本は即座に「満洲」の独立を認めている。

5,戦後のケースでは、1989年、アメリカ軍は「パナマ」に侵攻し、ノリエガ将軍を逮捕、エンダラ氏が大統領に就任し親米政権を樹立。

 【満洲国を承認した国々】
 満洲国は、世界中から認められなかったように思われているが、18カ国から承認されています。
 日本に続いて承認したのは、南米のエルサルバドル、続いてローマ教皇庁が承認します。1937年から1938年にかけて、イタリア・スペイン・ドイツ・ポーランドが、1939年にはハンガリー・スロバキア・ルーマニア・ブルガリア・フィンランド・クロアチア・デンマーク等の東欧・北欧諸国が承認しました。ドミニカ・エストニア・リトニアは正式承認はしなかったが国書を交換しました。大東亜戦争が始まると、タイ・ビルマ・フィリピン・自由インドも承認しました。
  
 【国際連盟脱退】
 『リットン報告書』に基づく日本軍撤収の勧告を受け入れず、1933(昭和八)年、日本は国際連盟を脱退しました。
 国際連盟は、第一次世界大戦後アメリカのウィルソン大統領の提唱で1920(大正九)年に設立。しかしアメリカ自身は孤立主義の上院の賛成が得られず加盟していません。ドイツやソ連などの大国も加盟していませんでした。ドイツは6年後に加盟しましたが、その7年後日本と同じ年に脱退、イタリアも同年に脱退しました。ソ連が加盟を認められたのは設立14年後で、その5年後には除名になっています。したがって、国際連盟脱退で日本が世界の孤児になったように言われますが、国際連盟自身かなり骨抜きの組織でした。

 ≪『紫禁城の黄昏』≫
 満洲国皇帝溥儀の家庭教師、ジョンストンの著書『紫禁城の黄昏』には、溥儀自身が支那から独立し建国することを望み、その周囲の君主制主義者は日本を利用して満洲国建国を企てていたことが明記されています。しかし「東京裁判」ではこの著書は証拠として採用されず却下されました。
 2005(平成十七)年、祥伝社から完訳版が出版され、そのことが明確に訳されていますが、岩波文庫版の翻訳書には、この点を記述した第1〜10章と16章および序章の一部が省略されています。

 【満洲国の発展】
1,「満洲鉄道」は、満洲国がソ連から譲渡してもらい満鉄に委託した。

2,国道・地方道路を整備し、その総延長はそれぞれ6万キロ・5万キロに及んだ。

3,30メートル以上の橋梁が300ヵ所に架設された。

4,水力発電・灌漑・用水・舟運などの多目的ダムがいくつも建設され、特に豊満ダムは東洋では最大級、世界でも屈指の多目的ダム。豊満ダムを見学したフィリピン外相は「フィリピンは、スペイン植民地として350年、アメリカ支配下で40年経つが、住民の生活に役立つものは何一つ作られなかった」と語った。

5,近代的重工業
 以前は家内工業程度で、近代的重工業など存在しなかったが、日本の投資が鉱工業に注ぎ込まれた。日本の民間資本が97%を占めていた。1936(昭和十一)年、第一次産業開発五ヵ年計画が策定され、総投資額は日本の財政規模に匹敵する25億円であった。

6,通貨統一
 以前は、各省ごとに通貨が異なっており、様々な通貨、軍票、ロシア旧紙幣などが流通していたが、これを統一。通貨は信用に基づくもので、国家の安定が大前提である。満洲国通貨は、終戦後も満洲では同価値で流通していた。ところが蒋介石の国民党政府が接収した地域では、天文学的な数字でインフレが昂進した。

 【戦後の満洲争奪戦】
1,1945(昭和二十)年8月9日、ソ連軍は満洲に侵攻し、各地の重要産業施設を略奪し本国に搬送した。その総額は約8億9500万ドルといわれている(アメリカ・ボーレー調査団報告)。

2,中国共産党は、ソ連軍侵攻の翌日10日満洲占領を指令した。ソ連軍と入れ替わりに満洲には中国共産党が入っていた。10月には国民党軍が満洲に進駐してきて、本格的な国共内戦が始まる。
 1946(昭和二十一)年3月、ソ連軍が満洲から撤退し、1948(昭和二十三)年には共産軍は満洲をほぼ押さえ、莫大な遺産を獲得した。毛沢東は「満洲さえあれば中国革命の基礎を築くことができる」と言った。

 アメリカは結局満洲の権益には全く参入できませんでした。何のために日本の邪魔をしたのか。
posted by 小楠 at 09:02| Comment(6) | TrackBack(1) | 近現代史の復習
この記事へのコメント
米国って・・・解らない国ですね。
国政と議会と民意とLobbyistが全く違うことを我田引水だけでバランバランにやってるみたいで・・・。日本は米国にただ振り回されているだけで。誰〜れかさんみたいに友邦国と勘違いし過ぎるのは危険です。日本の国防を米国頼みの丸投げは危険極まりないことを説く賢者は居ないんでしょうか、日本には。かといって何とか党の女犬みたいに何でもかんでも噛み付いて反対するのもいけませんが。日本の官公吏警察はお粗末だし社長はやってる振りだけで・・・頭痛いです。
Posted by ケイさん語録 at 2006年07月19日 11:44
歪められた日本近現代史、多くの人々に「反日ワクチン」から学んで欲しいものです。暫く休んでいましたが、本日「観天望気」再開しました。
Posted by カピタン at 2006年07月19日 12:54
ケイさん、
戦争目的から言えば、アメリカやイギリス、オランダなどは植民地権益を守るのが目的だったはずですが、結果は全く逆。戦闘の勝敗と戦争目的達成は全然別ですね。

カピタンさん、
待ってました。やっぱり「観天望気」がないと寂しいですよ。
これからもご活躍よろしくお願いします。
Posted by 小楠 at 2006年07月19日 16:22
USAが変な国であるのは歴史的なんですよ。9.11で2500人死んだと大騒ぎし、イラク戦争を始める。USAの日本に対するテロは、広島長崎の原爆だけでその100倍以上。USAは戦争だと言ってテロをする。抵抗する諸国民はテロで戦争するしかない、という構図。その繰り返し。真珠湾攻撃は軍隊が軍隊を攻撃したものだからテロではないがUSAの原爆や無差別都市爆撃は
無辜の大衆を攻撃したテロ。テロ国家がテロを受けるのは当然なんだよね。
Posted by ごるごん at 2008年05月31日 21:33
ごるごん様
全くそうですね、あの判断の間違いが今の最悪国中共を作ったようなものですからね。
Posted by 小楠 at 2008年06月01日 16:33
『日本は当初から「満洲国」の独立・主権を認めている。』!!

傀儡政権であって建前はともかく実際には独立も主権もなかったでしょ。

そんな初歩的な嘘書いちゃうようじゃ他も全部嘘だなと思われるよ。

Posted by はる at 2010年12月11日 20:44
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