2008年01月23日

ロンドン海軍会議成果

軍備制限の真相8

今回引用している書籍は、昭和七年三月に発行され、同年四月には五十八版を重ねた、海軍少将匝瑳胤次著「深まりゆく日米の危機」です。昭和七年頃までの米国の動きから、当時の日本と日本人が米国に対してどのような感情をもってどのような状勢判断をしていたかを知る資料になるものと思います。
写真はこの本の引用部分です。
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引用開始
 世界的不戦条約を基調としてそのスタートを切ったロンドン海軍会議は、世界の平和と国民負担の軽減並びに国防の安固を目標としたのは言うまでもない。しかしその出来上った条約は果して以上の目標に到達し得る径路を辿ったであろうか。フーバー大統領やらマクドナルド首相は高く大成功の叫びを揚げて世界に呼びかけているが、世界の他の方面においては『狸の訛し合い』と嘲笑しているものもあるのである。
 いずれが是かいずれが非か、各その立場の相違から観るところを異にするのであろうが、しかしこの会議の成果を公平に批判する者の眼には以上の目標に対して成功とは決して映じて来ないのである。ただ1936年までの暫定期間の気休め外交を糊塗したというに過ぎないのである。
 何となれば、第一日英米は会議当初に不戦条約を基調とすることを厳粛に宣言した。然るに彼らは予備交渉の開始とともに何時の間にかこれを棚上に束ねて戦争を前提とする会議へと転進した。戦争を前提とする観念から生れる平和手段は兵力の均衡より外はないのである。たとえ大国が『俺は戦争を欲する考えは毛頭ないが、ただ世界の平和を維持するために大国なみにこれだけの兵力を常備して置くのだ』と真実その気持ちでいるにしたところで、それが何等権威ある安全保障の約束がない限りは、どうして小国の平和が脅威されないでいようか。殊に支那の門戸開放、機会均等を以て主要の国策としている米国が『モンロー主義には防禦海軍で足るが、ヘイ・ドクトリンの擁護は攻勢海軍を必要とする』という海軍政策を確立して着々これが実現のために大拡張をやって居りながら、軍縮会議であるから、いかにフーバーやギブソンが平和の宣伝に努めたところで、日本としてはこの現実に直面してそれをそのまま受入れられようはずがないのである。

 仏伊両国また大小の相違はあろうが、大体日本と同じ関係にあるのである。されば不戦に出発した軍縮会議は、あいかわらず、比率、絶対的軍備、極端なる補助艦保有量の要求等が、実際主要の題目となって血眼の論争を沸き立たした。・・・・
 これで果して世界の平和が増進し得られたであろうか。『俺はこの条約の終期には何時でもお前をやっつけられるのだぞ』なるほどこれでは戦争または圧迫を前提としては大成功である。然し『それでは俺が安心出来ないから、何とかやっつけられない工夫をしなくっちゃあ』という国があったとすれば、そこに世界の平和は常に脅威されていると云わなければならないではないか。
 よく世間では兵力の均衡が戦争誘発の動因となると云うものがあるが、これは非常なる謬見である。また嘗て兵力の均衡状態から戦争が起った例は無いのである。戦争は例外なしに兵力の不均衡によってその優秀なるものから強いられて居るのである。・・・・常に優勢なるものが国策遂行のためその兵力を行使せんとするから戦争が起るのである。近代においてはお互いに始めから共倒れを予期して戦争する国はない。兵力の不均衡こそ人間の野心を煽動するものであって、これ程戦争の誘因となるものはないのである。


 然らば軍備の対等と平和愛好とは両立しないかと云えば、これ程両立するものはないのである。軍備が対等なれば他国を征服せんにもそれが当然出来ないのであるから、国際紛議はおのずから平和手段によって解決を求めようとなって来るのである。この見地から英米二国均勢は最も時宜を得た処置であるが、何がため日本を必敗比率の六割に制限せんとするのであろうか。日本は数理上幾多の研究をかさねた上の七割比率が西太平洋上の狭き範囲に於ての対米均勢であることを主張した。これは独立国家として余りに謙抑過ぎた寧ろ卑屈に近き主張である。英米対等の権利を主張しても何等好戦的と観るべき点はないのである。この対等の兵力を保有した暁においても太平洋の長濤は戦争を仕掛けた方を巻き込んでしまう。況や始めより三割減の兵力はただ僅かに西太平洋だけでの均勢を保持せんとするのに過ぎないのである。米国がフィリピン防備を懸念するような口ぶりを洩らして海軍拡張の口実にしているが、これはまた少しく海軍戦略上の知識を有するものには一笑に付せらるべきものである。要するにフィリピン攻略のごときは西太平洋の制海権を確保してからの余技でなければならない。
 然らば日本の七割要求は西太平洋上の勢力の均衡即ち極東における善意の武装平和を確立するのでなくて何であろう。然るに米人なかんずくその政府と資本家の日本の対支政策に対する錯覚はあくまで自己の優勢を西太平洋まで推進せしめずんば安心出来ないとするのである。

 口にはどんな崇高な理想を唱えても米国主唱の軍縮の究極は最も安価に好戦的比率を日本に強いんとするに過ぎないのである。換言すれば極東の勢力均衡を故意に撹乱して自己の国策を武力の背影によって無遠慮に遂行せんとする具に軍縮会議を利用したのである。たとえ真の動機は人類最高の道義的理想から発足しても、毎次軍縮の経過は最も雄弁に以上の事実を物語っている。これが果して世界の平和を庶幾しているものの態度であろうか。またそれによって出来上った条約が世界の平和に何を寄与するであろうか。日本は既に空軍の大拡張を以て国防不安に対応せんとしているではないか。
 第二は国民の負担軽減であるが、これがためにはフーバー大統領の宣言即ち大海軍国の自発的大縮減が何より必要であったのである。然るに大海軍国たる米国は八インチ大巡洋艦において五万トン、軽巡洋艦において七万三千トンの大拡張をこの協定においてかち得た。しかもその縮少は廃棄処分前の駆逐艦十万四千三百四トン、潜水艦二万九千八百八十二トン、並びに旧式戦艦六万九千六百五十トンの廃棄を以て厚顔にも軍縮の目的に合したように糊塗したのである。これら戦艦は第二線の旧式艦であり、駆逐艦は戦時の急造で今日軍港内の場塞ぎとなっている雨ざらしの無人艦が大部分を占めて居るのである。潜水艦また然りで、彼らの称する縮少し得た数字は屑屋に払うがらくた道具の員数を計上したもので、彼らの拡張は新鋭優秀の高価の産物である。しかのみならず、軽巡以下の代換繰上げは一層拡張トン数を増加せしむるのであるから、負担軽減はこの大海軍国に於ては全くのナンセンスとなるのである。騙された米国の民衆こそ災難である。・・・・・
引用終わり
posted by 小楠 at 07:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 書棚の中の戦争
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