2006年07月17日

世界恐慌・ブロック経済

 引き続き近現代史の復習です。
 近現代史の復習11
 カテゴリー<近現代史の復習>で、反日、左翼、新聞、テレビから発する嘘、隠蔽、捏造での汚染を予防するため、正しい日本の近現代史の一連の流れをまとめておきたいと思います。
 ここでは、「近現代史の必須知識」を参考、引用して、日本人として知っておくべき近現代史を簡潔に掲載していきます。学校では習わなかった(教えられなかった)ような内容も多々あると思いますが、その部分が戦後の日本教育の歪であると理解されれば、反日や左翼の意図が見えてくるのではないでしょうか。

 【ホーリー・ストーム法】
 ヨーロッパに遅れをとっていたアメリカは、輸入品に高率関税をかけようとしました。輸入品に高率関税をかければ、国内製品は相対的に安くなって売れるようになります。
 実業家でもあるホーリー議員とストーム議員は、従来を上回る高率関税法を議会に提出、対象は1000品目以上で、100〜200%中には800%という高率もありました。
 そして、この法案が通るかどうかという微妙な時期に、「暗黒の木曜日」が訪れました。1929(昭和四)年10月24日の木曜日、ニューヨーク証券取引所の株価が大暴落、これが「世界恐慌」の幕開けです。その翌年に「ホーリー・ストーム法」が可決されます。ニューヨークの株価大暴落は「世界大恐慌」の原因ではなく、「保護貿易思想」に基づく関税障壁合戦の結果です。
 アメリカは支那には「門戸開放」を唱えながら、自らの市場は「門戸閉鎖」したのです。
 これに対し世界中の国が報復措置として対米輸入関税率を引き上げ、そのためアメリカの貿易量は一年半で半分以下に落ち込み、世界全体の貿易も落ち込んで、世界中が不況に苦しむことになりました。

【オタワ会議】
 1932(昭和七)年、今度はイギリスがカナダのオタワで帝国関税会議を開き、ブロック経済化を加速することになります。 この「オタワ会議」で決定されたのは特恵関税同盟です。すなわち、イギリス連邦内では関税は0または優遇するというものです。
 当時の大英帝国といえば、現在の英連邦の比ではなく、当時世界市場の四分の一がイギリス連邦であったため、世界貿易に与える影響には計り知れないものがありました。

 【持てる国と持たざる国】
 世界経済がブロック化すると、自給できる国はよいが、自給できない国は窮地に陥ることになります。
 アメリカは石油・石炭が採れるため自給可能で、フランスはアフリカ・中近東・東南アジアに植民地があり、オランダには全インドネシアがあり、ソ連は広大な領土を有して自給可能です。
 しかし、日本は資源といえるものがほとんどなく、世界のブロック経済化は死活問題です。日本の唯一の活路は「満洲」であり、そしてこれが「大東亜共栄圏」へとつながっていくのです。
なお、ドイツ・イタリアも日本と同じような状況にありました。

 どうでしょうか、アメリカは自国でやっていることと、他国特に日本に対して要求してくることが全く正反対で矛盾だらけです。
 民族性、国民性から、道義を重んじる日本はこのような二枚舌がなかなか平気では使いきれません。しかし、世界の大勢はこのような利己主義でも平然と言ってのける国の存在が当たり前なのです。
 これに対して日本がやろうとしたのが東亜のブロック化でしょう。欧米は自国中心のブロック化は許し、日本がしようとするブロック化には徹底して邪魔をしようとしました。日本としても生き残る道を考えるのが当然です。
posted by 小楠 at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 近現代史の復習
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