2006年07月10日

オレンジ計画

 近現代史の復習5
 引き続き、カテゴリー<近現代史の復習>で、正しい日本の近現代史の一連の流れをまとめておきたいと思います。
 ここでは、「近現代史の必須知識」を参考、引用して、日本人として知っておくべき近現代史を簡潔に掲載していきます。学校では習わなかった(教えられなかった)ような内容も多々あると思いますが、その部分が戦後の日本教育の歪であると理解されれば、反日や左翼の意図が見えてくるのではないでしょうか。

 【日露戦の勝利】
 日露戦争の勝利は、白人の帝国主義支配に苦しむアジアの植民地に希望と勇気を与えた反面、欧米列強の警戒心を誘うことになりました。
 とりわけ、出遅れた支那に割り込もうと「門戸開放・機会均等」を唱えるアメリカにおいて顕著でした。
 ルーズベルト(セオドア)大統領は、新渡戸稲造の『武士道』を呼んで周囲に配ったほどの親日家でしたが、日露戦争で日本が勝利を得ると、その親日感は微妙に変化し始めます。

 【ハリマン計画】
 アメリカの鉄道王ハリマンは、ポーツマス条約で日本が獲得するであろう「南満洲鉄道」の共同経営を日本に持ちかけてきました。日本の大方の賛同を得て桂太郎首相と予備協定まで結びますが、小村寿太郎外相は、日露戦争で十万同胞の尊い命と二十億円の国費を犠牲にして得た満洲の権益を、アメリカ人ハリマンと共有するなど到底許されない、と猛烈に反対しました。
 結局この予備協定は破棄されます。アメリカは、支那大陸に進出したいと考えていましたが、日本がこれを独占してしまうのではないかと恐れ、次第に日本が邪魔な存在になっていきました。

 【排日移民法と人種差別】
 20世紀に入り、ハワイから米本土(主としてカリフォルニア)に移住する日本人が増えたため、米国人との間に軋轢を生じ、排日運動が激化します。そして日露戦争で日本が勝利すると、排日感情は一気に燃え上がります。
 1906(明治三十九)年、サンフランシスコでは日本人学童の隔離を決議し、これは撤回されますが、1908(明治四十一)年、日本は自主的に新規の米国移民を禁止しました。これが「日米紳士協定」です。

 【第一次世界大戦】
 1914(大正三)年7月28日〜1918(大正七)年、サラエボ事件を導火線として、オーストリアがセルビアに宣戦布告して始まった第一次世界大戦時、英国は「支那海で英国の商船を攻撃するドイツ仮装巡洋艦を撃破して欲しい」と日本に参戦を要求してきます。日本は最後通牒の期限を外交史上例のない長い一週間とし、ドイツに宣戦しました。
 英国始めフランス・ロシアや、さらにはベルギー・セルビアまでもが日本の欧州派兵を要請してきましたが、これを拒否しています。英国は日本艦隊の地中海派遣を要請してきましたが、これも拒否しています。(日英同盟の軍事協力の範囲はインドまで)
 その後ドイツの潜水艦が警告もなく商船を無差別に攻撃し始め、日本の欧州航路客船も危機にさらされたため、戦後に山東省・南洋諸島のドイツ権益を日本が引き継ぐことについて、イギリスが支持するという約束を得て、ついに艦隊を地中海に派遣します。しかし陸軍の派兵は最後まで行いませんでした。
 他方アメリカは積極的に参戦し、戦後ヨーロッパに対し大いに発言力を増すことになります。
 1919(大正八)年、第一次世界大戦後のパリ平和会議で、国際連盟が設立されることになり、日本はその規約に「人種差別撤廃条項」を盛り込むことを提案しますが、白人諸国の反対に遭います。委員会では11対5で賛成が多数を占めましたがアメリカのウィルソン大統領が全会一致を主張し、日本の提案は否決されました。
 その後1920(大正九)年、カリフォルニア州で「排日土地法」が制定され、日本人移民の二世まで土地所有が禁止され、1922(大正十一)年には、米最高裁は「黄色人種すなわち日本人には帰化権はない」という判決を出し、1924(大正十三)年にはついに連邦法として「排日移民法」を成立させ、国家として日本移民を排斥しました。これは「日米通商航海条約」に違反し、アメリカの主張する「門戸開放・機会均等」の趣旨にも反するものでした。

 【オレンジ計画】
 日露戦争開戦直後の1904(明治三十七)年、アメリカでは「カラープラン」といって、ドイツは黒、イギリスは赤、日本はオレンジというように、国ごとの戦略が作られます。そして排日移民法が成立した1924年、日本を仮想敵国とする対日戦略「オレンジ計画」が確定するのです。
このように、日露戦争以降、アメリカの太平洋戦略は着々と進められていたのです。

 この時代になっても、欧米には人種差別が根強く存在し、後の大東亜戦争における日本の諸都市の無差別爆撃などは、黄色人種を虫けら程度にしか考えていなかったことの表れではないかと思うほどです。アジア全域が独立するまでは、白人には人種による対応の違いがずっとあったのでしょう。
posted by 小楠 at 07:47| Comment(3) | TrackBack(0) | 近現代史の復習
この記事へのコメント
 大変貴重な情報、ありがとうございました。アメリカがどのように植民地支配を拡大させてきたのか対メキシコ戦争〜のことについても書いていただけたらと思います。m( __ __ )m
Posted by 名無し at 2008年08月23日 05:07
 「土方殺すに刃物は要らぬ、雨の三日も降ればよい」・・・まさに「国を潰すに軍隊は要らぬ、国の歴史を消せばよい」マッカーサーに消された日本の心。
 手助けした連中が日本を仕切っている。
 一人一人が本当の歴史を知るようにするにはやはり草の根活動しかないのでしょうか。それまで日本国がもつでしょうか心配です。
 残された時間、一本の草の根としてできる努力を積みたいものです。
             ー萩原−




Posted by 萩原 匠 at 2012年09月01日 22:35
教えて下さい。ドイツへの黒計画はアメリカの想定通り進んだのでしょうか?
ナチスを育て、第二次世界大戦までもって行ったのでしょうか?
戦後、アメリカにはオレンジ計画のような構想があると思いますが、うまく行っていますか?
それは、どんな計画ですか?日本、中国、ソ連、アラブ等 教えてください

Posted by 清水幸太郎 at 2013年08月19日 08:35
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