2008年01月15日

米国軍縮提案の欺瞞

軍備制限の真相3

今回引用している書籍は、昭和七年三月に発行され、同年四月には五十八版を重ねた、海軍少将匝瑳胤次著「深まりゆく日米の危機」です。昭和七年頃までの米国の動きから、当時の日本と日本人が米国に対してどのような感情をもってどのような状勢判断をしていたかを知る資料になるものと思います。
写真はフーヴァー31代米大統領(wikiより)
hoover.jpg

引用開始
 米仏の間にケロッグとブリアンとによって戦争拒否問題に関する交渉が始まり、それがいよいよ具体化して不戦条約なる形となって表面に現れてきた。これは軍縮の前途に対して一道の光明――適用の如何によって――を与えたのである。この条約は至極簡単なるものであるが、もしこれが適用に関して何等か別の強制力を持つものが出来たら、国際関係は今日より遥かに改善されることであろう。

第一条、
締盟国は国際紛争解決のため戦争に訴うることを非として且その相互関係において国家の政策の手段としての戦争を放棄することをその各人民の名において厳粛に宣言す。
第二条、
締約国は相互間に起ることあるべき一切の紛争または紛議はその性質または起因の如何を問わず平和的手段によるの外これが処理または解決を求めざることを約す。

 と云うので一読理義瞭然たる戦争否認の国際条約である。この約束が将来完全に履行せらるれば各国の軍備は真に自衛の最小限度に低下させ得ることとなるのであるから、この条約は少なくとも各国民間の平和意識を増進するの一階梯となるのは言うまでもない。
 かくの如く英米では次に来るべき軍縮問題に関し相当の地ならし工事を試みていたが、英米二国においても政治的転換があり、米のクーリッジ大統領はハーバート・フーバーに代り、英のボールドウィン保守党内閣はマクドナルド労働党内閣によってその後を継がれた。フーバーはその選挙中にも軍縮上の新活動を誓約しており、マクドナルドは統一党以上に軍備制限の味方として知られているのであるが、この両氏は共にその就任の当初において海軍軍縮を高唱し、その言う所も軍備の制限に止めず進んで縮少を行うべきであると同一所見を発表したのである。
 またワシントン条約第二十一条によると、同条約実施から八年目即ち1931年にはワシントン条約の改訂会議を開くこととなっていたから、フーバー大統領は早晩第三次軍縮会議を開くべき責任の位置に立たなければならなくなっていたのである。
 こういう情勢は英米二国に軍縮会議開催の気運を醸成し、いよいよ米国大統領フーバーによってその第一声を駐白(ベルギー)米大使ギブソンに託して、ジュネーブ国際聯盟委員会に厳粛に宣言せしめた。

 1929年5月、フーバー大統領は平和演説を試み、不戦条約が成立した今日においては各国の軍備は全く攻撃的使用の存在理由を失い全然防禦専用物と化した。防御的軍備は全く相対的でなければならぬ。相対的安全を確保するには各国海軍力の合理的比較を可能ならしむべき合理的尺度を発見せねばならぬ。各国が共通の尺度を協定したる後、軍備の制限より進んで現勢力の縮少にまで到らねばならぬ。拡張的制限は今や吾人の目的ではない。現在勢力の現実的縮少こそ吾人の目的でなければならぬと宣言したのである。
 かくの如く矢次ぎ早に米国大統領の軍縮に対する決意を表明すると、世界は再び軍縮を現実の緊急問題として反省するようになって来た。またその上新任駐英米国大使ドーズは、その六月ロンドンにおける新任歓迎の晩餐会席上、米国の軍縮案を縷述して再び世界的反響を与えた。ここでいわゆるドーズ、マクドナルドの軍縮交渉が引続き行われることとなった。その内容の大体は、
1,各艦種別の保有トン数の間に融通を認めること。
2,海軍力の測定を排水量のみに止めず、進んで艦齢、備砲、速力、装甲の諸要素を斟酌すること。
3,かつて提議された保有トン数よりも一層縮少的に制限すること
等であった。

 ところがマクドナルド首相もその年九月三日に、ジュネーヴ聯盟総会に臨んで華々しき平和演説を試みたのである。・・・・・ 
この重要な協定案が発表されて、誰もが失望するのは、あれ程意気込んで宣明したフーバー大統領の軍縮意見が骨抜き同様となって顕れたことである。彼はアーリントンにおいて『現在勢力の現実的縮少こそ吾人の目的である』と立派に宣言したにかかわらず、右の協定数字は明らかに米国側の拡張になっているのである・・・・
 片手に大巡洋艦十五隻の拡張案を提げて、片手に不戦条約を締結した米国のことであるから,言うことと行うことに矛盾のあるのは少しも珍しいことではないが、余りにフーバーの抱負の立派なのに魅せられた世人は、その口裏の乾かぬうちに英米均勢に引摺られてこの始末であるから、誰しも米国人の道徳心を疑わざるを得ないのである。

 まだそればかりではない。右の数字は、ワシントン会議のヒューズ原案三十万トンよりも多く、更にジュネーヴの米国理想案二十五万トンよりも六万五千トンの増加で、とりもなおさず前約の違背であり、且つ軍縮時勢の進運を高調した厳粛な宣言に逆行した態度であることが明白であるのである。
 最早こうなっては、『現在の行詰まりを打開するには大軍備国が自発的に軍縮の決意をなすことによってのみ実現され得るのだ』などは一片の欺瞞的証言とか聴き取れなくなるのである。英米以外の国が気乗薄になったのも何等の不思議はないのである。特に仏伊の言論機関が『これは英米共同で世界の海上覇権を制しようと云う企であるが、我等は英米のご都合のままの指命通りに動く訳にはいかぬぞ』と云う意味を強調したるが如きは一概に感情に馳せたるものとは考えられないのである。
 こんな具合で英米が勝手に声を大にして呼びかけても他の三国はただ警戒的鎮静を以てこれを遇していた。
引用終わり
posted by 小楠 at 07:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 書棚の中の戦争
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