2007年12月01日

明治の新聞と新聞記者

日本文化と精神基盤

今回ご紹介している「ドイツ歴史学者の天皇国家観」の原著者ルートヴィッヒ・リースは、東大から招聘を受け、明治二十年(1887年)二月に横浜に到着し以来、明治三十五年七月まで、今日の東京大学史学科で歴史を学を講じた人物です。
本書ではドイツ人を対象とした日本紹介のために書いた論文が中心となっています。
写真は帝国議会仮議事堂
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引用開始
 日本で現在ある九百もの新聞の記事の内容について批評を加えるのはかなり至難の業である。それらはどれも皆できるだけ多くのニュースを報道しようとしている。しかし本来の「新聞」として信頼のおけるのはせいぜい三紙か四紙にすぎない。すなわち『時事新報』『日日新聞』『国民新聞』、それにもしかすると『大阪朝日新聞』を加えてもよいかもしれない。
 だがつねに注意しなくてはならないのは、日本では個人的に偏った報道の真偽を見抜くセンスが、国民の間でまだあまり涵養されていないということである。さらに数字もまた曖昧であり、かなり名の知られた新聞記者でも数字に対する感覚はほとんど皆無と言ってよい。統計表が出てきても、各項目の総和にはかならず計算違いがあると思って差支えない。また日本の新聞の報道には、興味をかき立てるような中心、あるいは常識的な理性というものがしばしば欠けている。たとえば李鴻章が北京の宮廷に仮講和条約締結の電報を打ったというような、もう何日も前に分かりきっているようなことがわざわざ打電され、大見出しで報じられたり、あるいは香港から入港した客船に疑わしい病原菌が発見されたというような、専門家の助けを借りなくては読めないような記事が新聞に載ったりする。

 新聞を定期購読している通信社も、わざわざ手間をかけて顧客に提供するほどの材料をなんらそこに見いだせないことがある。また新聞記者は、外国大使館とか各省庁の門番などから、なんの価値もないネタを拾ってくることがよくある。たとえば「先週の木曜日、某国の大使が外務省を訪問した」というような記事であるが、日本の外務大臣あるいはその代理が毎週木曜日に外国大使と面会するのが通例になっていることを知っている者には、そんな記事は別に珍しくもなく、ましてやそれが単なる埋め草として掲載されているのであれば、なおさら馬鹿らしくて読む気はしない。しかしこのような気の抜けた同じ話の蒸し返しならまだ害はない。むしろ危険なのは、平気で嘘の報道をする新聞が以前から日本にあるということである。それは「ある種の勢力」の危険な意図に関する報道で、それを真実と思い込む者も依然としており、たいていロシアとの関係をほのめかしている。・・・・・
 あえて私がこう言うのも、日本では、生まれてまだ日が浅いにもかかわらず、すでにここ二十年のあいだに新聞が一つの大勢力にのし上がってきたからこそなのである。大勢力にのし上がってきたのは、政党の機関紙にとどまらない。そういったものから独立した新聞、さらには広い発行部数を誇る非政治的な新聞に至るまで一大勢力を形成しているのである。・・・・・

 新聞はほかに何の話題もないようなときは、どんなゴシップでもプライベートな事件でもあまねく取り上げる。評判の悪い愛人のこととか、公金の横領とか、不正のもみ消しとかの記事が微に入り細に入り報じられるので、読者にはそれは高輪の館の前の主のことだとか、元元老院のあのメンバーのことだとか、あるいは文部省のあの役人のことだとかがすぐに見当がつく仕掛けになっている。こういった新聞のひどい仕打ちに対し誣告罪で訴えて決着をつけようなどと思う者はいない。そんなことをすれば当人みずからが非を認めたことになるからである。だからたいていはそんな誹謗記事を一笑に付し、法廷の庇護に訴えるというようなことをして、話が大げさになるのを避ける。
 しかし如何せんこういった誹謗記事は、日本においては婦人連のもっとも好む話題なのである。道徳のシオンの守備兵(狂信者)をきどる弱小新聞の記者たちは、いかにももったいぶった説教調で記事を書くので、大衆受けすること必定である。『万朝報』などはしばらくのあいだ、英文で長広舌を振るって、外国の代理公使を誹謗する記事を連載したことがあった。しかしそのうちに、このような度を超えた無批判的な煽動記事は西洋人の反感をくらい、取りやめとなった。しかしながら日本の新聞では時と場合によってはこのような誹謗記事のほうが、真面目な新聞の政治家向けに書かれた記事の理路整然とした議論などより大衆に対して説得力をもつことがあるのである。しかし、星亨とか島田三郎にたいする襲撃のような突発的な暴力事件が起ったようなときは、新聞のこのような誹謗記事は満を持してなりをひそめる。
 日本の新聞はいつだって、時いたればただちに攻撃に転じるアジテーションの手段にすぎないのである。政治的に危機的状況が出来したようなときは、その手段を行使する手立ては失われる。

 だが、日本においては、社会主義の煽動的な演説が、工場労働者の悲鳴から沸き起こるのではなく、『(東京)二六新聞』に籍を置く洋行帰りの編集者たちの計算されつくされた攻撃記事によって表面に出るというのは、まことに注目すべきことである。たとえば島田三郎氏のように、同時に政界で活躍している新聞編集者や新聞発行者の数は、日本では大変少ない。著名な新聞人としては、その力強い論調によって人々の賞賛を得ている親露派の朝比奈(知泉)氏、かれより少し若いがリベラル派の福沢(諭吉)氏、激しやすい性格の津元氏、天賦の文人肌の福地(源一郎、桜痴)氏、以前『(東京)日日新聞』のベルリン通信員を務め現在は本社で働いている関氏などを挙げることができる。さらに一群の職業政治家たち、国家学・経済学を修めた官僚や学者たちも、ここ十年のあいだに新聞の活動に参加するようになってきた。最近対ロシア強硬派のアジテーションを積極的に主導したのも、大学教授たち(明治三十六年、東京帝国大学七博士による対露強硬意見書)であった。
日本では新聞事業で金銭的成功を収めようと思ったら、まず広告をたくさん取ることである。ドイツ人から見ても日本の広告料は高い。・・・・

 読者と広告主の気を引くために、日本の新聞もヨーロッパの新聞とまったく同じような策略を思いついた。『時事新報』などは、どのビールが最高かというような人気投票をおこなうことによって、トップに選ばれ新聞社から金賞を贈られた醸造会社の広告を、確実に長期間にわたって取ることができた。
 日本においてはジャーナリストという職業は、一般に文学的な仕事が薄給であるがゆえに、あまり魅力的な職業とはいえない。かれらはその主たる収入を探訪記事とかインタビュー、あるいは外国新聞の翻訳などによって得ている。これらの外国記事は、何でもかでも要約されて報道される。日本は、西洋文明世界の極東に位置しているがために、世界情勢をその渦中においてつぶさに観察することができず、新聞は日々興味ある面白いニュースを選んで報道するということがむずかしい。そこで世界から送られてくるニュースは無選択に何でも掲載するというのが、日本の新聞の編集部の習慣となったのである。
引用終わり
posted by 小楠 at 07:26| Comment(4) | TrackBack(1) | 外国人の見た日本A
この記事へのコメント
>日本の新聞はいつだって、時いたればただちに攻撃に転じるアジテーションの手段にすぎないのである。

なんと、こんなに昔からの伝統(笑)だったのですね。それなのに何も学ばず、アジに煽動されてしまう国民も、国民ですが・・・。
Posted by milesta at 2007年12月04日 09:22
milesta 様
>>なんと、こんなに昔からの伝統(笑)だったのですね

私もこれを読んでいてそう思いました。
結局は三流週刊誌やゴロツキ新聞とあまり変わらないものを、せっせと読まされているのでしょう。
もう新聞はいらないように思います。
Posted by 小楠 at 2007年12月04日 13:18
オリンポスの果実 田中英光 1940年発表より抜粋

新聞記者さんが一人、二人、ぼくのような者にまで
インタアビュウに来てくれるのでした。
しかし色んな事で上気してしまっているぼくには、
話といっても別に出来ませんでした。
が、その翌日の地方版をみると
勇ましく片手を挙げたぼくの写真の下に、
<<坂本君は語る>>として次の様な記事が出ていました。

<<オォルの折れる迄、腕の折れる迄もと思い
全力を挙げて戦って参りましたが武運拙なく敗れて
故郷の皆様に御合せする顔もありません。
只、心配なのは今度の戦績で、
今後日本人がボオトに於て、
果してどれだけの活躍が出来るかと危ぶまれる。
この上は、四年後のベルリンに備えて、
明日からでも不断の精進を続け、
必ず今日の無念さを晴らしたいと存じます>>

ぼくは、ぼくの気持通りに書いてくれた、
記者さんの御好意に感謝はしましたものの、
今更のようにジャアナリズムの魔術に呆れたものです。
ぼくの寸言も真実、喋ったものではありませんでした。
Posted by ume at 2007年12月05日 04:06
ume 様
昭和15年の記事ですね。新聞が一大勢力となっても、記事の内容は鵜呑みにはできないことを国民がもっと知っていれば、現在の様相もかなり変わっていたでしょうね。
しかし、公器と思われているだけに、記事を発表する側の人間の資質が問題です。まして嘘をばらまくようなことを恥とも思わないような人間が、記事を書いて居る点、国民はばかにされているのではないでしょうか。
Posted by 小楠 at 2007年12月05日 07:38
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