世界から見た大東亜戦争」より
引用開始
リヒァルト・クーデンホーフ・カレルギー伯の国際連盟批判
オーストリアの貴族で、現在のEC(ヨーロッパ共同体)の理論的基礎を作ったクーデンホーフ・カレルギーという碩学の母は、実は日本女性でした。(管理者注:ミツコ・クーデンホーフは>世界三大香水の一つ、ゲラン社の香水「ミツコ」としても有名です。)

彼の父ハインリヒ・クーデンホーフ・カレルギー伯がオーストリアの駐日公使館に勤めていた頃、青山光子という日本女性と結婚して、1894年(明治27年)に生まれた次男がカレルギー博士(国際法、日本名エイジロウ)でした。伯は、満州事変から満州建国、そして国際連盟離脱に至る日本の歩みに深い理解を示し、日本の使命を高らかに謳いあげていたのです。
〈日本は国際連盟で鄭重なる言辞をもって、しかも強硬なる行動をもって世界に対し「満州より手を引きなさい」とさけんでいる。日本は第三国の干渉や仲裁を用いずに、直接の商議を支那との間に開くことを要求している。すなわち日本は、極東における「モンロー」(相互不干渉主義)主義を要求しているのである。支那はこの「モンロー」主義に反対している。あたかもラテンアメリカ諸国が米国の「モンロー」主義に反対しているように。しかし、米国および英国の「モンロー」主義を承認している国際連盟がひとり極東「モンロー」主義だけを拒否し、アジアを無制限に聯盟の権力下に置こうとすることは困難であろう。
日本の占領以前の満州は蒙古やチベットと同じく、何ら重要さもない、人口希少な支那辺境の一州に過ぎなかった。しかも一度はロシアに占領され、もし日本が奉天の会戦に敗れていたとするならば、満州は今日すでにロシアの一州と化していたに相違ない。
今日において満州は支那全州で最も繁栄し最も発展した地方であり、人口は増殖し、各種工業の隆盛における経済上の一中心である。日本は幾十億の巨額を投資し、支那革命の混乱の間に在って、ここによく治安の別天地を作り、支那全土の各地方より来る幾百万の支那人移民に安住の場所を与えた。・・・略・・・
今日本は極東における西洋文明の選手であり、治安の巨厳である。ロシアのボルシェヴィズムと、支那の無政府状態との怒涛を破って立つ岸壁である。日本がボルシェヴィズムの脅威を感じていることは、欧州と異なる所がない。
日本はソ連のアジア侵略を阻止することを得る唯一の強国である。この一件だけでも、欧州と日本との将来の提携を確保するに足るものがある。
共同の運命を持ったこの提携こそは重大な問題であって、国際連盟の面目などは問題ではない。ゆえに欧州は極東のモンロー主義を認めるとともに、欧州自身のモンロー主義を宣すべきである。欧州モンロー主義は、欧州の自決及び自衛を意味するものであって、英帝国、アメリカおよび極東のモンロー主義と平等の地歩において、友誼的協力を維持しようとするものである。〉
引用おわり。
欧米諸国は既得の植民地権益を守るため、日本に対して様々に干渉してきましたが、日本叩きをしたその結果、植民地の喪失、ソ連の覇権拡大で東欧諸国民の自由を奪い、結果的に中国の共産化までにも協力することになり、平和?のための第二次大戦が終結したとたんに、共産主義の侵略である朝鮮戦争の勃発という事態になりました。彼らの目的に対する行動の結果は、全く意図に反する世界となったわけです。つまり日本叩きは間違いであったことが明白ではないでしょうか。
日本は何をやってもケチをつけられ叩かれました。多勢に無勢で苦戦します。正直者が馬鹿を見るってこのことですね、大戦終了時と後に狡猾さの概念がなかった為、やられっぱなしで反論もしないまま今日まで来てしまいました。遅きに帰したとはいえここらで全日本人が奮起して反論に出なければいけません。そのためにも自国の戦前戦後史を学ぶのは大切なことです。並の日本人さんは自国の歴史を些かも学んでいないから近隣蛮国に戦前史を咎められても反論のハの字も出来ません。あの嘘つき鮮国のイヌにまで舐められっぱなしで悔しいと感じないのでしょうか。反日ワクチンさんの記事を噛み砕いて小学生向けの教科書を発行する道は無いものでしょうか。そうなれば日本再生は夢ではないと確信できます。
20/Mayまたあの鮮匪が"刃物"で政治をやる人を切りつけました。何十年経っても変わりませんね、忘恩の民/鮮人は。
戦後の対ドイツと対日本の処理の差。
原爆を平気で落とせる神経、大都市を無差別に焼き尽くした爆撃。どれをとっても白人がその他の人種を軽視、蔑視していた結果としか思えませんね。
当時も精神文化面では、日本は世界一の民族だったでしょうが、逆にそれが災いしたのか。