2007年11月15日

東京裁判弁護資料13

ローガン弁護人 最終弁論・自衛戦論「日本は徴発挑戦され自衛に起った」その3

 戦後レジームの根元と考えています東京裁判の内容が如何なるものであったかを実際の弁護記録から知っておくのも大切なことだと考えます。
 今回も小堀桂一郎氏編「東京裁判日本の弁明[却下未提出弁護側資料]」から抜粋して、東京裁判が茶番と言われる所以が判りやすい部分を記述してみます。
これは昭和23年3月10日のもので、この「自衛戦争論」は通俗の「東京裁判史観」に対する最も効率的且つ強力な反措定をなしていると解説されています。今回は最終弁論の最終部分です。
写真は起訴状朗読時の被告人席付近
kisojo.jpg

引用開始
136:日本が挑発されて、又事実自衛の為め昭和16年12月7日に行動を起したのだという主張を重要視するに当っては、被告等のかかる主張が後から考えた思案に依るものではないと云うことが留意されねばなりません。是までに述べて来た事柄は、要するに昭和13年(1938年)に始った日本に対する経済封鎖並に軍事的包囲に対して、日本の責任ある代表者により、其の都度記録された抗議に関して書かれた数多くの文書の内容に帰着するのであります。
 枚挙し得ない程の頁数に亙る証言が多くの証人に依て数多くの閣議や連絡会議や重臣会議や枢密院会議並に軍事会議に就いて為されております。而してこれ等は総て経済封鎖や軍事的脅威の及ぼしつつある結果、日本が事態を緩和すべき何等かの手段を採るにあらざれば将来も継続して生ずべき結果を中心として行われたものであります。
 しかも其の手段を日本は辛抱強く外交交渉に依て試みたのでありますが失敗に終ったのであります。輸入禁止は最初日本を憤激せしめたが、漸次苛烈き頻発及び範囲を増大するに従て苦慮の状態に陥らしめ、遂に日本は己の頸に架けられたこの締道具を外交交渉に依ては最早断ち切れる希望が断たれたと覚り、自尊心を持つ他の如何なる国民も採るに相異なかった行動に出でざるを得なかった様に仕向けられたのであります。其の発生の都度記録せられ、充分に立証されているこれ等の事実は、昭和16年12月8日に煥発された詔勅に要約され、日本が自衛のために採った行動なることが示されているのであります。

137:日本は正当であったか、又これ等の被告又は当時責任的指導者であった被告が、日本の国家的存立が経済封鎖や軍事的包囲の為に危殆に陥ったと衷心から正直に信じたか、アメリカの責任ある指導者達は当時これを承知し且つ信じていた筈であります。もしこれに対し反対の結論をなすならば、それは全然事実を無視するものであります。
 武力の誇示を伴った経済封鎖が、これ程大規模に用意周到な計画的な統一的な正確さを以て遂行され、その目的、即ち日本をして最初の一撃を行わしめんとする明白な期待と希望とを挑発する目的が首尾よく貫徹されたことは、歴史上未だ他に其の例を見ないのであります。日本を刺激して攻撃に出でしめようとする、その公言せられた目的が完成されたのでありますから、この日本の攻撃が自衛手段でないと記録することは実に歴史に一汚点を残すものであります。

138、英国内閣閣僚オリヴァー・リトルトン氏及び合衆国前大統領ハーバート・フーヴァー氏の熟慮された言説――直接報道された言説は恐らく最も適切に全般的状勢を説明しております。即ち両氏はそれぞれ「アメリカが強いられて日本と戦ったと云うならばこれは歴史上の笑草であろう」「もし吾々が日本人を挑発しなかったならば決して日本人から攻撃を受ける様なことはなかったであろう」と言って居るのであります。

139、ABCD諸国は完全なる軍事的及び経済的包囲を二つとも作って居りましたので、我々は最初の打撃は真珠湾で打たれたのではないと思いました。そして其れは久しい以前に経済戦争が発足した時に打たれたと思うのであります。
 経済戦争は頑強に不断に圧縮されました。更に又それ以上効果的に且つ蹂躙的になりましたので、それは日本の存在さえも脅威致しまして、もしそれが続けられたなら日本を滅亡させたかも知れませんでした。
 これらの人々は是を知り、それを信じ、それを信ずる理由を有し、そして彼等のために行動したのであります。これらの人々は日本人であります。彼等は米国人でも又は大英聯邦国民の人々でもありません。或は又オランダ人でも、ロシア人でもフランス人でもないのであります。

 彼等は日本国を愛しました。そして彼等の決定は祖国にとって生きるか死ぬかの決定でありました。彼等は祖国を愛しました。そして決定をしなければならぬ地位にありました。我々はこの裁判をされる方に、一寸彼等の立場になって考えて下さいとお願いします。その立場に立ったら愛国者として貴方達は他の決議をすることが出来るでしょうか。その決定をすべき地位にあり、然も公正な信念及びその信念を裏づける十分な理由があってなされた決定が善いか悪いか、又それは犯罪者の信念であって愛国者の信念ではない等と称されましょうか。もしその決定が犯罪的意図からではなく、決定された方法が祖国を護持して行くに絶対必要であるという強い信念と愛国心の動機からなされたならば、我々はそれが犯罪であると法廷で裁きを行うべきでないと申し立てます
引用終わり
posted by 小楠 at 07:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 書棚の中の東京裁判
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