2006年05月09日

明治維新の精神

 今回からは、ヘンリー・ダイアーの大著「大日本」をご紹介します。この本の内容は、明治初期の日本の広い分野にわたって、進歩発展の様子が記述されています。
『大日本』ヘンリー・ダイアー著より。
ヘンリー・ダイアーはスコットランド人で、1873年に来日し、東大工学部の前身である工部大学校の初代都検(校長)に就任、日本の近代化に多大な功績を残しました。
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引用開始
「強国日本を目指す必要性」
 しかしながら、諸外国の関心が実はそれとは別のところにあると日本人が気づくのに、それほど時間はかからなかった。欧米の列強は、教育や行政面の改善を根拠に対等の処遇を求める議論よりも、強大な陸海軍の存在を後ろ盾とした主張のほうに耳を傾けたのである。それを知った日本人は、みずからも強力な軍事力を備えた国家になろうと決意するに至った。
 実際問題として、日清戦争で鴨緑江の川岸に日本軍の砲声が轟いたとき、ヨーロッパの諸国とアメリカは初めて日本に対する認識を新たにした。つまり、極東の一角に出現した一国家がかなりの程度まで西洋の文化を身につけるようになったばかりでなく、政治と行政の諸制度も充実させ、そのことを根拠にして、諸外国と完全に平等の条件で国際社会に仲間入りすることを強く主張するに至ったという事実を認めたのである。そればかりでなく、日清戦争の戦闘で日本の陸海軍が世界に見せつけた鮮やかな手並は、いまや日本がただの口先の議論ではかなわぬ強力な後ろ盾を手に入れて、みずからの権利を強く主張できるようになったことを立証したのである。
・・・略・・・

「明治維新の精神」
・・・略・・・
 日本人をしてかくも短期間に、かくも目覚しい発展を遂げることを可能ならしめた資質について、ごく簡単に要約するとすれば、その最も重要な要素として国民の強烈な忠誠心を挙げたいと思う。この忠誠心ゆえに、人々は祖国の名誉のために必要だと考えたとき、いかなる犠牲を払うことも、みずからの生命を投げうつことさえも辞さない。
 このことは、優秀な知的能力とあいまって、日本人がみずからの大望の目指す目標を達成するために、近代の科学と組織を最大限に利用することを可能にしている。
 日本人はすぐれた洞察力を働かせ、平和と戦争の両局面を想定して、他国に抜きん出た正確で科学的な予見のもと、必要なあらゆる計画を立てて将来に備えている。日本人には東洋の考え方が深く浸透しているとはいうものの、また西洋の思想の最もすぐれたところを取り入れる才覚があって、みずからの中で東洋と西洋の特質の最良の部分を結び合わせているのである。
引用終わり

 当時も今も、毅然とした外交を行い、正当な主張を認めさせるための後ろ盾として、相応の軍事力が必要であり、軍事力なしでは相手国や世界から認められないということは、今まさにその状態に置かれている日本を見れば十分ではないでしょうか。
 隣の最貧国にも拘らず、北朝鮮にアメリカが手こずっているのも、核を保有しているらしいと言うことが最大の原因でしょう。
ここでも、国際関係は、現実的なバランス・オブ・パワーの上に成り立っていると考えられます。
posted by 小楠 at 07:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 書棚から真実を
この記事へのコメント
物事全てバランスが取れてはじめて美しいのに、日本は世界が羨む豊かな国になったのに自己防衛感覚が欠如していて哀れ醜い姿です。人民に自己防衛感覚が無いということはいつなんどきまた魔がさして言われるがままに他国をも侵略しよう(できるだろう)なんてことになり兼ねません。防衛と侵略の区別も教えない教育は間違っています。危険です。『今まさにその状態』なんだと日本の子供たちに是非知ってもらいたいと思います。漢人鮮人露人の奴隷になるのだけは嫌です。
Posted by ケイさん語録 at 2006年05月10日 20:50
全く同感です。
防衛感覚の欠如という点は、世界でも特殊な国民でしょうが、それが特殊だということの認識がないのが問題ですねー。
Posted by 小楠 at 2006年05月10日 21:23
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