2007年10月26日

共産党の天皇会見運動

宮城へ押しかける共産党五代議士

 今回は「徳富蘇峰終戦後日記2」をご紹介しています。以前にご紹介した「徳富蘇峰終戦後日記」の続編で、「頑蘇夢物語」続編として06年12月の発行となっています。
写真は議事堂裏で徳田球一等の演説を聞く聴衆1946年5月
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引用開始
(昭和21年5月21日午前)
 吉田内閣に反動の烙印を押した共産党では、大命を降した天皇に責任があると、同党議員徳田球一、志賀義雄、野坂参三、高倉テル、柄沢とし子の五氏はうち揃って17日午前九時過宮内省を訪れた。まず坂下門で犬丸総務課長への面会申込みにからむ連絡上のことですったもんだ、やっと連絡がついて当番高等官室で総務課長と面接。
待ちかまえた徳田代議士、開口一番すでに殺気をおびて
「君は局長か」
「局長ではありません、課長ですが局長はありません」
「坂下門の受付では局長がおりますといっていたが、嘘をついとる。大体お客さんを玄関で待たすなぞは失礼だ
「宮内省は従来から面会を求められた者に、はっきり連絡がつくまで連絡上お待ち願うことになっていますから諒解願います」

徳田代議士さらに語をつぎ
「14日の宮城デモの時、宮内省の役人が人民を蹴飛ばしたというじゃないか」
「そんなことは聞いておりません。想像も出来ないことです」
「直ぐ調べようではないか」

こんどは志賀代議士。
「調べるのは別として平素から躾けておくべきだ」

徳田代議士さらに
「元首に対する礼をつくせというが、主権在民じゃないか」

「新しい憲法草案では主権在民になっていますが、大統領の国でも元首はあると思います」
「・・・・・・・」
「天皇も礼をつくしてくれれば人民も礼をつくす。互いに礼をつくそう。平等な人間として天皇が礼をつくせば人民は尊敬をつくすようになる」

志賀代議士「昨日電話で天皇に会いたいと申込んである」
「昨日は天皇にお会いしたいということだったのでお断りしましたので、きょう私に面会のためお出でになることは知らなかった」

徳田代議士の声は例によって怒気をふくんでいる。
「ここは応接室か、当番高等官室じゃないか。応接室はないのか」

「大臣の応接室はありますが、私などが使用する応接室はありませんから、代議士が来られてもここでお会いしております」
「代議士は政治や行政監督する任務をもっている。このことは議会で公表する」
つぎからつぎへと序曲がつづいてなかなか本論に移らない。両腕を胸の前に組んで静かに瞑目していた野坂代議士、たまりかねて柔らかい語調で発言。
「本論にはいろう。とにかく天皇にお会いすることを取り次いで貰いたい」

犬丸課長「政治に関することは国務の輔佐によってやることでありますから政府を通じて話して頂きたい。宮内省としてはお取つぎ出来ません」

志賀代議士「では大臣に会いたい」
「大臣は来ておりません。しかしお会いするかどうか私としてははっきりお答え出来ません」
「とにかく取りついで貰いたい」
「ではお取つぎします」

犬丸課長連絡に部屋を去る。徳田代議士別人のように声をやわらげ、各社の記者に向い「いつもここで会うんですか」「そうです」「封建的だなあ」しばらく沈黙やがて犬丸課長が帰ってきた。
「その問題ではお会いできません」徳田代議士「その問題とは」
「政治問題では・・・」

野坂代議士「政治問題に限っておりませんが・・・」
「大臣は会いません」
野坂代議士「それは天皇の御意思でしょうな、われわれはそう見ます」

徳田代議士「宮内省は天皇の事務室だ。事務室の責任は主人がおうべきだ・・・」「では侍従長に会いたい」
「侍従長はお会いしないと思います」

志賀代議士「侍従長が会わないで役目がつとまるか」
犬丸課長「ではお取りつぎだけはしましょう」と起ちかける。
野坂代議士「ちょっと犬丸さん、では直接天皇にお伝え下さい」と喰いさがる
「それは出来ません」ここでまた犬丸課長中座、掛合いのない時は至極なごやか――再び犬丸課長登場「侍従長はお目にかかりませんと言っています。理由は申しません」。

野坂代議士再び「では天皇に直接お会いするようにして貰いたい」とねばる。「今日のところ宮内省としては出来ません」「ではどうしたら会えるか」。

徳田代議士「人民としてもか、代議士としてもか」
犬丸課長「こうした情勢ではすべて政治問題に微妙な関係があります。お会いになること自体が政治問題であると思います。天皇は政治的な問題については大臣の輔弼がなければ関与されません」

徳田代議士語気を強め「人民が飢えてもか・・・」「政府を通じて手続をおとり下さい」「反動政府が取りつぐと思うか」

志賀代議士「天皇には大権があるじゃないか」「輔弼によります」「反動政府がボロクソ野郎だから天皇が大権を発動してやらねばならんのだ。正月の詔書に『朕は国民と共に在り』といっているではないか」
この辺から言葉の応酬戦がつづき、徳田代議士しだいに激して演説口調で右手をふりふり頑張り長講一席「君らはタラフク食っとる」「いや食っていません」と反転して、食っている食っていないの押問答一刻。

かくて10時頃まで交渉がつづいたが、結局見解の相違で物別れの形となり、最後に志賀代議士「人民に会わないことは天皇も宮内大臣も、侍従長にも全部に責任がありますよ、われわれは人民に報告しなければならない」。(後略)

 これ等は別に註釈を加うる必要なく、これを一読すれば、如何に彼等が至尊に対し奉りて、暴慢無礼の言動を逞しくしたるかが分明であろう。かかる出来事は、神武天皇以来、日本の歴史には一行だも無き事である。普通の人間と人間の交際にさえも容易に見出されない事である。・・・
引用終わり
posted by 小楠 at 07:14| Comment(4) | TrackBack(0) | 書棚の中の国際関係
この記事へのコメント
>「天皇も礼をつくしてくれれば人民も礼をつくす。互いに礼をつくそう。平等な人間として天皇が礼をつくせば人民は尊敬をつくすようになる」
・相手が〜すればしてやると言う時点で「礼」という物が解っていないですよね。
 ましてや陛下を相手に不届き至極!
 
 平等な人間としてと言うのも笑えます。共産党や共産主義は、この世で一番不平等だと思いますがね。
Posted by tono at 2007年10月29日 13:46
tono 様
ご存知のように、今の共産党はこのような本質を隠しているだけであることを多くの人に知って欲しいと思い、丁度いい引用ができましたので、掲載しておきました。

>>平等な人間としてと言うのも笑えます。共産党や共産主義は、この世で一番不平等だと思いますがね。

これも嘘なしでは維持できない共産党を表していますね。
Posted by 小楠 at 2007年10月29日 16:20
この話『天皇の料理番』にも書かれていました。「タラフク食ってる。」(何という粗野な表現でしょう!)としつこく言い張るので、ほとんど何もない食料庫を見せたら、何も言えなくなり、すごすごと帰って行ったというような内容でした。彼らの見当違いで失礼極まりない態度が、よく描かれていました。
Posted by milesta at 2007年10月29日 22:41
milesta 様
何と云うか意地汚いという他ないですね。
この頃はマッカーサーの後ろ盾をいいことに、言いたい放題だったのでしょう。
しかしこのような物言いは、多くの日本人からそっぽをむかれるだけでしょう。
共産党そしてその派生団体の隠蔽された本質を、多くの人に知って欲しいものです。
Posted by 小楠 at 2007年10月30日 10:40
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