2007年10月13日

フランスから見た満州

満州とフランスの国益

今回ご紹介している本「孤独な帝国 日本の1920年代」は、1921(大正10)年から27(昭和2)年まで駐日フランス大使を勤めたポール・クローデルの書簡を抜粋したものです。
 ワシントン会議以降の日本人の困惑とフランスから見る世界情勢の中の日本がよく分かる内容です。
写真は日仏会館の開館式、前列左がクローデル、閑院宮
claudel05.jpg

引用開始
1924年5月6日
クローデルからレジェ(外務事務総長)宛ての私信
 私は数日前、いくつかの方面から、満洲関係の一連のニュースを受取り、ひじょうに驚き、なおかつ不安になりました。第一に、バトリーヌが合衆国に満鉄の株を大量に売ろうとしているのではないかというニュースです。第二に、フランス人が満鉄の路線に関しイギリスの管理を受け入れたということです。最後に第三のニュースとして、北京にあるわが国の公使館は満州で、抗日ならびに反張作霖をめざすソビエトと接近政策をとっているらしいということです。
 とりわけこの最後のニュースは不愉快です。というのも、以下のことは明らかだからです。
第一に、私たちが赤軍やロシアから期待できることはなにもありません。他の地域でもそうですが、赤軍やロシアは、かの地満州においてもフランスをだましており、ほかのだまされやすい人たちをだますために、フランスを利用しているにすぎないのです。
第二に、満州における真の実力者は張作霖であり、この人物は表面上はどうあれ、日本に相当依存していますから、日本の意向を無視することは絶対にないのです。我々は中国北部において物質的な力はまったくありませんから、日本と協調しなければ、主として財政面でわが国の利益が守られないであろうことは、明々白々なのです。ロシア人と中国人は暴力や略奪に明け暮れています。であるなら、どうしてフランスは日本と協調しないのでしょうか。

 日本人は、満鉄の管理を強引にわがものにしようとは考えていません。しかし、明らかなのは、日本は、いかなる国の口出しも認めることはできないということです。イギリスであれ、アメリカ、赤色ロシアであれ、中国であれ(張作霖以外は)。満州は日本にとってきわめて重要な案件です。日本はこの地方に、商業、工業、安全保障、国の将来といった点で深い関わりがあります。
 フランスの国益にとっては、つぎの三つの理由から、日本が同地で強い立場をとっているほうがいいのです。(1)、ロシア・中国と英米ブロックの間にあって、日本は今後、この地域のことで手いっぱいの状態になりますから、我々の管理する南部の地域をそっとしておいてくれるでしょう。(2)、このすばらしい満州が日本の間接的指導のもとで繁栄することは、私たちの利益となります。私たちが望めば、その開発に大いに参画することができるのです。(3)、フランスの支援でポーランドが建国されましたから、今後も我々がどう出ようと、ロシアはフランスの敵でありドイツの友人でありつづけるでしょう。この点で幻想を抱くことはできません。それゆえ、ロシアが今後ともシベリア方面の問題に忙殺されていてくれるほうが、都合がいいのです。

 我々は日本と協調し、日本にとって大変重要なこの満洲という地域において日本に大きな手助けをし、フランスもそこに満鉄という重要な機構を有するのです。手助けをする見返りとして、我々は日本から約束をとりつけることができるでしょう。今はその大半がアメリカ一国に集中している発注のうち、かなりの部分をフランスに振り分けるという約束です。日本のように何事も国家主導の国では、それは可能なことです。私が確信しているのは、ここ日本では、たんに民間の活動だけでは経済の分野でなにひとつ有用なことはできないだろうということです。政治を利用すべきです。
 不幸にして私は、満洲および満鉄におけるフランスの利権に関する問題については、ごくわずかの情報しか得ていません。しかしながら、満洲問題は中国と同じぐらい日本が関心を寄せている問題ですから、わが国がそこに効果的に介入することは難しいでしょう。残念ながら、北京のフランス大使館は外交を独占することに汲々としており、情報を教えてくれません。すこし前に私は、満鉄に関して結ばれるかもしれない中ロ協定に対抗するべく、日本に働きかけました。三井男爵はそくざに私にそれを約束してくれました。私はこの件で、パリの外務省と北京大使館に電報を打ちました。また、近く西園寺公爵と話す機会に、満洲のことをもちだしてもよいだろうかとパリに尋ねました。私にはぜひとも情報が必要です。

 私がここであなたに開陳した意見の中に、外交政策として採用できるものがふくまれているかと思われます。必要なら、その正当性を認めていただくためにパリに参上することもできます。しかしとりあえず、あなたの友情ある行動を期待しております。
 私が最近、日仏会館についてお送りした報告をお読み下さいますようお願いいたします。私はこの会館を、極東の言語を〈実践的に習得する〉学校にしたいと考えております。今のところ私たちにはそれが欠けておりますが、それなしでは困るのですから。我々が、この国の言語を解する職員を養成することに配慮しなければ、極東では絶対になにもできないでしょう。さらに私は、わが国の同盟国、属国、あるいはポーランドをはじめとする各国の学生受け入れたいと思っています。それによって、いかなる影響が、そしていかなる展開が得られるかおわかりでしょう。日本にとってもなんと大きな利益になることでしょう。日仏会館というのはかくも興味深く多岐にわたる側面を備えるものなのですから、知的活動という点ではとりわけ活発な交流の場となりうるでしょう。
引用終わり
posted by 小楠 at 08:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 書棚の中の国際関係
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