2007年10月09日

孤独な帝国日本

アングロサクソン国連合下の日本

 今回ご紹介する本「孤独な帝国 日本の1920年代」は、1921(大正10)年から27(昭和2)年まで駐日フランス大使を勤めたポール・クローデルの書簡を抜粋したものです。
解説によりますと、クローデルの日本への出発を前に雑誌『エクセルシオール』につぎのインタビュー記事が掲載され、
「日本は大戦(第一次)の間も友邦かつ連合国として非常に重要な役割を果たしてくれましたが、だからといって極東最大の陸海軍をもつ強国ということにとどまるものではありません。非常に古い文明をもちながら、それを見事に近代文明に適応させた国、偉大な過去と偉大な未来をあわせもつ国でもあるのです」・・・・
また、「今度新しいポストに任命されてうれしくてなりません。フランス共和国の代表としてミカドの国に赴任するというのは、このうえない名誉と感じています」とも語っている。
では興味深い部分を抜粋引用してみます。
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引用開始
1923年6月21日
 ワシントン会議において〈太平洋に関する四カ国条約〉が締結されたことで、イギリスは必要のなくなった日英同盟を優雅に終結させることができたのですが、このとき私の任地のここ日本の新聞は、この決定の重大さを和らげようとつとめ、まるで合言葉のように、当事国双方に共通の意思表示であると述べてこれを紹介したのです。イギリス皇太子がその何ヶ月かのちに訪日し、国民のあらゆる階層からこれ以上は望めないほどの歓迎を受けました。人々は表面上は微笑みながら、しかし内心のひじょうな不安、なんとも苦々しい気持ちを抑えていたのです。
 アングロサクソンの国々が、あらゆる機会を利用して極東での連携を強めるのを目の当たりにし、日本は、直接的な脅威を感じているとは言わないまでも、危険なまでに孤立していると感じていました。さらにふたつの事情から、太平洋を支配しているふたつのグループの利害の対立が明らかになりました。そして両者のあいだには敵意といってもよいほどの不信が増大しつつあるのです。

 第一の事情とは、取り返しのつかない様相を呈している現在の中国の分裂状態です。それが最も顕著に表われたのが臨城の略奪事件です。この事件は、日本がパリとワシントンで主張してきた説を正当化するものでした。その説とは、隣の共和国で実行された改革は見かけだけのものであって、この国は、どの地域をとってみても、住民を効果的に服従させうる権威をもつ国家として他国に認めてもらうことができないというものです。私たちが中国と呼んでいるのは、幾人かのごろつきの親分たちの野望がぶつかりあっている戦場にすぎないということは、認めなければなりません。
しかし英米は早くも、このような中国の状態から日本を深く憂慮させるような結論を引き出そうとしています。アングロサクソンの両国は、日本に山東省と揚子江沿岸から撤退するよう強いたあとで、金融・通信・国家警察に国際的管理を打ち立てる体制を推奨しているように見えます。
 このような体制には日本は反対しています。日本の愛国主義の大新聞『万朝報』が、最近この件に関して記事を書きました。
・・・・この記事は国民感情に応えるものだと言い切ることができます。この記事を書いた人物はあらゆる国際管理に反対しています。なぜなら、英米連合の勢力下にあっては、中国に関心をもつあらゆる列強と同様、日本はまったくなにもできず、無力だと、この人物は考えているのです。彼はこの問題の核心をつくような例をあげています。上海の国際租界と南満洲鉄道の集団管理委員会です。管理委員会で、スティーヴンス氏は実際に勝手放題をやりました。この指摘がそれなりの正当性をもっていることは否定できません。列強が集団管理を打ち立てようとすれば、日本が中国の愛国主義者たちの抵抗運動を支持するのは確実です。

 しかしながら、中国の愛国主義者たちは、日本のこの種の支持は受けつけないだろうと思われます。この外国人嫌いの党が、中国在住の外国人の中で、最も憎み、暴力沙汰を起こしている相手は日本人なのです。この党は、イギリスが九龍および威海衛において,我が物とした土地については沈黙しています。一貫して日本に、そして日本が遼東半島にとどまっていることに対して、この党は激しい怒りを燃やしているのです。
 中国各地で、とくに揚子江流域では最も大規模に、日本製品や日本人に対するボイコット、略奪、暴力行為が広がりました。長春ではほとんど暴動となり、デモに参加した人々のうち12名が命を落としました。事態は深刻ですから、神戸と横浜の商人は政府になんらかの対策を講ずるよう求めています。
 政府は困惑しています。なぜなら、北京の政府は無能ですから、対策を講ずるとすれば、局地的な軍事介入しかありえないからです。しかし軍事介入という対策は、たとえ英米がとったとしても、日本政府の側で大きな異論が起こるでしょう。・・・・

 日本の愛国者にとってのもう一つの不満の種は、シンガポールにイギリス海軍の大規模な軍港がつくられるという計画です。イギリス議会において継続中の議論から、この措置は日本に対抗してとられるものだということははっきりしており、極東で戦争が起こった場合、相当困難が予想され、勝敗の行方が不透明なフィリピン防衛において、アメリカを支援することを目的としているのです。・・・・
 この記事は日本ではかなりの反発を招き、新聞紙上では激烈な言葉をもって解説を加えられました。

臨城の略奪事件
1923年5月未明、津浦鉄道浦口発天津行急行列車が臨城駅付近で突然土匪約千人の襲撃に遭い、イギリス人乗客一名が射殺され十六名が人質として拉致された事件。
引用終わり

 シンガポールのイギリス軍港計画は、例えていうなら日本がハワイに軍港を造るようなものだということを考えて見て下さい。
posted by 小楠 at 07:15| Comment(0) | TrackBack(1) | 書棚の中の国際関係
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