2007年09月26日

ヤポニカ日本この国1

むすめ

写真は1891年刊の『JAPONICA』表紙
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 今回からご紹介する『ヤポニカ』は英国人の詩人、ジャーナリストで、『デイリー・テレグラフ』の編集者サー・エドウィン・アーノルド著で、アメリカからこの本の挿絵を描くのにR・フレデリック・ブルームが派遣されています。アーノルドが来日滞在したのは1889年(明治二十二年)末からで、二回目の来日時に仙台出身の女性、黒川たまと結婚。彼には三回目の結婚で、滞日時の年齢は58〜60歳でした。
 19世紀後半の欧米の新聞・雑誌の隆盛普及は、挿絵に支えられていたといっても過言ではなく、以前にご紹介した『イラストレイテッド・ロンドン・ニュース』のような、紙面の50%以上が挿絵のものまで出現しています。この本の挿絵には訳者の解説がついていますので、それも部分的に引用します。
まずは巻頭の挿絵「むすめ」の訳者解説から。
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引用開始
 アーノルドの詩や評論を通じ、「むすめ(日本の娘)」という言葉が英語圏に普及した。日本女性について一般に欧米人が思い描くエキゾティックで魅惑的な女性像は、アーノルドの謳いあげる唯美主義的イメージでより鮮明な像を結んだ。アーノルドにとって、「むすめ」とは優しく、麗しい日本の文化と風土すべての象徴であったといってよい。
 東洋思想や仏教の、主として文献・説話の西洋への紹介者であった彼は、日本では日本社会で出会った女性たちを媒体として、日本の精神を直感的かつ具体的に理解したのである。
 挿絵画家ブルームの優れた描写力は、日本女性の魅力をいっそう引き立たせ、アーノルドの「むすめ」のイメージを定着させた。ブルームは日本で、さりげなく「肩越しにふり返る若い女性」のポーズをしばしば題材に選んだ。水彩のきびきびしたタッチと逆光表現の技巧が、強い印象を生んでいる。
挿絵解説引用終わり
では、本文のすばらしい「序」をご紹介します。


引用開始
 私が離日の準備をしていたとき、スクリブナーズ・マガジンの編集者たちから私の連載記事を『ヤポニカ』という名の本として出版したいとの連絡があって、その序文として巻頭に付ける短い文章の依頼を受けた。
 この依頼がありがたいのは、つぎの三つの理由による。第一に、素晴らしい挿絵を描いてくれた私の友人ブルーム氏の協力に対して感謝を捧げる機会が得られることであり、第二に、・・・・・第三に、美しく親しみのある日本に向けた――ただ一時的であると希望するが――別れの挨拶のなかで、いかに私がこの国の人々について書いたものすべての中に好意を強調しようと願ったか、また私の滞在中、恵みや有益なこと、愉しみを絶え間なく与え協力してくれたあらゆる階層の無数の日本の友人たちに対して、いかに私が深く感謝しているかを述べることができるからである。
 誰でも、時代の変遷の中では、たとえ歓喜の歳月のすべてを書き留めようとしても素晴らしき体験と心地よき記憶の他は何も書き残せないものである。その上、筆者は自らが去ろうとする国に、そこで人生と生活の平安を見出した恩を感じてもいる。――それは、この国ではどこにでも行きわたっている穏やかで仁愛深い風習、そして高度ではあるが、個性的で特殊な文明から生まれるもので――われわれ西洋人の日常生活の忙しさ、激しさに疲れた心を癒す心地よい気遣いによるものである。いったい旅行者の立場でこのような恩を返すのに、厚い感謝と美しい日本の平和と繁栄について終生感心を持ち続ける以外何があるのだろうか。

 私は今では、あらゆる言語のなかでも、感情を思いきり抑えた悲壮な言語として、日本語の「サヨナラ」以外の言葉は思い起せない。この優しい人々は、別れを彼らの友や恋人たちの最期を見送るよりも悲しく表現する。旅人は、かつて望んだように、
「アラブの人たちのように、天幕をたたんで、静かにそっと立ち去る」ことはできない。彼らは旅人のために送別の宴を開き、数々の丁寧なスピーチを送り、別離の贈物や記念品を渡し、彼を取り囲んで、心を込め目を潤ませながら、列をつくって見送りをする。特に色紙や金縁の料紙に、旅立つ友のための気持ちを日本の古い古典の形式の詩文にしたため、書きつける習わしは優雅そのものである。私の家主の一家は、そのような高度に修飾された詩篇を記した素晴らしい短冊を私に送り、親切な家族の一人一人が敬意を表してくれた。ここにそのうちの三枚の文字をそのまま掲げ訳を付けてみる。

サー・エドウィンへ、お好しさんより
 「数ならぬ 身をいたわりて 明くれに うけし恵は わすれざらまし」好子

サー・エドウィンへ、お冨久さんより
 「わだつ海の なみ路を遠く へだつとも いかでわすれむ 君が恵を」冨久子

サー・エドウィンへ、麻生氏より
「いかなりし えにしなるらん はらからの 友としおもふ 異国の人」武平

 それでは「サヨナラ!」フェアウェル・トゥー・ジャパン、この高貴な国の発展と、この国の洗練され恵まれた人びとの優しさと親切に対して大いなる感謝を込めて。「サヨナラ! マタオメニカカリマスマデ! (グッド‐バイ、ティル ワンス アゲイン アイ ハング イン ユア オナラブル アイズ!)」
 エドウィン・アーノルド
1890年、京都、クリスマスの日
引用終わり
posted by 小楠 at 07:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 外国人の見た日本A
この記事へのコメント
 先日はトラックバック有難うございました。感動的なエントリですね。日本人が忘れかけているような、こういう古きよき日本を伝えることはとても大事なことだと思います。
Posted by のらりひょん at 2007年09月26日 11:23
のらりひょん様
マスゴミの世論誘導や総裁選で、本来のエントリーが一時中断していました。
地味ではありますが、外国人から見た日本歴史の真実の姿を伝えることで、日教組に毒された若い人たちに、少しでも日本人の誇りを持ってもらえれば、そしてその上で政治を考えて頂ければと思っています。
Posted by 小楠 at 2007年09月26日 12:44
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