2007年09月14日

中共のチベット侵略5

大暴動と大虐殺

参照記事共産主義黒書アジア編もご覧下さい。
共産党の犯罪はナチス以上に厳しく告発されるべきです。
マイケル・ダナム著「中国はいかにチベットを侵略したか」から、抜粋引用してみます。
この中共の侵略手法をよく把握しておくことは、今の日本にとっても重要なことではないでしょうか。尖閣諸島などでの中国の行動と重ね合わせて、国民が危機感を持っていることも大切でしょう。
写真はチベット女性を公開懲罰にかけようとする中共兵
tibet05.jpg

引用開始
1955年リタン。
 チベット僧たちはついに中共軍の憎しみの鉾先をまともに食らうことになる。アタは語った。
「1955年、中共軍の指導者が何人かリタン僧院にきて、一切の武器を差し出せと通告してきました。私たちが大量の武器、弾薬を備蓄しているのを十分知っていたのです。そしていいました。“すべての財産は共産党のものである。チベットは今や中国の一部であり、中国人の生き方を学べ”しかし僧院は武器を手離しませんでした。
 ある日のこと、高僧たちは庭に引き出され、市民は銃を突きつけられ庭へ連れてこられました。そして奴らは高僧たちを大声で罵りました。心の師として敬ってきたラマ僧たちがそんな風に扱われるなんて、人びとは皆大変なショックを受けました。
“これまで五年間お前たちを文明化しようと努力してきたが何の効果もなく、動物と少しも変らない。今から白か黒か、二つの道のどちらかを選べ。おとなしく武器と財産を差し出すなら白い道。拒否して戦いを挑むなら黒い道を辿ることになる”
 すると一人の老僧が進み出ていいました。“何を決めろというのかね? 我々は自分たちのものは自分たちのものだ、といっているだけだ。お前さんたち中国人が我々に財産をくれたことがあるかね? 我々の財産は我々のご先祖から貰ったものだ。それをまるで初めから自分たちのもののようないい方をする権利がどこにあるかね”・・・・

 同じ頃、ゴロク地方ではもっと激しく反共の嵐が吹きまくっていた。
 毛沢東はラジオで一千万の中国人をチベットに移住させると約束していた。中国と国境を接するゴロクがその最初の犠牲にされた。毛はまず数千人の中国農民をゴロク族の牧草地帯に入植させた。しかしゴロク族はラサ市民と違ってデモなんかやらなかった。部族民も僧侶も一斉に武器を取り、移住してきた中国農民に情け容赦なく襲いかかったのだ。中共軍も直ちに反撃を開始した。ゴロク族の武装を解除させるため、三千の軍隊が注入された。あっという間に戦いのニュースがゴロクじゅうに伝わり、この地域の二千人のゴロク族が刀や口ごめ銃を振りかざしながら最寄の中共軍兵舎に馬を飛ばした。この時だけで約八百人の中国兵を血祭りに上げ、新しい銃などを分捕った。部族側の被害は軽微だった。が、勝利はそこまで。中共軍は大挙してゴロク族の居住地を襲撃、家畜の群を略奪し、人家を焼き払い、数千人の老若男女を殺戮しまくった。生残った者は山に逃げ込み、以後はひたすら中国人を殺すためにのみ生きつづけることを誓ったのだ。しかしこのゴロク族の惨劇も、他地域のチベット人は長い間知ることもなく、諸外国にいたっては何年もの間まったく気づくことはなかった。通信手段の貧しさ故である。

 南カムの奥地でも事態は深刻だった。中共の土地改革に従わなかったチャテンク族は直ちに中共軍の攻撃を受け、チャテンクのサムペリン僧院に逃げ込んだ。僧院は包囲され、中共軍の飛行機がビラを投下して投降を促したが、人びとが拒否するや、爆撃が開始された。中共軍にとっては、地上戦よりずっと味方の犠牲が少なくて済む方法である。あっという間に僧院は跡形もなく破壊され、少なくとも二千人以上が殺された。生き残りの一人、サムペリン僧院の僧だった十九歳のテンジン・ギュルメはこう述懐している。
「私の一家は特に惨めでした。父と叔父は反乱者のリーダーと目されて逮捕され、一族の土地も財産もすべて没収、母や小さい弟妹たちは物乞い同然で巷に放り出されました。町の広場で父や叔父は散々殴られ、爆撃を逃れた倉庫に、ラマ僧も含む何百人もの人びとと一緒に閉じ込められました。父は僧院長を罵ることを拒否した罪で八日間食事を与えられませんでした。そんな状態で一年半も監禁されてから、他の市民や僧たちと十キロ離れた所に移されて道路工事夫として強制労働を強いられました。父はこうして三年間苛酷な工事につかされましたが、最後は衰弱死してしまいました。他の私の家族は重労働を課され、仕事が終わると毎晩タムジンという教習会に出席させられて共産主義教育を強制的に受けさせられました。この教習会は中共がチベット人に課した最も残忍な仕打ちといっていいでしょう。
 町の広場に台を作り、毎晩違った“犯罪人”を引き出してきて晒し者にするのです。壇上に引っ張り出される前に彼らは――男も女も――散々ひっぱたかれていかにも罪人らしくうなだれ、弱り切っています。顔を上げようとすると銃の台尻で殴られるのです。首には“人民の敵”と書かれた板をぶら下げています。見物人はこの“人民の敵”を糾弾しなければならないのです。そうしなければ次は自分が壇上に晒されることになるのでした。やがて誰しもが隣人を信用できずに疑心暗鬼になっていくのです。私の兄の一人も、この壇上で拷問にかけられ、殴り殺されてしまいました。三人の従兄弟は殴り殺されはしなかったけれど、度重なるタムジンの殴打と栄養失調で結局死んでしまいました」
引用終わり
posted by 小楠 at 07:08| Comment(2) | TrackBack(1) | 共産主義の実態
この記事へのコメント
中華人民共和国の兵士たちによって踏みにじられたチベット文化、ダライ・ラマのインド亡命・・・。かって観た映画「セブン・イヤーズ・イン・チベット」が蘇ってきます。日本人はもっと中共の真実を知るべきだと思っています。その中共に迎合する媚中政治家や手先となって捏造報道を行う朝日等々によって、戦後レジームからの脱却を図った安倍首相も退陣させられました。
Posted by カピタン at 2007年09月14日 14:57
カピタン様
今度は福田を担ぎ出そうとする二階や山崎。もう自民党は崩壊して、政界再編しか救われませんね。
これらの媚中利権屋どもを政界から一掃しないと、まともな国にはなれません。
Posted by 小楠 at 2007年09月14日 15:53
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Tracked: 2007-09-14 11:10