2007年09月08日

南京攻略特派員特電6

世紀の絵巻、南京入城式

以前に昭和十二年十二月十八日発刊の、「各社特派員決死の筆陣『支那事変戦史』」という本をご紹介しましたが、今回はその後編のご紹介をしています。こちらは昭和十三年十二月七日発行で、前編と同じく約750ページにもなる分厚い本です。昭和十二年十一月の杭州湾敵前上陸から南京戦そして十月末の広東入城ころまでの特電を集めたものです。
写真は入城する海軍軍楽隊
gungaku.jpg

引用開始
【南京にて十二月十七日 朝日 今井特派員】
 嗚呼感激のこの日、同胞一億の唱和も響け、今日南京城頭高く揚がる万歳の轟きは世紀の驚異と歓喜茲に爆発する雄渾壮麗な大入城式である。この軍中支に聖戦の兵を進めて四ヶ月、輝く戦果に敵首都を攻略して全支を制圧し、東亜和平の基礎茲に定まって国民政府楼上に翩翻と翻る大日章旗を眺めては誰か感激の涙なきものがあろうか、荘厳勇壮を極めるこの大入城式を目のあたりに実況を故国に伝える記者の筆も感激と興奮に震える。
 南京は日本晴れ、この日紺碧の空澄み渡って雲一つ浮ばず銃火茲に収まって新戦場に平和の曙光満ち渡る。中山門、光華門、通済門、中華門、和平門、太平門、日の丸の旗波打つこれら輝く各城門から午前早くも光輝燦然たる日章旗を捧持して、南京総攻撃参加の各部隊続々入城、中山門より国民政府に到る三キロのメーンストリート中山路の沿道に堵列の将兵は征衣に積もる戦塵を払って意気軒昂。見渡せば道の北側に上海派遣軍、南側に杭州湾上陸部隊、血と汗に汚れた戦闘帽に輝く両頬は今日この一瞬の歓喜に満ち満ちて日焦した満面が感激に燃えている。午後一時全部隊集結完了した。
 
 畏くも金枝玉葉の御身を以て親しく南京攻略戦に御従軍遊ばされた朝香宮殿下の召された御自動車が中山門に到着した。続く車は杭州湾上陸の○○部隊長、そして中山門に感激の瞳を輝かせつつ下り立ったのは上海戦の労苦を双頬に刻んだ軍司令官松井石根大将である。午後一時半松井大将を先頭に朝香宮殿下を始め奉り○○部隊長、各幕僚は騎乗にて、ここに歴史的大入城式が開始された。
 東方紫の峰を横たえる紫金山の中腹にこの盛典を見守る中山陵、ああ、この日! この時! 新支那建設の父、孫文はその陵下に在って如何なる感慨があるであろうか。恐らくは抗日支那の末路をわが将士とともに哀れんで居るであろう。・・・・・
 此時下関に上陸した支那方面艦隊司令長官長谷川中将は、各幕僚を随えてこれに加わる。午後二時国民政府正門のセンター・ポール高く大日章旗が掲揚された。翩翻と全東洋の風をはらんではたはたと靡く日の丸の美しさ、嚠喨たる海軍軍楽隊の「君が代」が奏でられ始めた。空に囂々たる爆音を響かせて翼を連ねる陸海軍航空隊の大編隊・・・・・
 挙げる祝杯は畏くも将士を労わせ給う恩賜の日本酒立食の大卓に並べられた饗宴は、烏賊、かち栗、昆布の戦捷を祝う品々だ、肝に銘じしみ渡る美酒の味! 再び繰返される聖寿万歳の轟きだ。恐らくはこの一瞬祖国日本に一億の同胞が挙げる万歳もこの歓喜をともにするであろう・・・・

松井軍司令官重大声明

【南京読売特電十八日発】
 十七日威風堂々南京入城式を挙げ続いて十八日陣没将兵慰霊祭を主祭したわが松井上海方面軍最高指揮官は、同日午後四時南京入城の第一声として特に司令官談を発表し、南京陥落後に処する毅然たる皇軍の態度を表明するとともに重ねて国民政府及び支那朝野の反省を求むるため恩威両立、情理兼ね具えた左の如き重大声明を発表した。

 わが軍は南京を占領し十七日を以て晴れの入城式を行い十八日慰霊祭を執行したので、直ちに今後の作戦に即応すべく新たなる体勢に移り、その一部を以て直ちに江北地方に、また他の一部を以て浙江、安徽地方に向わしめ連続作戦を行いつつある。併しながら軍全般としては上陸以来四ヶ月に亙り間断なき湖会戦に引続き追撃に移った為相当疲労しているので、若干の休憩を必要とするから、この間において新たに軍備を整備しその作戦地方における警備、人民の宣撫を図りつつ再度の作戦を準備する筈である
 而して今後の軍の作戦如何は実に蒋介石並びに国民政府の態度如何にかかるもので、今直ちにこれをいうことは出来ぬが、惟うに江南地方軍民は過去の戦闘により少なからず脅威を受けたものと思う。また自然これにより国民政府に真の反省の機会を与えたと信ずる。自分はもともと今次の出征により支那軍民の蒙った甚大なる損失に対して寧ろ同情に堪えない。随って国民政府をして速やかに反省せしめ支那軍民をして真に皇軍に頼るべく親しむことを悟る日の一日も速やかに来ることを願うものであるが、国民政府にしてなお反省するところがなかったならば、遺憾ながら当然の任務上国民政府が漸次承服する時期の来るまで軍を進めなければならぬ。時将に寒気に向い年末も迫っている。自然軍としては一面には支那軍民の反省を促すため、一面には軍の正義のため暫く支那軍に反省の時日を貸そうと思う。
 本日はわが軍陣没将兵を弔って感慨深いものがある、しかしながらこれら陣没将兵に対する惻隠の情は独り日本将兵に対するのみに止まらず東洋の現勢に盲目にしてかくの如き事態に立ち至らしめた国民政府に虐使せられた不幸なる支那軍陣没将兵に対しても同様である。殊にこれら戦争に禍いせられたる幾百万の江浙地方無辜の人民の損害に対し一層の同情の念にたえぬ。今や旭旗南京城内に翻る皇道江南の地に輝き東亜復興の曙光将に来らんとす。この祭に当たり特に支那四億万蒼生に対し反省を期待するものである。
引用終り

 写真はこの後の漢口陥落時の日本国内のものです。当時大多数の日本国民の思い、姿を表しています。
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posted by 小楠 at 08:48| Comment(0) | TrackBack(1) | 書棚の中の支那事変
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