伊藤貫著
「中国の核が世界を制す」から、アメリカ外交の裏表の部分を引用してみます。
引用開始
アメリカのリアリスト外交
戦前の日米関係が悪化した原因の一つは、アメリカ政府の「ウィルソニアン的な外交道徳」の高邁なお説教と、実際の米国外交の「リアリスト的な覇権主義」とのギャップに多くの日本人が悩まされ、苛立ち、反発したことにある。
たとえば1899年、国務長官ジョン・ヘイは突然、「中国の領土保全・門戸開放・機会均等の三原則を守れ」という要求を、日本・ロシア・ヨーロッパ諸国に突きつけてきた。これら三原則は「重要な外交道徳」であると米政府は主張し、米マスコミも声をそろえて「アメリカの対中外交の道徳的な優越性」を褒め称えた。
しかし日本やヨーロッパ諸国にとって不快だったことは、アメリカ政府は自国が軍事的に優位な立場にある西半球やフィリピンにおいては、「領土保全・門戸開放・機会均等」を守るつもりなどまったくなく、利己的で排他的な帝国主義・武断主義外交を実行していたことである。
当時の米海軍と海兵隊は、東アジア地域において、日本やロシアやイギリスと競争するだけの海外兵力投入能力を持っていなかった。つまりアメリカは、自国が軍事的に弱い立場にある東アジアでは「領土保全・門戸開放・機会均等を守れ」と高邁なお説教をし、軍事的に強い立場にある地域では、何食わぬ顔をして排他的・利己的な帝国主義外交を実践していたのである。当時の日本人が、アメリカが自画自賛する「道徳的に優越した米外交」に感銘を受けなかったのは当然であった。
1921〜22年のワシントン会議でもアメリカ政府は、「民族自決」や「領土保全」等の立派なウィルソン主義を主張した。しかし、この会議で締結された四カ国条約(太平洋地域における列強勢力の現状維持と日英同盟の破棄)、九カ国条約(中国の領土保全・門戸開放・機会均等)、海軍軍縮条約は、日本のアジアにおける勢力圏拡大の動きを封じ込めるためにつくられたリアリスト原理に基づくメカニズムであり、アメリカ自身の帝国主義的行動を制約するものではなかった。
もし日本政府の代表がこの会議の最中に、「米国は西半球においても、領土保全・門戸開放・機会均等の三原則を守る条約を日本や西欧諸国と締結せよ」と要求したなら、アメリカ政府高官は大笑いして、まったく相手にしなかっただろう。
他の諸国に対しては優越感に満ちた態度で「ウィルソニアン的外交道徳を守れ」と要求し、自分たちは打算的で冷酷なリアリストとして「アメリカの勢力圏拡大と覇権強化を追及する」というのが、過去二百三十年間のアメリカ外交に一貫した態度である。
引用終わり
どの国も、自国の都合最優先は当たり前。まして、当時はアジアの国々は列強が好きなように扱ってもいいという考え方があったのでしょう。勿論日本に対しても。
2006年04月05日
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そうでしたねー。あの時日本の皇族との縁組で、日本国になのたかったハワイですが、当時の事情で明治政府は
そうしなかった。