「中国の核が世界を制す」は非常にシビアな内容です。全ての政治家、外務官僚は必読と思いますが・・・

引用してみます。
外交政策二つのパラダイム
「理想主義的」なウィルソニアン・パラダイム
国際関係を理解するために必要なパラダイムは二つである。リアリスト・パラダイムとウィルソニアン(ウィルソン主義)パラダイム。
この二つの外交パラダイムのうち、戦後の日本人に理解しやすいのはウィルソニアン・パラダイムである。(ウィルソニアン・パラダイムは「リベラル派のパラダイム」と呼ばれることもある)。
ウィルソニアンというのは、「国際法強化、国際組織の充実、経済の相互依存の増大等が進めば、世界の諸国はお互いに戦争しなくなる」と考えるパラダイムである。第一次世界大戦後にアメリカのウィルソン大統領が、「諸国間の利害の対立は国際連盟における理性的な話し合いと国際法の強化によって解決できるはずだ」。と主張したことから、この名称が生じた。
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1980年代以降、欧米の国際政治学者のあいだで流行となっている「民主主義諸国はお互いに戦争しないという法則」も、ウィルソニアン的な考えである。この「法則」によれば、「世界中の国がすべて民主主義国になれば世界平和は達成される」という思考パターンとなり、これも戦後の日本人に受け入れやすい外交思考のパラダイムである。
「現実主義的」なリアリスト・パラダイム
第一次世界大戦後の国際連盟や不戦条約(1928)は、米英仏独伊日ソ等の列強諸国の帝国主義的な軍事行動を阻止できなかったし、第二次大戦後の国際連合も、安保理の常任理事国は拒否権を使用(濫用)することにより、「自国の侵略行為と戦争犯罪行為は、安保理の議題に載せない」(常任理事国である米英仏中露五カ国は、何をやっても処罰されない)という状態であるから、現実の国際社会において国際法と国際組織が本当に戦争を防止する機能を持っていないことは歴史的な事実である。
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どんなに立派な国際法と国際機関が整備されていても、国際法違反の戦争をする国に対して「世界政府」と「世界警察軍」が出動して抗戦し、侵略の犠牲となった国家や民族を救ってくれるわけではない。ここに二千五百年前から現在まで、国際社会の本質的な現実は無政府状態であり、力の強い国が好き勝手なことをやっても力の弱い国はそれを制止し処罰することができない、という国際関係のリアリティが存在する、とリアリスト派の学者は解説する。
国連と国際法は、ポル・ポト派(クメール・ルージュ)によるカンボジア人大虐殺(総人口の三分の一以上を殺害した)に対して無力であったし、中国の人民解放軍によるチベット人大虐殺(100〜120万人を殺害した)に対しても無力であった。
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リアリスト派が、「ウィルソニアン派の主張はとても立派な理想論だが、現実の世界で戦争を防止する機能を果たしているのは彼らの立派な理屈ではなく、むしろ諸国間の軍事力の均衡、つまりバランス・オブ・パワーではないか」と指摘する時、リアリスト派の議論には説得力がある。
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過去二百年間、他の諸国に対して独善的態度でウィルソニアン的な外交道徳のお説教(「自由主義・民主主義のルールを守れ! 民族自決を尊重せよ! 国連決議に従え!」等)をしてきたアメリカ外交の本質は、ウィルソン主義ではなく、リアリズムである。
引用終わり
日本の左翼や親中派議員、官僚などは、全てウィルソニアン(リベラル)の理想主義であり、先ずはパワー・オブ・バランスを発展させて、強制力を持つ世界政府を成立させてからの話でしょう。しかし、それが可能とはほとんど思えません。
簡単に云えば,ウィルソン主義は”話し合えば分かる”であり,リアリズムは”やらなければやられる”ということですね.
日本はサブリアリズムというか,単なるリアリズムとは違う第3の現実主義に文字通り,パラダイムシフトする必要がありますね.アメリカの真似をすれば,下手すると,覇権主義に陥る可能性もありますから.
話し合っても駄目なときの準備は絶対に必要ですね。話し合う要求にバックがあるのと無いのでは、勝負になりませんから。
これが今の良識ある日本人、特に若い人達が苦々しい思いになる原因かな。
理想の前提には、教養や品格が必須ですものね。人間のDNAには、それらは含まれないから進化もしない。
原始的な手法でニラミを効かすベシですね。
日本が目覚めないから、漢民族が頭に乗ってるんだ。
この国は国防の感覚が麻痺していますね。橋本もせっかく行ったのなら、軍備拡張や、ガス田問題など、抗議することは山ほどあるでしょうに、あっ、
そんなこと言ったらうま味にありつけないのか〜。
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