2007年08月31日

洗練された日本精神2

礼儀作法の厳格さ

「誇り高く優雅な国、日本」という本をご紹介します。
著者は1873年グァテマラ市に生まれ1927年パリで亡くなった、エンリケ・ゴメス・カリージョという報道文学者で、父親はスペイン貴族の血筋に誇りを覚える保守的な人物ということです。
 大国ロシアとの戦いに勝って西欧諸国を唖然とさせた日本は、当時ヨーロッパ中の注目の的となっていました。
 来日は1905年8月末横浜到着となっており、確かな滞在日数は不明ですが、ほぼ二ヶ月後にはフランスへの帰途についたようです。帰路の旅先から、彼はパリにいる友人のルベン・ダリーオ(ニカラグアの大詩人)にあてた手紙の中で「もしあなたが私の葬式で弔辞を述べるようなことがあったら、私の魂が東洋の芸術家のそれであったということ、そして金色に輝く漆で大和の花や小鳥や娘たちの姿を描きたいと願っていたということを忘れずに人々に伝えてほしい」と書き送っています。
では「洗練された精神」と題する章から引用してみます。
写真は明治42年頃の上野駅の画
carrillo2.jpg

引用開始
 日本では農夫でさえ、モリエールの貴婦人たちと同じように慇懃な美文調で話す。詩人芭蕉の伝記の中に、興味深くまた含蓄のある逸話がのっている。数人の樵が山中でこの俳諧の創始者に出会ったとき、こう言う。「あなた様のご助言を乞う非礼を、あなた様の御令名に免じてお許し下さい」。これを、記録者が庶民の言葉を書きしるす際に誇張したものだなどと思ってはいけない。礼儀は、帝からクーリー(苦力)にいたるまで、だれもが細心の注意を払って行う国の宗教である。

 マセリエールが言及している室鳩巣の書を読めば、かの時代には礼法が民衆の間にまで浸透しており、いたって貧しい者でも相手を侮辱したり不作法な態度をとることはなかったことがわかる。労働者は、彼らの用語範囲内でできるかぎりの謙譲語を使用して丁寧に話をした。
 侍について鳩巣はこう言っている。「彼らの言葉はきわめて洗練されており上品なので、民衆にはほとんどわからない」。
 島流しになったある武士は、本土から遠く離れたその島で細工物を作る仕事をしていたが、いかに庶民の言葉を身につけようと努力しても、仲間の労働者たちに正確に理解してもらえず、気違い扱いされたという。
 上流階級の文法によれば、表現すべき尊敬の種類によって動詞の語尾が変る。“召使いは籠を持っていた” というのと“ご主人は刀を持っていた” というのは同じではない。各音節が尊敬や軽蔑、敬意や尊大さ、お辞儀やしかめっ面をあらわす。学者たちは何年でも飽きもせずに丁寧語や尊敬語の定義について議論をしている。洗練された習慣には、十分に洗練された言語が必要なのだ。あらゆるものが礼儀作法の厳格な法に則っている。・・・・・

 昔の読み物にはかの有名な茶の儀式が描かれ、そこで歌人や侍たちが麗々しい作法や繊細なウイットを披露するのだが、これはまさしく礼儀作法の試合に他ならない。
 聖なる植物である茶の粉を素晴らしい器へ移すための茶杓の取り方ひとつで、会席者の教養の程度がわかってしまう。ごく些細なことが侵すべからざる教理にもとづいているのだ。
 役者の中には、こういう場面を演じるときの優美さのおかげで名声を得たものもある。人気役者・市川団十郎のあるファンはこう述べている。「彼は貴公子よりもっと完璧な優美さを持つにいたった」と。この言葉は、どこでも耳にされる“誰それは礼儀をわきまえている” という言葉の一変形にすぎず、作法が一つの知識であることを示している。礼儀正しい人間になることを学ぶのは、騎兵や化学者になろうとして学ぶのと同じことなのだ。

 18世紀、将軍家宣が死んだとき、城内で、故人のわずか三歳の息子が他の成人の息子たちと同じく喪に服すべきかどうかで議論が延々とつづけられた。国中がこのことに関心を寄せた。幕府に問われて、儒学者・林信篤は喪に服すべしと答えたが、儀典に通じていたかの偉大なる新井白石は反対意見であった。これは笑いをさそう話であるが、人を泣かせる逸話もある。
 瀕死の侍が、主人が近くにいる間は作法通りにお辞儀の型をとらせてくれと同僚に頼むことなど珍しくないのだ。さらに死にかかっている哀れな兵卒が、その最期の息を吐き出す瞬間にさえ上官たちに微笑みを送る力を残しているというのは、どう言ったらよいのだろうか。もちろん礼儀正しくあるための作法には技巧的な部分が多いのは確かである。しかし同時に、それはなんと英雄的であり、なんという冷血さであり、またなんという克己の精神であろうか。・・・・

 四十七聖人は、洗練された冷静さというものの典型的な見本であるといえよう。憎むべき上野介を目の前に引き据えたとき、彼らは血気にはやる心を抑え、上野介に深々とお辞儀をして言った。
「吉良様、我らは内匠頭の家臣でござる。あなた様はかつての内匠頭との争いをよもやお忘れではございますまい。その為、我らが主君は命を失い、お家は断絶致しました。我らは身分卑しけれど忠実なる家臣でござれば、あなた様が我らの前で名誉あるご自害をとげられますよう、お願い申し上げに参上仕ったのでござる。我らの一人がすぐさま御首を頂戴し、我らが手で寺へ持参仕り、主君の墓前に供える所存でござる」。
 しかし上野介が自害しなかったので、復讐の士たちは口々に「御免」と叫びつつ、微笑みながら彼の首を打ち落した。“微笑みながら” という言葉はちゃんと本の中にある。日本人は重大なときいつも笑みを浮かべているのだ。ラフかディオ・ハーンが書いたある人物は微笑みながらこう言う。
「昨日、母が死んだのです。私の家族のつまらぬ出来事でお心を乱したくなかったものですから、申し上げませんでした」。
 これは創作ではない。スペイン大使館のある書記官の従僕は、何週間か前に長女を埋葬したのだが、その日、彼は何も言わず平常通りにいつもの微笑をたたえて仕事をしたという。
引用終わり
posted by 小楠 at 07:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 外国人の見た日本A
この記事へのコメント
以前雑誌に、外国人から見た「日本のここが好き」という特集があり、ある外国人が「日本には世界一の一般人がいる」というようなことを書かれていました。
今回の記事を読みながら、そのことを思い出しました。
Posted by milesta at 2007年08月31日 08:47
milesta 様
>>日本には世界一の一般人がいる

なかなか上手い表現ですよね。
今の日本人も外国人から見ると、大変親切という評価が多いようです。
確かに、海外の店舗や空港での係員の愛想や態度にはあまりいい印象を持てません。
Posted by 小楠 at 2007年08月31日 16:43
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/5268938
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック