2007年08月24日

慰安婦問題は朝日の放火

慰安婦問題をめぐる論争

 西岡力著の「よくわかる慰安婦問題」から、先ず経緯と現在の構図について書かれている『はじめに』の記述の抜粋から始めます。
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引用開始
 この論争は主として92年ころから翌93年まで私(西岡)を含む一部専門家の間で激しく続き、「強制連行は証明されない」ということでほぼ決着した。・・・・
 その後、日韓の反日勢力は、「強制連行は証明されない」という論争結果を意図的に隠しながら、河野談話を利用して反日宣伝を続け、96年には日韓両国の中学歴史教科書に慰安婦強制連行が書き加えられてしまう。・・・・
 この段階で、朝日新聞や左派学者らは、連行における強制だけが問題でないとして、慰安所の生活などにおける強制性を強調しだすが、説得力が乏しく、2000年代に入り、日本の中学歴史教科書からは慰安婦強制連行の記述が削除される。・・・・・
 (現在)国内の反日勢力だけでなく、今度は国外の反日勢力のネットワークができつつある。つまり、国内の反日勢力が国外の反日勢力と結んで、日本包囲網をつくろうとしているということだ。とうとう、その魔の手がアメリカの議会にまで伸びてしまったということである。

 国内の論争ではこちらが勝っていたが、論争に負けた国内の反日勢力が外と結んで、逆噴射を仕掛けようとしているというのが全体の構図である。
 彼らにとって安倍政権は、国内の論争で負かされた相手なのである。その安倍晋三が政権を獲って、日本をいよいよ正常化しようとしていることに対して、外の力を使って、日本正常化の動きをつぶしにかかっているというのが現在の状況といっていいだろう。・・・・・
引用終わり

次に本文の中から抜粋します。
引用開始
 1983年に慰安婦に関する日韓の認識を大きく歪める吉田清治著『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』(三一書房)が出版された。・・・
 日本の朝鮮史学者、朝日新聞に代表される自虐派メディア、反日運動家らは、吉田の告白を検証もせずに無条件で信じ、1980年代半ば以降、歴史書、事典などの記述に慰安婦の強制連行説が広がっていき、その結果、植民地時代を知らない世代の中で「慰安婦強制連行説」にむしばまれる者たちが増えてきた。この流れに乗って89年頃から、当時の社会党議員が国会で慰安婦問題を取上げはじめた。・・・・

 慰安婦が名乗り出たことがニュースになるには、権力による強制があればこそ、のはずだ。
 加藤官房長官談話と宮沢首相の謝罪、その後の日本のマスコミの感情的報道を見ながら、私は、「おかしい、おかしい、これは巨大な詐欺事件かもしれない。権力による慰安婦強制連行はまだ証明されていない」と、強い疑問を抱き続けていた。
 というのは、金学順さんらが起こした日本政府を相手とする補償を求める裁判が、実は、もともと日本人が韓国に行って、「原告募集」というビラをまいて起こした裁判だという事実を知っていたからだ。
 この慰安婦の人たちが名乗り出た裁判の原形になる最初の裁判が90年にあったのだが、その裁判を起こさせたのが、日本人であるという情報が、私に入ってきていた。そのことから、私は、ここには相当大きなウソがあるのではないかと思うようになったのである。・・・・

遺族会幹部と朝日記者のつながり
 私は名乗り出た元慰安婦たちがどのような証言をしているのか、彼女らの証言により、権力による強制連行が確認されるのかを調べた。
 彼女たちは裁判を起こしたのだから、まず訴状を入手しようということになり、これを入手してみた。・・・・次のように書いてあった。
 [家が貧乏なため、金学順も普通学校を辞め、子守や手伝いなどをしていた。金泰元という人の養女となり、14歳からキーセン学校に三年間通ったが、1939年、17歳(数え)の春、「そこに行けば金儲けができる」と説得され、金学順の同僚で1歳年上の女性(エミ子といった)と共に養父に連れられて中国に渡った。

・・・・韓国に「太平洋戦争被害者遺族会」という団体がある。その常任理事だった梁順任という女性の娘と朝日新聞の記者、植村隆が結婚している。そのうえ、この慰安婦問題を主として書いているのが、その植村記者だというのである。
 この情報が事実なら、植村記者は義理の母親らの裁判を有利にする捏造記事を書いたことになるのではないか
 とにかく当れるところは全部当ろうということになり、私は朝日の記者の義理の母親とされる人物に韓国まで会いに行くことにした。・・・
 後日判明したのだが、この面会はあわやというところでだめになるかもしれなかった。というのは、私がこの調査で動いているのと並行して、この裁判を起こしていた日本の弁護士、高木健一氏が、裁判の調整のためにこの事務所(遺族会の)に来ることになっていたのである。
・・・・しかし幸い、私のほうが数日早くソウルに着いた。
引用終わり
posted by 小楠 at 07:12| Comment(0) | TrackBack(1) | 反日マスコミ
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