2007年07月20日

親日インドネシア人1

インドネシア人の証言1

 朝日やNHKをはじめ、反日マスコミや政党が言う「日本はアジアの国々で悪いことを・・」がいかに事実を隠蔽しているかが分かる調査が、2006年2月3日付けの米メリーランド大学の発表にありました。
 世界の約四万人を対象にした英BBC放送との共同世論調査で、世界に最も「良い影響」を与えている国は日本であるという結果がでました。
 調査を実施した三十三カ国中三十一カ国で、日本が世界に「好影響」を与えているとの回答が出ましたが、三十一カ国以外の二カ国は、勿論彼の特殊アジアの二国です。その中でも、肯定派が一番多かったインドネシアの人々の証言が書かれた、「インドネシアの人々が証言する日本軍政の真実」という本から、大東亜戦争が侵略戦争ではなかったことを、彼らの言葉から見てみましょう。

1919年生まれのM・ユスフ・ロノディプロ氏の体験
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引用開始
 オランダによってインドネシアは十七世紀以来、三百五十年も占領されていました。オランダの統治時代の生活は酷いものでした。というのは、オランダがこの地に来たのは、この国で生産されたものをヨーロッパに持っていくためだったからです。それが、植民地主義の始まりでした。・・・今私が住んでいるのはジャカルタ市の中心地ですが、オランダ時代は、インドネシア人は住むことが出来ない地区でした。・・・
 殆どの人々には教育の機会がなく、読み書きが出来ない子供たちも沢山いました。・・・それはインドネシア人を無知蒙昧のままにしておくというオランダ政策の一つだったのでした。オランダ人は原住民であるインドネシア人に対して、はっきりと下等階級という扱いをしていました。・・・・小さい頃の私をもっと傷つけたのは、町の中心地にあったスイミング・プールでした。プールの入り口には大きな看板があり、「犬とインドネシア人の立ち入り禁止」と書かれていました。・・・

 第二次世界大戦前、アジアのほとんどの国は白人たちの植民地となっていました。それを、日本が白人たちと戦うことによって解放したということは間違いのない真実です。
 それは始まりからそうだったのです。つまり、それは1904年の日露戦争からでした。私は第二次世界大戦前から、日本がロシアに勝ったことを知っていました。そして、日本の発展していく様を見てきました。
 当時私は、日本はアジアを代表する国だと思いました。日本のお陰で、白人だけが強いのではない、私たちもまた強くなれるのだと思うことが出来たのです。日本の日露戦争の勝利は私たちを非常に勇気付けたのです。
 日本は、当時アジアで唯一白人と対等だった国でした。私たちインドネシア人はきちんとした教育も受けられず、何の権利もなく、白人に対して自分たちは劣っていると考えていました。自分たちが白人と対等になれるとは思っていませんでした。
 そしてまた、日本以外の一体誰がアメリカを攻撃しようなどと思ったでしょうか。それを実行したのは唯一日本でした。日本だけが、アジアを支配し続ける白人に立ち向かっていったのです。・・・・
 日本がインドネシア人に行った訓練は非常に重要なものでした。それは肉体的に鍛えただけではなく、インドネシア人を精神的にも鍛えたのです。そして私たちは大きな成長を遂げました。・・・
 もし日本がいなければインドネシアの独立までには、さらに百年かかっていたかも知れません。それを、日本はたったの三年半に縮めたのです。

1922年生まれ、R・H・M・ハッサン・ラハヤ氏の体験
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 私は、大東亜戦争中、日本の軍政監部の指導の下で色々なことを学ばせて頂き、さらには、日本に留学までさせて頂きました。それによって、私は成長させて頂き、人生が拡がっていきました。ですから、私は日本に大変感謝しています。・・・
 歴史上初めてアジア人が白人に勝ったという1904〜5年の日露戦争のことについては高等師範学校時代に本を読んで知りました。私は歴史が好きでしたから、ジャカルタの高等師範学校に入った後に、そういう日本についてのことを知るようになりました。
 インドネシアではオランダがそういう情報をストップしていて、自分たちに都合のよいことばかりを流していました。それでも私たちは、アジア人で一番初めに白人を負かしたのは日本だということを知ったのでした。・・・
 真珠湾攻撃の翌年、1942年1月に日本はオランダに宣戦布告をしました。香港を取り、フィリピンを取り、それからマレーシアを取り、そして、いよいよインドネシアにも上陸する、ということになりました。・・・
 私たちは非常に希望を持っていました。日本がオランダを追い出し、インドネシアを解放してくれるという期待が日ごとに現実味を増してきたからです。どうしてもオランダ人を追い出さなければいけない、というのが私たちの気持ちでした。特にイスラム教徒はそうでした。

 日本が攻めてくるということは本当に有り難かったです。日本人によってオランダ人が追い出されるのですから、私たちは大喜びしました。
 日本軍はジャカルタを占領すると、オランダ軍司令部のあるバンドゥンに向い、1942年3月9日にインドネシアのオランダ軍は日本軍に降参したのです。それはたった一週間のことでした。三百五十年もの間インドネシアを支配していたオランダが、たった一週間で降参したというのは本当に信じられないことで、私たちはなかなか理解出来ませんでした。日本人、つまり私たちと同じアジア人が白人を大東亜から追い出すことが出来たのは、正に大勝利でした。私たちは日本国民に大変感謝しました。また、それは神様の恵みでもあると理解していました。
 インドネシアから日本によってオランダが追い出され、インドネシアが独立するということは神様の恵みなのです。・・・・
 その部隊は二週間ぐらい村に駐屯していましたが、その間に、私は兵隊さんたちと色々と話をしました。彼らはみな優しくて、私の家へ遊びに来るようになりました。・・・私の母は朝から晩まで一生懸命に色々なお菓子を作ったり、ナシゴレン(インドネシア風チャーハン)などを作って食べさせていました。兵隊さんたちは母のことを「お母さん」と呼んで、家にやって来ては「お母さん、ライスを作って下さい」などと頼み、母が張り切って作っていました。・・・また兵隊さんたちは律儀にそのお礼にお金を払おうとするのでした。私は「ノー、ノー、いらない、いらない」と言うのですが、みなきちんと払っていました。
引用終り
posted by 小楠 at 07:13| Comment(5) | TrackBack(2) | 書棚から真実を
この記事へのコメント
こんばんは。
またまた読みたくなってしまいますねぇ。
映画「ムルデカ」を思い出しますが、この映画を観た当時は今ほど知識を持ち合わせていませんでした。
名越 二荒之助氏が逝去されたのが残念です。
今でも残留元日本軍兵士が亡くなられたら、栄誉礼を持って埋葬してくれてるのでしょうか?
次に行きたい国の筆頭がインドネシアです。
Posted by おばりん at 2007年07月20日 21:19
おばりん様
ムルデカのDVDを持っていますが、時々知人に貸しています。
インドネシアで一緒に独立を戦った日本兵は二千人くらいいるらしいですね。
TBも有難うございました。
Posted by 小楠 at 2007年07月21日 07:20
この本、私も読みました!好きです。勇気を与えてくれる本ですよね。他に、色々なところで紹介させて頂いているのですが、阿羅健一さんの「ジャカルタ夜明け前〜インドネシア独立に賭けた人達]という本が好きです。
インドネシアと日本の人達2人ずつにインタビューしたものを纏めているのですが、特に日本敗北後の混乱時にインドネシア人によって殺された日本人が、死ぬ前に自分の流れる血で「インドネシア独立万歳、喜び死す」と壁に書いて亡くなられたエピソードなど、感動する話が一杯載せられています(このエピソードは映画「ムルデカ」にも状況を変えて描かれています)。
Posted by おれんじ at 2007年07月22日 01:27
おれんじ様
>>死ぬ前に自分の流れる血で「インドネシア独立万歳、喜び死す」と壁に書いて

この血文字の写真を何かの本で見た覚えがあります。阿羅健一さんもこのことを書かれていたのですね。
この本も読んでみたいと思います。
コメント有難うございました。
Posted by 小楠 at 2007年07月22日 12:21
日本はすばらしい国です。

われわれは8月15日を終戦記念日として喪にふくするよりも、12月8日こそ、アジア開放に向けた記念すべき日なのです。
Posted by moto at 2010年07月18日 17:23
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