2007年07月18日

ギメの明治日本散策3

 明治初期に来日した二人のフランス人の著書から、彼らの観た、当時の日本及び日本人の姿をご紹介します。
 明治九年、フランスの実業家であり、宗教や特に東洋美術に強い関心を持つギメは、宗教事情視察の目的で、画家のレガメと連れ立って来日しました。この本はギメの「東京日光散策」とレガメの「日本素描紀行」が収められています。レガメの挿絵も沢山収録されています。
今回もギメの「東京日光散策」から。
絵はレガメの油絵、浅草の射的屋
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引用開始
仏教の市
 ガイドの松本さんは、浅草公園の飾りと名誉とになっている記念建造物をわれわれに見せるだけでは満足しない。
 彼はわれわれを連れて、売店とか軽業師の小屋とか弓の射撃場[矢場]とかを通って歩き回る。これらの施設はすべて、かつては異教の寺院を取り囲んでいたし、現在でもなお、日本の寺院を活気付けている。
 おもちゃ屋が一番多い。花や書物や絵巻物も売っている。古本屋があり、古い写本は珍しくない。
 茶屋、アメリカ風の冷たい飲物の居酒屋、日本料理屋、これらは物質的な面である。囲いの中では、花や珍しい植物や非常に美しい陶器の植木鉢を売っている。・・・
 手拭はそれぞれ一枚のハンカチである。――ポケットには決して入れず、風邪をひいても日本人は決してそれで洟をかまないし、かまないように気を付けている。そんな布切れをハンカチと呼ぶことが出来ればの話だが。(フランス語では、ハンカチは洟をかむものという意味)・・・
 こっちには動物の見世物、あそこには喜劇を物語る講釈師。もっと向うには操り人形、そばには大きい鳥籠のあるにぎやかな小鳥屋。その隅では手品師がいて、群衆が見とれている。・・・

芝(増上寺)
 人力車は上野公園を通って、芝公園にわれわれを連れて行く。
 それは真直な行程ではないが、松本さんは用意周到で、今夜はわれわれに日本式の夕食をさせようと約束していたので、われわれの胃はヨーロッパ風のランチであらかじめ腹ごしらえすることを遺憾に思わないだろうと彼は考えている。
画像は精養軒
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 ところで上野には、もっとも文明化したレストランの一つ[精養軒]がある。そこには、椅子やフォークや本物の羊の背肉がある。そのレストランは日本人が経営しており、公園の中にある。・・・

 教育を受けた日本人が、自分の国で認めている信仰を恥に思うのは、奇妙なことである。
 日本がヨーロッパの思想に関心を寄せるようになったとき、先駆的役割を果たした日本人は、私の考えでは、うわべだけをみて劣等感に陥るという誤りを犯したのだ。確かに彼らは、まだ蒸気を使用した工場も理工科学校も持っていなかった。しかし何とすばらしいものを彼らは持っていたのか。それらを理由なく放棄しているのだ。日本は日本の風習をあまり信用していない。日本はあまりにも急いで、その力と幸を生み出してきたいろいろな風俗、習慣、制度、思想さえも一掃しようとしている。日本は恐らく自分たちのを見なおすときがくるだろう。私は日本のためにそう願っている。・・・・

月と花のレストラン
 町の主な骨董商を案内し、日本の骨董品について若干の知識を手ほどきしてくれた後、松本さんは、銀座の大通りの近くのこの土地特有の施設にわれわれを連れて行ってくれた。そこで踊りと音楽とごちそうを同時に楽しむことになるのだ。
 その施設は「月と花のレストラン」[花月]と呼ばれており、家の前に小さな庭があり、庭には井戸と一本の木があって、そのたたずまいは完璧である。・・・
 狭い階段を登ると、いくつかの壁紙の板[屏風]を配置して、われわれのために一部屋が作られた。案内人は日本の習慣に従って、食事の前に風呂に入るようにと親切に勧める。私はためらう。その土地の風習に喜んですぐ従うレガメは、数分後、松本さんと一緒に日本の長いゆったりした着物を着て戻って来る。

 松本さんのイメージが一変した。彼はベルベデーレのアポロ[バチカン美術館にある古代の彫刻]と美を競おうなどとした訳ではないのに、ヨーロッパのモーニング・コートで身動きができず、かなり貧弱で窮屈なかっこうをしていたものだ。しかし突如、古代アジアの王子の物腰に戻ったのだ。彼の調和のとれた身振りは、ゆったりした衣服のひだによって際立ち、華奢な手首足首や、しなやかな首が、その全体の調和をとっている。日本人はこんなに着心地のよい、芸術的で経済的な民族衣装を持っているのに、なぜ窮屈で変てこなヨーロッパの衣類を、大金を払って着なければならないと思っているのか、本当にわからない。
 いずれにしても、私の二人の仲間は、柔らかい蓙の上にくつろいでいるのに、私の方はズボンが裂けないように気をつかうと、どうしても四足の猿や賢い熊みたいな姿勢になってしまうのだ。

 食事が始まる。初めは、お茶とスポンジ状の菓子(カスティラ)ついで黒い漆の蓋付きの碗にはいったポタージュが運ばれる。ポタージュ(吸い物)は、立方体のカスタードと小玉ねぎ数個、それに一片の煮魚が汁の中に入っている。これはとてもうまい。しかし小さな棒[箸]で、魚を細かく切り、その断片を口に運び、唇から多くの魚の骨を引き出さなくてはならない。骨は皿に一杯になる。諦めて餓死しなければならないのだろうか。ここが重大なのだ。

 松本さんが助言してくれる。小さな棒の一本は、ペンと同じように、親指と人差指と中指との間に保たなければならない。もう一本の棒は、手と親指のしわになっている付け根と薬指の第一節とで動かない線を作り、その線に最初の棒の先端が、顎のように近付いたり遠去かったりするのだ。
 難しいのは、上にある枝を、下の枝の面に動かすことである。少しでも離れると、二つの先端が合わさって食物をつかむ代わりに、互いに通り越したり、一片の食物を口に運ぼうとする寸前に、それを回して落としてしまう。二番目は、あんずのジャムと黄色のクネル[つみれ]付きの蛸(amabi)[あわびのことか]が数切れ入った料理で、ばら色と灰色の磁器の小皿に盛ってあり、全体としてオレンジ色の波模様がつくられている。この奇妙な盛り合わせは、確かにわれわれの胃にはいささか抵抗ありとみたが、女の音楽家が案内されると、彼女たちが到着しただけで気分は一新される。
引用終り
posted by 小楠 at 08:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 外国人の見た日本B
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