明治九年、フランスの実業家であり、宗教や特に東洋美術に強い関心を持つギメは、宗教事情視察の目的で、画家のレガメと連れ立って来日しました。この本はギメの「東京日光散策」とレガメの「日本素描紀行」が収められています。レガメの挿絵も沢山収録されています。
レガメは明治三十二年に再来日していますが、今回もそのレガメの「日本素描紀行」からの引用です。
画像は川鍋暁斎画のレガメで、彼が暁斎の肖像を描いている様子

引用開始
西郷侯爵公式訪問
内務大臣、元帥西郷侯爵[西郷従道]が、彼の秘書官の上品な大久保利武氏[大久保利通の三男]を通じて、私を元帥の邸に喜んで招く旨を昨日、伝えて来られた。
強風にもかかわらず、私は、誠実なS氏と共に、約束の時間に着く。風は嵐のように吹き、一人引きの車を二人引きにしなければならず、車夫たちは、自然の力に逆らってたいへんな苦闘をしなければならなかった。
私は、電灯で照らされ、ヨーロッパの家具や日本の品々を備えた一階の客間に案内される。二枚の油絵、元帥と彼の父である大西郷[西郷隆盛は従道の父ではなく兄である]の肖像が壁を飾っている。
待つほどもなく、大臣は侯爵夫人を伴って入って来る。握手やりとり、肘掛け椅子が暖炉の前の一本脚の二つの円卓の側に移される。一方の円卓は、葉巻と紙巻きたばこ用であり、他方は、干菓子とマロン・グラッセ、それに伴う日本流の砂糖を入れないお茶用である。私を暖炉の右側に座らせる。親切なS氏は客間の中央に立って、われわれのために通訳の労をとってくれる。離れたところに、大臣の個人秘書が座っているが、まったく無口な人物である。
元帥は灰色の口髭を生やし、見たところ少し荒っぽい気性の大男である。
慣例的な挨拶のやりとりの後、会談が始まり、私はいくつもの質問に答えなければならない。私はインターヴィユーは苦手で、何とかその難関を切り抜ける。西洋的な考え方の流行についてほのめかしながら、私は、元帥が専心している物の独特な様式について話す。その場合、外国の事物の採用が必要だと認められるとき、その外形をいささかも変えてはならないと考えるべきではないであろう。彼がまずそうであるように、自分の仕事に慣れるためには、事物の全体の調和の中に自分を入れさせるような外見を、急いで自分に与えなければならない。
和服を着ている侯爵夫人が会話に加わる。夫人は三十歳を越えていて、聡明の誉れが高いことがその物腰から見てとれる。
一日の終り
私は、午後三時から始めた貧しい人々の住む地域の散策から戻って来る。一年の初め、つまり春の一日の終わりであり、暖かい太陽は、青味を帯びた雲間にまどろんでいる。
魚屋や八百屋の店先は、夕食のため、たいへん賑わっている。この時刻の盛んな活気は、やがて人気のない街の静けさに移っていくのだろう。
私は、深く感動して、頭をかしげて戻る。たった今見たすべてのことに、心の奥底まで動かされ、あの誠実な人たちと、手まねでしか話せなかったことが、たいへんもどかしい。
勇気があって機嫌よくというのが、陽気で仕事熱心なこのすばらしい人々のモットーであるらしい。女性たちは慎ましく優しく、子供たちは楽しげで、皮肉のかげりのない健康な笑い声をあげ、必要なときには注意深い。すべての人が、日中は、家の中でと同じように通りでも生活をしている。その家はまるで蜜蜂の巣で、個々の小孔は積み重なる代わりに横に並んでいて、通行人の目にさらけ出された寝台を置く凹所のようであり、また、戸外で営まれる大小さまざまな仕事は言うに及ばず、家の中のものが、外にあふれ出ている。
彼らは、私がどんなに彼らが好きであるのか、おそらく知るまい。また、自分たちに、どんなに愛される資格があるのかも知らないし、反対に、われわれヨーロッパ人は、彼らを軽蔑していると、考えているのかも知れない。
白状すれば、確かにそういうこともある。事実、われわれヨーロッパの中の何人の者が、愚かにも、われわれの人種の手前味噌な優越性を、相変わらず、ぶしつけにも彼らに示しているのだ。私はそんな者とは違う!
金色の空は、そのきらめきを、掘割や深く掘り下げられた曲がりくねった川の静かな水に映して溶かし込んでいる。
しかし、ここには、多くの場所において、ヨーロッパからやって来た冷厳な事実と、画趣についての戦いがある。それは、お役所風な格式張った、直線的な建築物によって示されている。
どっしりとした屋根の木造の家々の間で、できたての窮屈そうな不恰好な建物が、外国を真似て、滑稽な高楼や小尖塔を立てている。そして、あの商店の看板は何と言ったらよいのか? トタンにペンキを塗って、日本の女性と乾杯をしている、舞踏服のヨーロッパの女性を表しているのだ。
夜の帳がおりて、これらのおぞましいものの上に、慎ましいベールがかけられる。・・・
深い堀に沿って、数知れぬ電線は、アイオロス[ギリシャ神話で、風の神。風に鳴る琴をアイオロスの琴という]の琴となって風に鳴る。そして、その無気味な歌は、上の方から聞えるというよりはむしろ、責めるような悲痛な調子で、地の底から出てくるようだ。
軽い梶棒の中の狭いところで速足で行く私の車屋も、手に提灯を持ち、それが彼の前の泥土に、光の溝をつけている。
引用終り