1690年(元禄三年)7月4日に日本にやってきたケンペルの「江戸参府旅行日記」の中から、1691年2月13日に長崎を出発して、江戸参府を行った当時の日本人との交際にあたる部分を、少し引用掲載してみます。
これは300年以上前の日本の姿です。
挿絵はオランダ使節の行列

引用開始
われわれが宿に着くと(道にいる腕白小僧たちが叫び声をあげるので、少しもゆったりした気分になれず)与力に導かれて家の中を通り、われわれの部屋に行くのだが、そこでは小さな裏庭に出ること以外は何一つ許されず、同心たちは田畑や裏通りの見える窓や、そこに通じる戸口などすべてのものに鍵をかけさせ、釘付けにさせる。
彼らに言わせれば、盗賊から守るためというのであるが、腹をさぐれば、われわれを盗賊や逃亡者のように見張るためなのである。それでも帰りの旅行の時には、われわれはようやく信用を得たので、こうした彼らの用心は目に見えて少なくなったのに気付いた。
検使は、その部屋がどの部分にあっても、われわれの部屋に次ぐ良い部屋を使う。与力・通詞および同心たちは、われわれの一番近くにある次の間をとるが、その目的はわれわれを見張っていて、従僕やよその者が、彼らの知らないうちに、または許しを受けずに、われわれの所に立寄るのを妨げるためである。・・・・
われわれが割当てられた部屋に入ると、宿の主人は、すぐに家族のうちの主立った男たちを連れて姿を見せ、めいめい薄茶をいれた茶碗を持ち、体を非常に低く折曲げ、胸の中からしぼり出したような丁重な声で、アー・アー・アーと言いながら、それを階級順に次々に差出す。
主人たちが着ている礼服や腰にさしている短刀は、客が泊っている間は家の中でも脱いだり、とったりはしない。その次には、喫煙具が運ばれる。・・・同時に折板や漆塗りの平らな盆に肴が載せてある。すなわち焼菓子、国内産のイチジクやクルミなどの果実、暖かいまんじゅう、米から作った菓子など、また塩水で煮たいろいろな種類の根菜類とか砂糖菓子といったようなもので、これらは最初に検使の所に、次にわれわれの部屋に出される。
日本人の客に対する給仕は女中が行う。彼女たちは客の所にすべての必要なものを運び、食事時には酒や茶をつぎ、食べ物を出したりし、そうすることで近づきになるための道を拓くのである。
オランダ人の場合にはこのような給仕はなく、それだけでなく旅館の主人や番頭たちでさえ、茶を持って来た後は部屋に入ることは全く禁止されており、せいぜい部屋の引戸の前まで来ることが許されているくらいである。というのは、われわれの連れて来た従僕がなんでも必要なことをしてくれるし、われわれに加勢してくれるからである。・・・
同行の日本人は旅行中、毎日三度食事をするが、さらに間食もする。まだ夜明け前、日本人は起き上がって着物を着るとすぐに、従って出発の前に一回目の食事をし、昼にはほかの旅館で二回目を、そして床に就く前に三回目の食事をとるが、それについてはすでに述べたように、日本人のために国内風に調理され大へんおいしい。
彼らは食事のあと酒を飲みながら歌をうたったり、あるいは(花札は禁止されているので)ほかの遊びや、順々に謎かけをして暇をつぶすが、そのとき間違ったり負けたりすると、一杯飲まなければならない。
これに反してオランダ人は、食事を静かに食べなければならない。オランダ人は自分たちに付いて来た日本人の料理人にヨーロッパ風に調理させ、食卓に運ばせるが、時にはそのほかに宿の主人から日本の料理を出させたり、またヨーロッパのブドウ酒と一緒に、国内産の暖かい米の酒をたっぷりつがせることもある。その他の点ではオランダ人は気分転換に昼間は中庭に出たり、気が向けば夜分に入浴したりするほかには、一歩も外へ出ることは許されず、暇つぶしのために従僕どもの所へ行くことさえできない。・・・
我々の一行が宿舎を立つ場合に、宿の主人には二人の通詞が立会って支払いがなされ、小さな盆の上に載せた金貨(小判)が、われわれの使節(商館長)から主人に渡される。主人は両手と膝をついて恐る恐る這いつくばって進み、地面につくほど額を下げ盆に手をかけ、しきりに例のアー・アー・アーといううめき声を出して礼をのべる。主人は他のオランダ人にも同じやり方で礼を述べようとするが、通詞にさえぎられて思いとどまり、再び四つんばいで引き下がる。昼食をとる旅館では小判二枚を払うが、夕食をとり一泊する所では三枚を支払う。
客が宿舎を出る時に、自分のいた部屋の床を急いで従者に掃除させたり、塵を払わせたりするのは、昔からの礼儀であり、感謝のしるしである。・・・・
旅館の主人らの礼儀正しい応対から、日本人の礼儀正しさが推定される。旅行中、突然の訪問の折りにわれわれが気付いたのであるが、世界中のいかなる国民でも、礼儀という点で日本人にまさるものはない。のみならず彼らの行状は、身分の低い百姓から最も身分の高い大名に至るまで大へん礼儀正しいので、われわれは国全体を礼儀作法を教える高等学校と呼んでもよかろう。そして彼らは才気があり、好奇心が強い人たちで、すべて異国の品物を大へん大事にするから、もし許されることなら、われわれを外来者として大切にするだろうと思う。
引用終り
・この一言が甚く感心させられました。衣食足って礼節をど忘れした日本人一同に読ませてあげたいです。思い出してくれるかもしれませんね、良き在りし日の日本を。宝の山に埋もれたいまの日本人はもう上から下まで嘘をついたり、やってる振りをしたり、何でも人のせいにしたり、脚の引っ張り合いばっかりをしている“幼痴園”です。
狡猾な隣国に隙を与えるばかりで危険です。識者育成は喫緊の要事です安部さん、美しい国はその後自然に生まれますよね。
>>識者育成は喫緊の要事です
全くですね、知識、見識と腹の据わった人物が必要ですね。
他から影響されて信念が揺らぐような者はだめだし、利に惑わされるような者には政界から去ってもらいましょう。