2007年06月14日

幕末明治の英紙報道11

イラストレイテッド・ロンドン・ニュース(最終回)
日英同盟成る

 昭和48年に初版が発行された「描かれた幕末明治」という本をご紹介しています。これはイギリスの絵入り新聞「イラストレイテッド・ロンドン・ニュース」に掲載された1853年から1902年までの日本関係の記事を翻訳したものを一冊の本にまとめたものです。
 幕末から明治への激動の日本の姿を今に伝える一資料として、その内容を抜粋引用してみましょう。
挿絵は、日英同盟を祝して長崎に建てられた凱旋門
gaisen.jpg

引用開始
1895年4月13日号
 下関で開かれている講和交渉が、近日中には、昨年7月以来中国と日本の間で猛威をふるってきた戦争の決定的な終結をもたらすことになるよう、また、両国陸海連合軍の間の3昼夜にわたる激戦ののち、2月7日に起った威海衛攻略こそ歴史的事件として記憶されるに至るであろう、と期待されている。
 威海衛の位置は渤海湾南岸に当たり、中国本土北部の遼東半島の末端にあるポート・アーサー[旅順]のほぼ反対側ほ占めるが、その位置は、日本軍の企図する海路陸路からする天津・北京への敵対的前進という観点から見るとき、ここを征服することを非常に重要ならしめているのである。この進軍はもし戦争がもう2、3ヵ月延びたら、きっと企図されたであろう。伊東提督と大山将軍が威海衛で行った作戦方法は、戦術に関する教授鎌アマチュア諸君によってくりかえしくりかえし検討されることになろうが、今週号にわれわれが掲載しているような正確で信頼すべきスケッチは、いずれも今後この問題について出る叙述や論評に関連して貴重なものであることが知られるかも知れない。

戦後の東アジア
1898年3月12日号
 中国の揚子江とその他の内陸河川のヨーロッパ貿易への開港とビルマ鉄道の延長を考慮してイギリス大使C・マクドナルド卿が交渉に当たっていた中国の香港上海銀行からの借款契約は、2月1日北京で調印された、しかしロシアの影響力が強くてこの利益の多い取引がだめになりそうでもある。ロシア側としては、ポート・アーサーおよび大連湾ならびに満洲鉄道の永久租借権を要求している一方で、東部シベリアにおけるロシア陸軍の増大を大々的に意図している。他方、ドイツは山東地方の無限の占領権を要求するらしく、フランスは中国南部での、かねて欲しがっていた便益を要求するかも知れない。日本は、海軍が戦闘的態度をとっている。貿易と財政はこのところかなり混乱に陥っている。

日英協約
1902年2月15日号
挿絵は、ヴィッカース社製造の最大の就役軍艦「三笠」
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 最近英国外務省から出版されたブルー・ブック(議会提出用報告書)には、中国・朝鮮をめぐるイギリス・日本両国政府間に成立した重要な一協定の本文が載せてある。本条約締結の動機は、本文自身が明らかにしているとおり、「極東における現状と全局の平和を維持したいという希望」にある。
 このことは主として「清帝国と韓帝国の自主独立と領土保全」を是認し、かつこれらの国におけるすべての国の通商・産業の機会均等を確保するという大英帝国と日本との間の約定によって実現されるべきものである。この協定はその調印即日、すなわち去る[明治35年]1月30日に施行され、有効期限は5年間であって、その期限を過ぎた後は、1年前にいずれの側からなり契約解除を通告することによって終結されるはずである。
 
 この重要でかつ平和的な文書は――その立案は公式発表の時まで秘密を完全に保ったが――イギリス側ではランスダウン侯爵の、また日本側では天皇の特命全権公使林[薫]侯爵により署名された。
 この協定のある一節を読んで、わが国民は特別の満足感を抱き、国内国外にある外交官中最も皮肉っぽい人々も――わが国の立場がわれわれの言葉を立証しているので――完全な確信を抱いた。すなわち「両締約当事国は相互に清国および韓国の自主独立を承認したので、これらのいずれの国においてもいかなる侵略的趨向によっても完全に影響を受けないことを相互に声明する」という箇条である。それでもなお締盟国の一国がもしこの協定の条件のもとで戦争状態に立ち入るならば、断固たる手段がとられるものと考えられる。その場合、締盟国の他方の側は中立を維持しなくてはならず、しかも他の諸国が中立を保持するよう影響力を行使しなくてはならない。もしその手段が成功を見ないなら、そしてもし締盟国以外の1国でも参戦するようなことになったら、その時は締盟国の他の側は援助を与えることとなっている。

 こうした状況のもとでは、日本の海軍力のことを思い出すだけの価値がある。ほぼ10年前、吉野艦がエルスウィックで建造されたとき、全世界は瞠目したが、しかし同艦はごく最近三笠艦の次位に置かれるに至った。三笠艦は最大の就役軍艦であり、・・・もし必要が生ずれば、われわれ自身と共に戦列に加わって戦うものと期待されうると考えるなら、幾分の慰めとなるのである。
引用終り
posted by 小楠 at 07:11| Comment(2) | TrackBack(0) | 外国人の見た日本B
この記事へのコメント
 幕末から日清戦争まで一気に来てしまいました。
 随所に日本人の清潔さ、謙虚さ、器用さが書かれていて、日本人が思っているだけじゃなく、英国人でも?解るんだとか思いました。
 今のジベタリアン世代に、この様な物を読んで聞かせていれば、かなり撲滅というかジベタリアン自体が無かったかも知れませんね。
 日清戦争(黄海海戦)から下関条約への、英国から見た、関連国の動静が解りますね。
 支那は勿論承知でしょうが、朝鮮でも下関条約辺りは、正しく教えなさいよという感じです。
Posted by tono at 2007年06月18日 17:32
tono 様
>>随所に日本人の清潔さ、謙虚さ、器用さ

これは当時来日したほとんどの外国人が賞讃していますね。やはりこの点、日本人は世界一なんでしょう。

>>支那は勿論承知でしょうが、朝鮮でも下関条約辺りは、正しく教えなさいよという感じです。

これら特アはもう相手にもする必要なしでしょう。福沢諭吉が言った通り、今後は脱亜でいきたいものです。
Posted by 小楠 at 2007年06月19日 07:44
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