江戸からの回答
1855年1月13日号つづき
昭和48年に初版が発行された「描かれた幕末明治」という本をご紹介しています。これはイギリスの絵入り新聞「イラストレイテッド・ロンドン・ニュース」に掲載された1853年から1902年までの日本関係の記事を翻訳したものを一冊の本にまとめたものです。
幕末から明治への激動の日本の姿を今に伝える一資料として、その内容を抜粋引用してみましょう。
挿絵はデューク・オブ・ウェリントン号

引用開始
オブニョウ[御奉行]は皇帝の回答を江戸から受け取っていた。それは解いてみると、長い一巻の巻物、もしくは一組の巻物であった。その内容が知らされた・・・・
この回答には、丁重な言葉づかいでイギリス人が訪問し書翰のやりとりをした際示した敬意に謝意を述べ、偉大なるイギリス国民、女王、提督、その他に対して皇帝の胸に懐かれている高い配慮を表し、戦争[クリミア戦争]とそれに伴って恐るべき事柄が起ったため、窮迫した事態になったことを残念に思い、皇帝の臣民に対する義務の観念は厳正なる中立を彼に守らせるがごときものであることを説明してあった。
「皇帝は、いずれか一方の側の怒りに自分をさらさずに、また多くの哀れな弱い国民に恐ろしい災厄をひき起さずに、このひどい争いのどちらにも加担することはできない」としたが、これらの点について述べられた考えは、極めて正当、賢明、かつ尊厳なるものであった。皇帝は「長崎の主なる役人に、わが帝国の法律と利害とが許すような条約を自分の名において締結するよう任命したが、皇帝はよろこんでオランダ・中国の両国民に限られた特別の商業特権だけは除くが、最恵国により享受せられるすべての便宜をイギリス人に譲与する」とのことであった。
この皇帝の書翰は、とてもすばらしい産物と見なされた。それは、さまざまの義務と意向とを明白に、合理的に、かつ直截に述べたもので、期待され得ることはすべてこれを譲歩し、完全な信頼を示唆し、将来の行動を律すべき原理の数々を定義していた。・・・ 会見の進行中、多量の雨がふり始めた。このことは丁重で親切な心遣いを示す機会を与えた。五艘のボートの乗組員たち――その全員とこれを指揮する士官たち――はすべて宮廷内に雨宿りするよう案内された。もはや真暗だったが、雨はなおやまなかった。一行の各人に1本ずつ傘が贈られた。覆いのある屋形船が用意された。提督とその一行は7時半に日本の政府の小舟で無事にぬれずに旗艦に帰った。なお4、5日が条約起草のために費やされた。
日本の役人たちはしばしば一日数回も艦上にきて、あれこれ細部について調整を行った。しばしば彼らは夜9時までも艦内にいて会議にあずかった。すべての準備が14日に終ると、提督は以前のように随員を伴って長崎に赴いた。条約は知事に読み聞かされ、2時ごろ提督によって2通とも署名された。
・・・そして一年以内に批准を行うこととなった。
非常に立派な正餐がいくぶんヨーロッパ風の流儀で食卓の上に出された。糖菓は、以前よりもっと上等なもので、磁器の皿にのせて出された・・・・
ボートに帰る時間がくると、もう真暗だった。しかし街路あるいは通りには美しく塗った、どれも政府の標識のついた提灯をもつ人々の列ができていた。提督が通り過ぎるにつれて提灯をもつ人々は密集し、ついには上陸場のまわりに色つきの光の環ができ、海面もまた、それぞれこうした趣向のいい優雅な提灯のいくつかをあしらった小舟で覆われ、総じて新奇で目もあざやかな効果を生み出した。
この独特な国民の、礼儀ずくめだけれども控え目な親切、鷹揚でいながら行き届いた心遣い、尊敬すべき秩序、規律、良識は、客人たちを驚かせかつよろこばせた。かれらの親切な応対は自発的なものであった。事態がいちじるしく改善されたことが、ここに見られる。・・・・
彼らは自国の法律に対して払われた尊敬、自国の権利に対して示された敬意を知ってよろこんだ。彼らはいちじるしく感覚的で敏捷な人種である。ほとんど無意識にほんのわずかの侮辱ないし不作法すら感知し、感情の動きは繊細微妙をきわめ、荒っぽい粗野な扱いをしようものなら後ずさりしてしまう。彼らが気軽にしかも真に善意から願いを許してくれた事柄なら何事でも、彼らは徹底的に守りかつ行動に現すが、彼らから脅迫によって強要されるかぎり、その事柄は有望であり得ても、永続的で満足のいく結果を生むことはないだろう。・・・
一方では彼らの排外性を不可能にしてしまうような事件がつぎつぎと起り得るし、また、起るに決まっていることを感じ理解している。世界の利害がわんさと殺到すると、彼らもまた他国民同様に行動せざるを得ず、また文明化された慣例の方に「向きを変えて」進まざるを得なくなるのである。
10月20日金曜日、最初到着した日からちょうど6週間後に、艦隊は長崎港を出帆した。太鼓を打って善意と敬意を示す儀礼的な護衛隊が、艦船に海上まで付き添ってきた。強い北東の季節風が艦隊に順風をもたらしたため、6日で香港についた。
引用終り
スーパーで食パンの上から缶詰とか牛乳をギュウギュウと詰め込んだり、玄関で靴を脱いでくれるのはいいけど3mくらい手前から脱いで歩いてきてそのまま入ってきたり、書類を投げてよこしたり・・・。
日本人としては、とても「気に障る」んですよね。
やはりそちらではそんな状態ですか。
店員などにしても、愛想なんて全く
期待できませんよね。
ただ、仰るように、それが気にさわるのは日本人くらいなのでしょうか、現地の同国人はあまり気にならないのかなー。
・これが本当の外交の姿なんですよね。現在の日本の政所担当者は何を感違えしているのか、相手の言いなりになって日本にお持ち帰りしては納税者に負担増を強いる。やはり外交だけはnobless obligeにやってもらわないと日本はやがて破綻してしまいます。
官僚にばかにされるような政治家、官僚に厳しく指示命令のできないような政治家が多すぎますね。
もちろん、官僚と一緒になって国益を害する媚中議員などはもってのほかですが。
日本は国民の監視が甘すぎるのでしょう。