2007年05月25日

米国製憲法強要事情5

憲法改正を急ぐマッカーサー

 児島襄著「史録 日本国憲法」をご紹介しています。奥付には昭和四十七年第一刷、昭和五十年第六刷となっています。
この本の最後の部分に、著者は『どのような憲法論議を進めるにあたっても、先ずは「日本国憲法」の成立の事情を明らかにすることが、出発点と思われる』と書いています。
今回の引用は、マッカーサー総司令部が憲法改正を急ぐ理由などについての部分です。
写真はケーディス
kades.jpg

引用開始
 三国外相会議は、これまでソ連が参加しなかった極東諮問委員会を、ソ連をふくめて極東委員会と改組するとともに、東京に米、英、ソ、中国、オーストラリア、ニュージーランド、インド代表で組織する対日管理理事会の設置をきめた。
「理事会」は極東委員会の出先機関ともいうべき存在で、極東委員会はマッカーサー元帥の対日政策を検討する機能をもつが「理事会」は元帥の諮問機関的役割をはたす。・・・・
 マッカーサー司令部は、すでに、旧天皇制の“打破”をうながす処置をとっていたのである。
 天皇自らの神格を否定する、いわゆる「人間宣言」の発表である。・・・・

記念碑としての憲法改正
 ホイットニー准将とケーディス大佐の会話は、准将の部屋に席を移してなおつづいたが、准将は、憲法改正案を作成する理由を、ひとことで説明した。
「極東委員会に口をいれさせてはまずいからな」

 おお、イエス――と、ケーディス大佐は、声にならぬあいづちをうちながら、即座になっとくした。
 前日、十二月三十日(昭和二十年)J・バーンズ米国務長官は、二十六日にモスクワの米英ソ外相会議で設立がきめられた極東委員会について、次のように放送していた。
「・・・極東委員会が政策にかんして一致できず、あるいは対日理事会が政策の実施方法について一致できないことによって、マッカーサー元帥の機能が阻害されないことを保障する」
 極東委員会は、すでに成立している極東諮問委員会にソ連を加えた十一カ国の対日管理機関であるが、米政府の連合国最高司令官にたいする緊急事項の中間指令権、米英ソ中四主要国の三国をふくむ過半数議決方式など、たしかに対日政策にかんする米国とマッカーサー元帥の優位は確保されている。

 しかし、極東諮問委員会と極東委員会とをくらべてみると、諮問の二字が消えている如く、極東委員会は「対日理事会」というマッカーサー元帥の諮問機関を別に持つ、明白な日本管理機構である。その任務は、勧告ではなく、「降伏条項の完遂上、準拠すべき政策、原則、基準を作成すること」にあり、「連合国最高司令官のとった行動」をチェックし、とくに「日本の憲法機構または占領制度の根本的改革」については、連合国司令官は委員会の「事前の協議および意見一致」を必要とする、と定められている。

 マッカーサー元帥は、すでに極東諮問委員会についてさえも、強い反対意見をワシントンに進言していた。それ以上の立場の極東委員会の誕生は、だから、マッカーサー元帥にとってはこよなく不快な存在となるが、とりわけ不快感をそそるのは、委員会が憲法改正にたいして発言権を与えられた点である。
 マッカーサー元帥は、憲法改正の促進をのぞんでいた。たとえば、フランク・リゾー大尉によれば――
「昭和二十年十二月下旬に、ホイットニー将軍から聞いた話だが、マッカーサー元帥は自分がおこなった日本改造がその場限りに終らないことを望み、そのためには一日も早く憲法改正が必要だと考えていた。もともと、元帥は占領が長引くのは日米双方にとってマイナスだと信じ、占領は二、三年で終えて帰国したいと思っていたらしい。
 しかし、その帰国するときには、すべてが不安のない状態、とくにおこなわれた改革が永続的なものになっていなければならない。

 たんに軍政命令によるだけでは、軍政の終了が改革の終了になる。しかし、国家の法律という形になっていれば、より長続きする。その意味では、改革を体現した憲法改正が必要であり、憲法改正が早ければ早いほど、改革も早く日本の法律化するわけである。
 たとえ(憲法改正が)総司令部側の示唆、それも強い示唆による場合でも、日本側の立法化の手続きがあれば、より永続性をそなえ、日本国民もうけいれやすくなる・・・・というのが、元帥の考えだった」・・・いずれにせよ、マッカーサー元帥は、いわば日本占領の使命達成の“証拠”または“記念碑”としての憲法改正を希望していたわけである。
 そして、極東委員会の誕生は、元帥の“記念碑”を“委員会の記念碑”にしかねないだけに、元帥と「銅貨の表裏のように一体」の腹心ホイットニー准将としては、一段と速かな、具体的には極東委員会の正式発足前に憲法改正を成就する必要を痛感したのである。・・・・・

公職追放令
 指令は、「軍国主義的指導者の官公職からの追放」を命じていたが、・・・
 公職追放令を理不尽とみなす声は、少なくなかった。政界を強引に編成変えして新人登場の機会を与える効果はあるにせよ、ただ特定の職業、身分、団体に属していたからというだけで、軍国主義者のレッテルをはるのは乱暴にすぎるからである。
 すでに戦争犯罪人の指名と逮捕をおこなわれているが、公職追放令は「行政的戦犯」指令、いや「行政的処刑」にひとしい。有無をいわせず職を追われ、職場を制限されめからである。しかも、審査はうけられるが、実際に軍国主義者であったかどうかの判定はむずかしく、審査はたぶんに気分次第の気配があった。
引用終り
posted by 小楠 at 07:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 米国製憲法強要事情
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