2007年05月22日

米国製憲法強要事情2

政治的武装解除

 児島襄著「史録 日本国憲法」をご紹介しています。奥付には昭和四十七年第一刷、昭和五十年第六刷となっています。
 この本の最後の部分に、著者は『どのような憲法論議を進めるにあたっても、先ずは「日本国憲法」の成立の事情を明らかにすることが、出発点と思われる』と書いています。

今回引用の部分は、現行憲法が日本国民の自由意志によって表明されたものであるように見せかけよ、という指示が米本国からなされていたということを示しています。
写真はGHQがおかれた第一生命保険ビル
daichi.jpg

引用開始
 ケーディス大佐がヒルドリング少将の部屋に最初に出頭したのは、一ヶ月ほど前だったが、当時は中佐だった。進級は三日前で、副官が大佐の階級章姿を見るのはその日がはじめてであった。
「どこかにご赴任でありますか?」
「日本だ」
「日本・・・? それはご苦労でありますが、戦争は終ったので、気楽なご旅行になりますでしょう」
「いや、仕事は大変だ。私の担当は、日本のポリティカル・ディスアーマメント(政治的武装解除)だからな
「政治的武装解除・・・?」
 聞きなれぬ単語に眼をむく副官に、大佐は肩をすくめてみせ、廊下に出た。政治的武装解除という言葉は、ヒルドリング少将のうけ売りだが、じつは、ケーディス大佐にも、意味はよくわからなかった。・・・・
 ただ、対日占領政策の基本方針については、すでにいくつかの概案が用意されており、ケーディス大佐も承知していた。

 いま、ヒルドリング少将の部屋を出た大佐がかかえるカバンの中にも、その一部である国務、陸、海軍三省調整委員会(SWNCC、スウィンクと発音する)の指令『SWNCC二二八』の草案がはいっている。・・・・
 どの文書にも共通しているのは、占領が軍事占領ではなく、むしろ、“新しい国作り”を目標とする政治占領であることを明示していた。・・・・
 そして、このような政治占領を実施する方法として、「初期の対日基本政策」は、次のように間接管理方式を定めた。

「天皇および日本政府の権力は、降伏条項を実施し、日本の占領および管理の施行のため樹立せられたる政策を実行するため、必要なる一切の権力を有する最高司令官に隷属するものとす・・・・日本国政府は最高司令官の指示のもとに、国内行政事項に関し通常の政治機能を行使することを許容せらるべし」
 もっとも、日本政府を通じての占領政治という間接管理とはいっても、あくまで日本の「現存の政治形態を利用せんとするものにして、これを支持せんとするものに非ず」ということで、最高司令官は「政府機構または人事」の変更を要求し、また「直接行動」の権利を保持している。・・・・
 間接管理とはいうものの、日本側がマッカーサー元帥の気にいるようにすれば良いが、そうでなければ容赦なく命令する。実質的には“間接管理という名の直接管理”あるいは“直接管理の変形”と呼ぶのがふさわしい。・・・・

 クリスト准将は、日本占領にそなえてナチス・ドイツにたいする軍政を研究してきたが、ドイツの場合は、「ドイツには、秩序を保持し、この国の行政を行い、かつ戦勝諸国の命令に応じて行動する責に任じ得るいかなる中央政府も、また、いかなる中央官庁も存在しない」(1945年6月5日、ベルリン宣言)と定められ、米英仏ソ四カ国がドイツ統治の全責任と全権力を持つことになっている。なまじ政府がないほうが、スムーズな占領目的達成が期待されるはずである。・・・・
 日本占領については、ドイツが四大国の分割管理下におかれたのにたいして、連合国の共同管理方式が採用されたことである。

 共同管理方式は、第二次大戦末期に徴候を明らかにしだした東西両陣営の冷戦を動機にしていた。すなわち、米国は、ドイツにおける分割管理がソ連の介入をうながした点に注目して、日本占領については、ソ連の日本進駐を拒否し、あくまで米国が主導権を握る方針を決めた。
 このため、連合国代表による諮問機関、「極東諮問委員会」を設置して、同委員会の活動を通じて共同管理形態を維持しようとした。・・・・
 委員会は、ソ連がたんなる諮問機関であることについて参加を拒否したほか、新たにインドを加え、米国をふくめた十カ国で発足する(十月三十日)が、諮問機関であるとはいえ、米国の日本占領について“小姑”的存在であることはまちがいない。・・・・

 ケーディス大佐が担当した主任務は、財閥の解体準備と公職追放人選定であったが、大佐は、九月二十一日『朝日』の論調を読むと、クリスト准将に、憲法改正を日本政府に指示すべきだ、と進言した。・・・・
 SWNCC指令文書の最大の特徴は、それが日本の憲法改正項目を例示している点にあった。
 米国の対日占領目的である「日本が再び米国の脅威とならぬ」よう、憲法にいかなる規定が必要かを明らかにしたもので、その中には、閣僚文民制、基本的人権、議会の権限拡大、地方自治体首長の民選制、天皇制の改革など、現行憲法の主な項目はすべて網羅されている。

 その意味では、日本政府にこのSWNCC文書をつきつけて、さあ、こんな憲法にしろ、といえばすむわけだが、SWNCC文書には厳重な二つの制限がつけられていた。
「本文書は公表されてはならない」ということと、憲法の改正または起草は「日本国国民の自由意志を表明するごとき方法でおこなわなければならない、という条件である。
 強制してはならず、またあからさまに米国側の手のうちをさらけだしてもいかぬ、というのである。・・・・・

 日本の降伏と進駐が決まると、マッカーサー元帥は日本占領政策の実施にかんする明確な権限を要求し、米統合参謀本部は九月十三日(昭和二十年)、次のような指令『SWNCC181/2』を伝えた。
「一、(日本)国家を統治するための天皇および日本政府の権能は、連合国最高司令官としての貴官に従属する。貴官は、貴官の使命達成に必要と思う権限を行使できる・・・。
二、・・・貴官は、貴官が必要とみなす武力の行使をふくむ方法によって、貴官が発する命令を実施する権限を与えられる・・・」・・・・
 つまり、マッカーサー元帥は日本における“オールマイティ”の地位を要求し、与えられていた。
引用終り
posted by 小楠 at 07:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 米国製憲法強要事情
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