2007年05月17日

江戸中期の日本評1

日本人の外見と国民性

 今回ご紹介しているのは、スウェーデン人ツュンベリー著の「江戸参府随行記」です。
ツュンベリーは植物学者そして医学博士で、東インド会社所属のオランダ船に員外外科医として乗船し、1775年(安政四年)8月13日、オランダ船の主任医官として長崎に来航しました。この年は、杉田玄白らの訳で有名な『解体新書』が出版された翌年にあたります。
「江戸参府随行記」にある1775年にツュンベリーが見た今から230年前の「日本及び日本人」から掲載してみます。
画像は幕末頃の庭園、菖蒲園です。
shobu.jpg

引用開始
日本人の外見
 日本人は体格がよく柔軟で、強靭な四肢を有している。しかし彼らの体力は、北ヨーロッパ人のそれには及ばない。男性は中背で、一般にはあまり太っていないが、何回かはよく太った人を見た。肌の色は体じゅう黄色で、時には茶色になったり、白くなったりもする。身分の低い人々は、夏期に上半身裸で仕事をするので日焼けして一層茶色になる。上流の婦人は、外出するさいは大抵何かで覆うので真白である。
 この国民の眼は、中国人と同様に広く知られている。それは他民族のように円形ではなく、楕円形で細く、ずっと深く窪んでおり、ほとんど目を細めているように見える。他の点では、瞳は褐色というよりはむしろ黒色で、瞼は大きな目尻ぎわに深い線をかたち造っていて目つきが鋭くなり、他民族とはっきり区別できる独特な風貌を持っている。眉毛はいくぶん高いところにある。ほとんどの人は頭が大きく、首は短く、髪の毛は黒くふさふさして油で光っている。鼻は低いとは言えないがしかし太くて短い。

日本人の国民性
 一般的に言えば、国民性は賢明にして思慮深く、自由であり、従順にして礼儀正しく、好奇心に富み、勤勉で器用、節約家にして酒は飲まず、清潔好き、善良で友情に厚く、素直にして公正、正直にして誠実、疑い深く、迷信深く、高慢であるが寛容であり、悪に容赦なく、勇敢にして不屈である。
 日本では学問はまだ発達をみていないが、そのかわりに国民は、どんな仕事においてもその賢明さと着実さを証明している。日本人を野蛮と称する民族のなかに入れることはできない。いや、むしろ最も礼儀をわきまえた民族といえよう。

 彼らの現在の統治の仕方、外国人との貿易方法、工芸品、あふれるほどにあるあらゆる必需品等々は、この国民の賢さ、着実さ、そして恐れを知らない勇気を如実に物語っている。
 貝殻、ガラス真珠、きらきらする金属片等で身を飾るような、他のアジアやアフリカ民族にはごく普通にみられる虚栄を、この国で目にすることは決してない。また目先がきらきらするだけで何の役にも立たないヨーロッパ人の派手な金や銀の飾り物、宝石類やその種の物はここでは珍重されず、彼らはきちんとした衣服、おいしい食物、そしてすぐれた武器を国内で製造することに努めている。

 自由は日本人の生命である。それは、我儘や放縦へと流れることなく、法律に準拠した自由である。
 法律はきわめて厳しく、一般の日本人は専制政治下における奴隷そのものであると信じられてきたようである。しかし、作男は自分の主人に一年間雇われているだけで奴隷ではない。またもっと厳しい状況にある武士は、自分の上司の命令に服従しなければならないが、一定期間、たいていは何年間かを勤めるのであり、従って奴隷ではない。
 
 日本人は、オランダ人の非人間的な奴隷売買や不当な奴隷の扱いをきらい、憎悪を抱いている。
 身分の高低を問わず、法律によって自由と権利は守られており、しかもその法律の異常なまでの厳しさとその正しい履行は、各人を自分にふさわしい領域に留めている。
 この広範なる全インドで、この国ほど外国人に関して自国の自由を守っている国はないし、他国からの侵略、詐欺、圧迫、暴力のない国もない。この点に関し、日本人が講じた措置は、地球上にその例を見ない。というのは、全国民が国外へ出ることを禁じられて以来、今では誰一人この国の沿岸から出帆することはできないし、もし禁を犯せば死刑に処せられる。また少数のオランダ人と中国人を除いて、外国人は誰も入国の許可を得ることができないのである。そしてオランダ人と中国人は、滞日期間中、捕虜のように監視される。身分の高い人や富裕な人は、大勢の従僕を雇っている。さらにほとんどの家には召使いがいて、家の主人が外出する時はコート、履物、雨傘、行灯やその他必要になるかも知れない品物を持って従う。

 礼儀正しいことと服従することにおいて、日本人に比肩するものはほとんどいない。お上に対する服従と両親への従順は、幼児からすでにうえつけられる。そしてどの階層の子供も、それらについての手本を年配者から教授される。その結果、子供が叱られたり、文句を言われたり打たれたりすることは滅多にない。
 身分の低い者は、身分の高い者や目上に対して深々とお辞儀をし、盲目的に無条件に従う。身分の等しい者に対しては、出会った時も別れる時もいつも慇懃な挨拶を交わす。一般には背中を曲げて頭を下げ、両手を膝か脚にそって膝下に当てるが、手が足先まで届くこともある。それは表明すべき敬意の大小による。尊敬の念が深ければ深いほど、より深く頭を下げなければならない。

 目上の人に話しかけたり、または何かを渡さなければならない時は、いつもこのようなお辞儀をする。身分の低い者が道で身分の高い者に出会うと、前者は後者が通り過ぎるまで上述の姿勢のままでいるのである。身分の等しい者が出会えば、両人は立ち止まって挨拶を交わし、軽く頭を下げたままで通り過ぎる。家を訪問した時は膝を曲げて坐り、多かれ少なかれ頭を下げてお辞儀をする。そして帰るさいには、立ち上がる前に再び同じようなお辞儀をする。
引用終わり
posted by 小楠 at 07:32| Comment(4) | TrackBack(1) | 外国人の見た日本B
この記事へのコメント
 お辞儀などは、言われてみればそうだなと言う感じですが、外国人には珍しい仕草なのでしょうね。
 例えば、日本人は玄関先でコートを脱いで挨拶します。羽織物のままでは失礼に当たると。
 欧米では、コートを脱いでいると、言う前から上がり込むつもりかと言うことで失礼なのだそうで。
 意味が分かればどちらも「なるほど」と言うことですね。
 しかし、ツュンベリーさん良く観察していますよね。
Posted by tono at 2007年05月17日 15:33
tono 様
お辞儀のことも色んな本で外国人がよく書いていますね。
ツュンベリーも初めて見る日本人だから、興味津々だったのでしょう。
反日や日教組が、江戸時代を暗黒のように教えているのが、全くの嘘であることを、嘘を教えられた若い人たちに分かって欲しいものです。
Posted by 小楠 at 2007年05月17日 17:48
洋人や他のアジア人は、ちゃらちゃらしたまがい物を身に着けるんだって、ちゃんと自覚していたので思わず笑いが出ました。
本当に以前の日本人は地味で質素で賢かったんです。今は素バカばっかりになってしまい悲しいことです。犬HKと日教組のせいですね。
奴隷が居なかったのも驚嘆すべきことだったんでしょうね。奴隷の歴史が無いのは唯一日本だけ?と聞いています。
Posted by k at 2007年06月02日 13:20
ケイ様
>>奴隷の歴史が無いのは唯一日本だけ?と聞いています。

そうでしたか、ずっと単一民族の日本では、人間を家畜のように扱うなんてことは、人情でも出来なかったのでしょうね。

Posted by 小楠 at 2007年06月02日 17:44
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