2007年04月23日

大戦直前日本の世情1

アメリカの対日前哨戦

大東亜戦争直前、昭和十六年頃の世界情勢の渦中に生きた日本人が、どのようなことを考え、どのような意見を持っていたのかを、その頃に発行された書籍を紐解くことによって、その時代の日本人と同化し、なぜ大戦へと進んでいったのかを探って見たいと思います。
当時多くのベストセラーを出した、武藤貞一の著
「日米十年戦争」(昭和十六年発行)
から少し引用してみます。
10years.jpg

引用開始
 どのみち、アメリカが資本攻勢のやむにやまれぬ必然的要求から支那大陸の市場を欲し、同時に太平洋西岸の資源を欲する限りは、日本というアジアにただ一つ残れる有色人種のトーチカを爆砕しなければならぬことは覚悟前だ。日本の宿命的相克はいつ始まったかは今更いうも愚かである。
 アメリカが大陸を南漸して太平洋岸に出て来たとき、延いてはペリーが浦賀湾頭に砲声を轟かしたとき、今日の成行きは約束されていたのである。更に下っては、ノックスの東清鉄道中立提案をして来たとき、日本は覚悟すべきであったのだ。満洲事変の際、いわゆるスチムソン・ドクトリンで、対日恫喝が試みられたとき、既にアメリカは戦意を露骨にしていた。・・・

 爾来、アメリカは猛然と準備を急ぎ出した。驚異的大軍拡、対日制圧戦に十分なりと信ずる準備を!
 支那事変となって、アメリカはイギリスと協力し、あらん限りの援助を蒋政権に与えた。これ、蒋介石を利用して、有色人種国唯一のトーチカたる日本帝国の国力消耗を図らんがために外ならない。支那事変こそ、英ソにそうであったごとく、なかんづくアメリカに取ってはもっけの幸いであった。
 1940年1月26日は、アメリカが対日経済封鎖の第一宣告ともいうべき記念日である。当日日米通商条約の一方的廃棄がアメリカによって敢行されてしまったのだ。爾来、アメリカは経済封鎖という対日前哨戦についた。
 固より未だ日本と実力の戦争をする準備が整っていないから、武力戦はアメリカにおいて回避せざるを得ない。そこで、日本に致命的打撃を与えることによって、捨身の反発を起させない程度を加減しながら、ジワジワと経済封鎖を強化するに至った。・・・・・

 かくて、ここ数年来、特に支那事変勃発後のアメリカは、極めて彼に好都合な情勢のもとに、その企図は十二分に発揮できたと見るべきである。いま仮にこれを二つの方式に分けるとすれば、
1,日本の国力を対蒋戦争によって消耗させてきた。
2,日本にその消耗を補充し能わざるよう、日本への原料物資の注入を阻害してきた。

 日本がその主要資源を英米領域に依存し来ったのみならず、経済動力を英米に仰ぎ来ったことは、アメリカに取っての何たる好条件であろうか。およそ世の中に、仮想敵国の使う原料を自分の手で握っていて、その相手と戦う潮合を待つというくらい恵まれた態勢というものはそうザラにあるものではあるまい。同時に、その逆の立場に立つ『仮想敵国』なるものの惨めさは正に言語に絶するものがある。
 しかも日本人は、かかる最悪の関係に立ちながら、一向平気で長年月を経過し来ったところに、日本人独特の呑気千万さがある。否、呑気千万を通り越して、むしろ痴呆症かと疑わるるくらいである。


 アメリカの抗日蒋政権への投資は、日本の国力消耗のためであるから
、従って採算が取れるとしている。・・・
 アメリカは日本という硬質の立木を倒すのに、先ず枝葉を枯らして、しかるのち切ろうと算段して来た。原料物資を抑えれば、水なき樹木に等しく日本は枯れると考えている。日本が一方で支那事変で損耗し、一方で生産拡充に支障を来せば、アメリカにとって、初めてこれを倒す機会到来と喜ぶのである。・・・・・

 日本が南京を攻略し、国民は戦勝に酔ったが、相手のアメリカは何と思ったであろうか。必ずやソレ一発射ったと思ったであろう。日本が武漢を攻略した。ソレまた一発射った。日本がノモハンで戦った。ソレまた一発射った。拳銃にはあと三発残っている、といった具合にじっと弾丸の数ばかりを数えている。一方、日本に重要資源を送っている関係上、日本の『弾丸充填』の方を阻止する手加減に抜け目がない。これがアメリカの今日までやって来た悪質の策謀なのだ。

 もとより、英米側の虫のよい算段であって、日本側から見れば噴飯にも値しよう。日本は支那事変によって英米の算定するほども損耗している訳でも何でもないからである。ただしかし、日本国民が支那事変に臨む意図と全然異なった眼で日本を眺め、日本に処しつつあるアメリカのことを、十分に認識しなければなるまい。
 支那事変は、日本から見て抗日支那軍が正面の敵であるか知れぬが、アメリカをもってすれば、支那は何ら問題でない。ただ一に日本を損耗させるための前哨工作なのである。
 こうして、アメリカは自ら戦わずして、相当戦った場合と同じ効果を既に挙げたものと妄信している。しかして、その対日前哨戦はこの辺で第二段階に入ったとしている。マレー・ライン取得がそれでないと誰が言い得るだろうか。アメリカが黒頭巾を脱いでの対日強硬化の因はここにあり。

 不幸なる東亜共栄圏内の同士討戦――蒋介石の愚蒙による支那事変が、一日長く続けば一日だけアメリカを利益する。
 イギリスがインドを占領するに相互摩滅の手を用いたと同じく、アメリカをして多く手をぬらさずして日本包囲網の布陣をまんまと完了させてしまったことは、何ともはや無念の至りであるが、今更過去のことを詮議立てしても始まらない。ただこの現実の事態にいかに対処すべきかが、日本国民に与えられた最大の問題たるを思わなくてはならぬ。
 蒋介石の抗日に発程した支那事変は、満三年半を経過して、漸く英米の表面的出動の舞台となり、今や完全に東亜事変と化するに至ったが、これより展開すべきアメリカの前哨戦とはいかなる形態を備うるものであるか、まづそれをきわめる必要がある。
引用終わり
posted by 小楠 at 07:39| Comment(4) | TrackBack(1) | 書棚の中のアメリカ
この記事へのコメント
おはようございます。
これはまた、貴重な本ですね。

>大東亜戦争直前、昭和十六年頃の世界情勢の渦中に生きた日本人が・・・

冒頭の小楠さんのこういうアプローチが、戦後の日本人に一番欠けている部分だと思います。
結果を知っている戦後の人が書いたものだけを読んでいたのではわかり得ない時代の空気を知らなければ、歪んだ見方しかできなくなりますから。

私も時々意識して、昔に書かれたものを読むようにしています。先日は「もうひとつの南京事件―日本人遭難者の記録」という本を購入しました。昭和2年の南京事件について、事件の日本人被害者達の証言や当時の公文書を集め真相を再現した記録です。編者は、ラルフタウンゼントの「アメリカはアジアに介入するな! 」などに係わった田中秀雄氏でした。

「日米十年戦争」のご紹介、期待しております。

Posted by j.seagull at 2007年04月23日 09:48
j.seagull 様
的確なコメント有難うございます。
ご指摘の通り、私の意図は大戦前当時の世界情勢、列強にとっては、まだ植民地が当り前の時代の中で、白人に囲まれた日本人はどのように考えていたのかを知らないと、あの戦争の意義が解らないと思っています。
あの戦争を取上げる場合は、できるだけ当時の人々の心になって考えたいと思い、当時の本でそのことを掲載していきたいと思います。
Posted by 小楠 at 2007年04月23日 10:13
日本は資源も市場も外地に依存している構図は日本人自身が承知しているのに何をやっているのか“呑気千万”、日本政府は戦略なき“痴呆症”的な政策で明け暮れていました。純ちゃんあたりから近年ようやく目が醒めてきたみたいで幾らか国家らしくなってきました。この芽を摘まないで日本独自の自衛政策を実行してもらいたいものです。せっかく支那・資源・防衛・領土問題を数十年前に経験しているのに生かされていないのは勿体無いです。邪魔をする反日日本人を炙り出す妙案は無いものでしょうか。南朝鮮のように取り敢えず財産没収するとか・・・。
Posted by k at 2007年05月04日 11:51
ケイ様
>>邪魔をする反日日本人を炙り出す妙案は無いものでしょうか

彼等は少数ですが声が大きい。まともな日本人は一人ずつで声をあげている。
この違いがありますね。
後者がまとまって声を上げるようになることが、今一番望まれますね。
Posted by 小楠 at 2007年05月06日 08:40
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/3821269
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック

大東亜戦争下の青春
Excerpt: 今回は、昭和史研究所会報(第120号)より、郡順史氏(時代小説家)の論文を引用します。 ■大東亜戦争下の青春 一、 大東亜戦争下の青春は暗かった。まるで地獄の底のように憂鬱で、夢も希望も..
Weblog: 新・へっぽこ時事放談
Tracked: 2007-04-23 20:43