2007年04月16日

天皇とグラント初会見

グラント将軍と明治天皇の会見

 アメリカ南北戦争で勇名をはせ、戦後は大統領を二期つとめたユリシーズ・シンプソン・グラント将軍(1822〜85)は、1879年6月に長崎に来航、国賓として約二ヶ月半日本に滞在しました。
この本は随行した書記のJ・R・ヤングの著です。
「グラント将軍日本訪問記」から。明治天皇との会見そして浜離宮滞在の模様を引用してみます。
画像は明治天皇皇后との初会見の模様
kaiken.jpg

引用開始
 金モールの付いた制服を着た侍従が静かに部屋に入って来て、合図をすると、先に立って案内した。グラント将軍夫妻は、ビンガム将軍と残りの一行に付き添われて、部屋に入った。・・・・・
 われわれは短い廊下を歩いて行き、もう一つの部屋に入ったが、その部屋のいちばん奥に天皇と皇后が立っていた。両陛下のそばには、身をかがめるようにして女官が二人いた。まだほかに皇女が二名立っていた。・・・・
 天皇のそばにいる皇后は、よい素材の地味な和服を着ていた。彼女は真白な顔をし、ほっそりとした体はまるで子供の体のようであった。髪型は地味であり、髪は金の矢で飾られていた。天皇・皇后両陛下は感じのよい顔をしていた。天皇の顔だけは確固たる信念とやさしさを表していた。・・・

 天皇が侍従の一人である、石橋氏に合図をしたところ、彼は静々と前に進み出た。・・・・陛下が話を終えると、石橋氏はグラント将軍の方に歩み寄り、陛下より歓迎の辞を読み上げるよう命じられた旨を伝えた。

 閣下の名は、わが国に知られて久しく、私どもはあなたにお目にかかれたことをとてもうれしく思います。合衆国大統領の要職にある間に、閣下はわが国民に格別の親切と好意を示して下さいました。特命大使の岩倉が貴国を訪ねた折、親切なもてなしを受けました。閣下から受けたご親切は、常に私どもの記憶に新しいところであります。世界を漫遊中、お立寄りいただき、国民一同、閣下をお迎えできたことを喜ばしく思っております。わが国に滞在なさっている間に楽しいことにたくさん出会えることでしょう。
 閣下をお迎えできたことを心から喜んでおります。アメリカの独立記念日に当る日に歓迎できたことは何よりもうれしく思います。また独立記念日に対して祝辞を申し述べます。
 英文による歓迎の辞が読み上げられた。それがすむと、今度はグラント将軍のあいさつがあった。

 天皇陛下、本日はすばらしい歓迎を受けましたことを大変有り難く思います。また日本に来てから、貴国政府ならびに国民より受けましたご親切に対して、深甚な感謝をささげます。
 私はそこにわが国に対する真の友情の証をみとめました。きっとわが国は友情に報いることでしょう。わが国民は、政党に関係なく、日本に関係ある事柄に深い関心を抱いておりますし、貴国の幸福を心から祈っております。このような気持をお伝えできることをうれしく思います。
 アメリカは日本の隣人でありますし、日本が将来に向けて努力邁進する時、いつでも好意と援助を惜しみません。厚いもてなしぶりに大して、幾重にも陛下にお礼を申し上げ、長い幸福な時代が末長く続きますよう、また貴国民の繁栄と独立とをお祈りいたします。

 草稿なしで行われたあいさつが終わると、石橋氏はそれを陛下に通訳した。そのとき皇后は合図を送り、二言三言、何か言った。石橋氏は、グラント夫人のそばに行くと、皇后からのごあいさつを通訳するよう、命じられたと言った。それは次のような内容のものである。

 長途の旅のあと、無事に到着なさったことをお喜び申し上げます。これまでおもしろい場所を随分たくさんご覧になったことと思います。わが国の習慣と外国の習慣とは大分違いますから、不愉快なことがたくさんあるのではないかと、心配いたしております。日本での滞在期間をお延ばしになり、今の暑い陽気がご不便をかけないことを祈っております。

 グラント夫人は、ちょっと一息ついてから、元気よく、しみじみと、低い、くだけた調子で、次のように言った。

 どうもありがとうございます。多くの国を訪れ、美しい場所をたくさん見てまいりましたが、日本のように美しく、かつ魅力に富んでいる国は一つもありませんでした。・・・・・

 東京でのグラント将軍の宿舎は、延遼館であり、停車場から馬車で行けば数分の所にあった。・・・・もし宮殿のイメージがヨーロッパ的であったり、アメリカ的であったとすれば、延遼館にはがっかりさせられる。
 どういうわけか、宮殿といえば、豪奢、華麗、たくさんの色彩と飾りつけ、室内装飾と大理石などを思い出してしまう。が、延遼館にはこの種のものは何一つない。
 庭園は広く、庭造りの出来栄えと美しさは特筆に値する。造園術にかけては、日本は世界をしのいでいるし、延遼館の庭園以上にすばらしい実例をこれまでに見たことはない。

 伊達氏や吉田氏以外の日本の高官も延遼館で起臥を共にし、われわれと家族同様に暮らした。彼らは天皇の代理であり、グラント将軍につくし、できるだけ彼の滞在を快適なものにしようとした。日本の友人の親切ほど、思いやりに満ちて慇懃なものはなかったであろう。・・・・

 そんなわけで、概して言えば、延遼館で過ごした日々ほど穏やかなものはなかった。われわれは本を読んだり、手紙を書いたり、庭園を散歩したり、夜遅くまでベランダに腰をおろし、国や東洋のことや日本旅行のことなどを話した。われわれはますます日本が好きになって来た。この国のことや政策や統治者のねらいや行政や外交などについて学ぶ機会がいくらでもあった。
引用終わり
posted by 小楠 at 07:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 書棚の中の人物
この記事へのコメント
時節柄、つい最近日本を訪れた外国の要人の演説と比較してしまいますが、天皇陛下も皇后陛下も、全く威張ったご様子がなく、思いやりに溢れたご挨拶で、日本人として誇らしい気持ちになりますね。
Posted by milesta at 2007年04月16日 14:50
milesta 様
仰る通りですね、例のお方は国を代表して下品さを暴露して行きました。
まともな付き合いができる国ではありません。
今の媚中議員や企業、中国の故事の勉強も必要でしょう。
「人は利を見て害を見ず、魚は餌を見て針を見ず」です。
Posted by 小楠 at 2007年04月16日 17:52
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