2007年04月07日

支那の話その2

世界の謎、支那の見方

 昭和十三年八月から、支那事変の経緯と支那各地の産業、観光地等の知識を解説した内容を、現地将兵に頒布するため「支那事変 戦跡の栞」という本が、上中下三巻で発行されている幅広の手帳サイズの本です。
今回はその上巻の最後の方にある中野江漢の「支那の話」という部分から、支那について、昭和十三年(1938年)当時の人々の支那に対する見方が書かれているところを引用してみます。現在にも参考になるのではないでしょうか。
(字が小さく古い本なので、漢字の読取が間違うかも知れませんが、大抵は地名などの固有名詞の場合が多いので、ご容赦下さい)

速報
何だか中国で新しい人種が発見されたようです。その名は血奴

引用開始
 先年ワイントン会議の時に、フランスの代表ブリアン氏は「支那とは何ぞや?」という突飛な質問を発した。当時「今頃、支那とは何ぞやもあるまい」と、世界的冷笑の的となったが、さてこれに対して明確なる解答をなし得た者は一人もなかった。
 さすがに雄弁を以て誇る支那代表すらも、一言も答えることができなかった。それは他国の代表は勿論のこと、支那人自身が「支那を識らぬ」からであった。

 そればかりでない。この質問は、次にジュネーヴで開かれた国際連盟会議に於ても亦繰返されて、世界各国の支那に対する認識の不足が暴露された。この「謎」を解かんがために、世界の人々は、いろいろな方法を以て、支那研究に没頭して居るが、研究すればするほど,解らなくなるのが支那であるといわれている。・・・・・
 然らば「どうすれば解るのか」「如何にせば謎がとけるのか?」というに、それはわけもないことである。一言に尽せば「支那を正しく観ればよい」のである。正しく観るということは、いろいろな方法があるが、要するに次の二項を心得ておけばよい。

一、支那を計るには、「支那の尺度」を以てすればよい。[全然異っている他国の尺度を以て、支那に当嵌てみても、寸法が合わぬ。どうしても正しい答えが出て来ないのである。」

二、支那を観るには「支那式の眼鏡」を以てすればよい。[天体を覗くには望遠鏡を以てし、黴菌を見るには顕微鏡を以てしなければならぬ。これを反対に用いては皆目わからぬ。如何に精巧なる写真機でも、そのピントが合わねば撮れるものではない。」

 今まで支那を見る人々は、この支那の尺度と眼鏡とを用いずして、その国々の異なった考えを以て其の儘に、支那人の上に移し、長いとか、短いとか、赤いとか、白いとかいって、あせっていたのである。それは恰も、暗闇の中で、目茶苦茶に物を探っているようなものである。如何に梟のような目を見張っても、決して解るものではない。・・・・・
 「支那の尺度を以て計り、支那の眼鏡を以て観る」ということは、別段難しいことではない。「支那の国情」と「支那人の特性」[国民性]を識ればそれでよいのである。極めて簡単である。なにも面倒臭く考えなくともよいことだ。・・・・

【支那はどこにあるか】
 斯くいえば「そんなことは誰でも知っている」と、いう人があるかも知れぬが、それがよく解って居らぬのだ。前に述べた、ワシントン会議に於てブリアン氏が発した「支那とは何ぞや」という質問は、同会議に於ける「支那の領土、主権を尊重する」という決議に対する疑問である。これを詳しくいえば、質問の要旨は

一、支那という国は何処に在るか。[領域が不明である。]

二、支那の主権はどこにあるか。[国家として認められるか。]
というのである。斯く内容を詮索してみると、あの質問は、別段突飛でもなければ、非常識でもなくなる。なぜかというにフランスのように「国境がはっきりとして、その防備を厳にし、領土内には、唯だ一つの主権以外には、他に何等権力の存在を許さぬ国」から観れば、「主権も領域も不明な支那」を、どう解釈してよいのか、見当がつかなかったのである。

 現代の法律観念を以てしては、解すべからざる支那のような国が、統一組織ある文明諸国の中に介在するとしたら、ブ氏ならずとも,何人でも斯ような疑いを抱かざるを得ないのである。

【支那人の天下観念】
・・・この民族[漢民族]は、自分の有する文明を誇り、何れの民族よりも優秀である。この文明は、他の総ての民族を融合同化せしめ得るものと自負して居た。そこで、支那は「王化の発源地」であり、「世界の中心」であるとなし、自ら「中国」「中夏」「中華」と称した。
 そうしてこの漢民族の考えでは、これより以内が自国の領土で、これから外部が外国であるというような区別はなく、天の覆う所、地の載する所世界は一人の「天子」が支配するものとしこれを「天下」と称した

 「天下」とは、元来「世界的帝国」の観念で、徳化を以て人類を善治せんとするものであるから、王化に服する人を要素とし、王化の及ぶ範囲をいうのである。この考えを以てすれば、「広さ」などは意に介するところでなかった。支那人に「国境」の観念がボンヤリして居るのはこれがためである。
 斯くて、支那の王化に潤わない周囲の土地を、「夷狄の国」と呼んだ。その地に居る異民族を「化外の民」「蒙昧の蛮夷」「夷狄戎蛮」と呼び野蛮人扱いにして来た。斯うした「自誇他侮」の思想を「中華思想」とか「天下思想」という。
引用終わり
posted by 小楠 at 07:19| Comment(4) | TrackBack(0) | 書棚の中の中国
この記事へのコメント
「天下思想」はちょっとキリスト教にも似ている気がしますね。
Posted by milesta at 2007年04月07日 19:31
milesta 様
宣教師を先頭に立てて、キリスト教以外は未開国として侵略して行ったのを考えてしまいました。
Posted by 小楠 at 2007年04月07日 20:23
>要するに次の二項を心得ておけばよい。
・更に加えるに:
第三項、支那人と同じ飯を食えば解る・・・ですね。支那人と同じ目線で世界が見えてきます。
『犬を見たかったら犬の目線で見ろ』の俚諺をもじってみました(笑)。こうすると支那人の不遜さ・傲然さ・ビヘイヴィアーが見えてくるから面白いです。
あの傲慢さゆえに支那人は世界発展から取り残されてしまいました。
中野江漢さんは支那人と一緒に飯を食ったうちの一人でしょうかね。
Posted by k at 2007年04月19日 18:59
ケイ様
犬の目線ですか、ケイ様お得意のなら豚の目線じゃないですか?
相手の性質をよく弁えた扱いをするのは大切な常識ですよね。
Posted by 小楠 at 2007年04月19日 21:29
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