1889年(明治二十二年)四月に来日した駐日英国全権公使ヒュー・フレイザー夫人、メアリー・クロフォード・フレイザーの著「英国公使夫人の見た明治日本」という本から、特に今日がひな祭りの日なので、目次の順を無視して、静養先の熱海の旅館での場面とひな祭りに招待された時の記述を少し掲載してみます。
写真は著者メアリーと雛祭りでの華族の少女


引用開始
私がある華族の名家の少女を訪問していた時のことです。それは彼女の母親が主催する招待日で、きれいな茶会テーブルの上の茶碗のかたわらに、雛祭りにだけ用いられる濃い白酒の小さな瓶がいくつか並んでおりました。
私がその部屋に入って二、三分にもならないころ、彼女が言いました。「人形をご覧になられますでしょうか? 別の部屋においで下さる労をおかけしますことをどうかお許しください」。そしてこの日のヒロインである五歳の小さな女の子は、私の前に立って案内するのでした。
彼女は瑠璃色の縮緬を着ていましたが、その裾は淡い青に、肩は濃い紫をおび、かわいらしい模様の刺繍が金糸でほどこされ、高貴な緋と金の帯がしめられていました。頭上につややかに結いあげられた髪は、宝石をちりばめたピンで止められ、そしてまるいふたつの頬には紅がやや目立って掃かれていました。
完璧に落ち着きはらって彼女は私の手を取り、奥の間へ導いてくれました。
そこですばらしい光景に目を奪われたのです。深紅の綾で覆われた階段状の棚に幾百もの人形が並べられ、もっとも熱心な人形愛好家のみが夢想しうるような家具や調度も揃っていました。
いずれの組も、天皇と皇后は廷臣全員にかこまれて玉座に坐っているのです。将軍も大臣も楽師、舞い手たちも皆、はるか昔の衣裳です。腰掛けや床机、絵の描かれた屏風、金蒔絵の什器、そして楽器や武具、すべてが、西洋のもっともすばらしい骨董品をも凌ぐ、あくなき出費と凝りに凝った仕上げでつくられているのです。
このようなみごとな骨董品にまじって今出来のフランスやイギリスの人形が置いてあるのは、妙な気がします。でもこの小さなレディーはコスモポリタンな趣味の持ち主で、ネジをまかれると歩いたり歌ったりする生き物をとくにめでるのでした。これらのお雛様たちすべてを讃嘆し、それらをみごとに並べたことについて、彼女にお祝いの言葉を言った後、私は彼女に、この厖大な数の人形のなかでどれがお気に入りかしら、とたずねてみました。
まことの日本人の血を受けつぐ彼女は、ただちに、この前のクリスマスに私からもらった湯舟に浮かぶ陶器の赤ん坊を指さしました。それから一瞬ためらった後、フランス公使夫人から届けられた豪華なパリ娘の人形を指したのでした。・・・・・・・
日本の女の子! 彼女はあまりに多くの魅力的な矛盾をもつ生き物です。暖かい心と敏捷な頭脳、それでいて恐ろしくせまい経験。第二の天性となった従順さと控え目。それでいて彼女のもともとの天性が再び優位に立ち、勇気が慣習より強すぎる時の、彼女の勇敢な反抗・・・・・
私が読んだ日本についての書物はつねに、庶民の、かわいい茶店の少女ムスメーや、芸術家にして踊り子、かの機知に富む日本の聡明な高級娼婦ゲイシャについて、じつに多くのことを語っていました。でも思うに、ミュージック・ホールの歌手がヨーロッパの慈善修道女を代表しえないように、こういったムスメーやゲイシャは普通の日本女性を代表してはいないでしょう。このような女性たちが西洋の同等の階層よりもはるかに不快でないのは、疑いもなく、日本の女性の生来の洗練によるのです。・・・・
思うにこの国では、幼い時期に送る単純で伸びやかな暮しが、いわば人生を始めるための幸福な基礎を彼女たちにあたえるようです。叱られることも、罰せられることも、子供部屋で屈辱を受けることもありませんし、生半可な教育しか受けていない我がままな子守女と退屈な子供部屋にくる日もくる日も閉じ込めておかれる、というようなこともありません。この国では子供たちはいつも大事にされるのです。好きな時に行ったり来たりしますし、父や母や親戚や使用人たちに、“甘やかされ”ます――もし愛情を“甘やかし”と言うのでしたら。
まことの女性らしさという点で――それを私は分別と優しさとの、そして勇気と謙譲との高度な結合という意味で使うのですが――日本の女性は世界のどの女性とも並びますし、たいていのばあい、さらにすぐれているのです。
1889年8月1日・熱海
夕方近く、私たちが旅の疲れから回復したはずのころを見計らって、樋口夫妻(宿の主人)が、私たちの熱海到来を威儀を正して歓迎する意をあらわそうとやってきました。娘のオデツ(オテツ)もついてきました。彼女が私に話すには、横浜のアメリカン・スクールで教育を受けたとのこと。
たしかに彼女は英語が少し話せましたので、両親のために通訳するのに大いに役立ちました。・・・・・
オデツは、私がアメリカ料理が好きであると聞いて、たいへん嬉しそうでした。そして、その後三週間の逗留のあいだ、私たちに適切な食事をあたえようと、その才覚のかぎりを尽してくれました。もっともメニューの方は、時々、思わず首をかしげる言葉が並んでいました。たとえば、つぎのような品々では、ほとんど不安にかられてしまいます。
Currots Soup :キュロット(ズホン)・スープ
Fish fineherbs :魚の香草風味
Beef Tea Pudding :滋養強壮肉汁プディング
Boiled Sponge :スポンジ煮込み
Eclairs ala Oujam :ウヤムヤ・エクレア
Fish Squeak :魚チューチュー
Dam Pudding :貯水池プディング
もちろんこれらは、ひどいヨーロッパ語が使われていることをわかってもらおうと、少し書き足しただけです。
引用終わり。
「民利器多くして、国家ますます昏し」
これは老子の言葉ですが、文明が進んで、世の中に便利な物が多くなってくるにつれ、国家、国民の心ははどんどん荒んでいくと言う意味でしょうが、今の日本は文明に反比例して、精神文化が廃れてしまっているように思えます。
毎度、勉強になります。女性史は私も好きで幕末〜大正の女性史を読んだりしてみたことあります。
歴史の変わり目に生きた女性は社会や環境の変化に応じて対応していく姿は素敵です。しかし、クローズアップされるのは、高貴な出の女性達や政治的テロリストを支えてきた女性ばかりです。
私は昔、山崎朋子さんの「サンダカン8番娼館」を読みました。
大正時代の天草地方から南方に出稼ぎに行った底辺女性の本です。
これを読んで、日本を支えてきたのは、名高い女性ばかりではなく底辺女性の力もあったことを痛感し、今、私が普通に生活できていることを幸せに思わなければならないと思いました。
小楠さんは、お読みになられましたか??ご存知ならば、感想・見解をお願いいたします。
>>山崎朋子さんの「サンダカン8番娼館」
これは書名を知っているだけで、まだ読んでいないのです。
時間があればまた読んでみようと思います。
>>日本を支えてきたのは、名高い女性ばかりではなく底辺女性の力もあったことを痛感
確かに仰る通りと思います。それぞれが自分のできることで役に立つならという気もあったでしょう。
当時はあらゆる階層の人々も、今の無関心ないい加減な人たちとは雲泥の差があるのでしょうね。
私のとこでもコメントありがとうです!以前から小楠さんに天草の底辺女性(からゆきさん)について見解してほしいなァとは思ってたの。
映画化にもなってるんですが、こちらは見ていません。
是非是非、見解お願いします。
私ではうまく表現できなくて・・・
これは当時大ベストセラーでしたね、
早速注文は済ませましたので、届き次第読んでみます。
見解などと言えるようなものがお知らせできるかどうか分りませんが、素直な感想程度でご容赦願えればと思います。
今この本を注文していますが、きたら次は私が泣く番ですねー。
>>私学・私塾を有志みんなで造ればいい。
私もこれを考えてしまうことがあります。
公立のデタラメ教師を全部クビにして、私学の助成金に回して公立並みの学費に抑えて、全てを特徴ある私学にする。
人事権は勿論経営者側、これいいですね。
小楠さんはもう読まれましたか??
私のところで簡単に感想を書きました。
よかったら遊びに来て下さい。
小楠さんみたいにうまく見解とかできませんが・・・お恥ずかしいですが、よかったらどうぞ。
はい、ただ今読んでいますよ、あと残り
五分の一くらいです。
明日には読了予定です。
おサキさんの人格に触れているあたりですが、なかなか見方が鋭いですね。