2007年01月15日

朝日新聞の文革報道

先ずは文化大革命を道徳国家への道と評価

 私が学生の頃、朝日の紙面には紅衛兵の大きな写真が掲載され、絶賛のタイトルが躍っていたことを覚えています。あれは何だったのでしょうか。
文化大破壊を絶賛した朝日新聞の判断基準がいかにでたらめかがよくわかります。国民のレベルの方がずっと高いでしょう。社説などはもう止めなさい。
片岡正巳著「朝日新聞の戦後責任」より、そのころの部分を見てみます。
写真は当時の紅衛兵
紅衛兵.jpg
朝日が礼賛した文革の動画はこちらから。

引用開始
 1966年(昭和四十一年)に始まり、十年余も吹き荒れた中国の「文化大革命」が、如何に非人道的であり、非文化的どころか文化遺産まで破壊するすさまじい暴挙であったか、評価は定まっている。
 昭和四十一年五月二日付の社説は
「・・・・そこには、いわば“道徳国家”ともいうべきものを目指すとともに、中ソ論争の課題に答えようとする“世紀に挑む実験”といった意欲も感じられなくはないのである。今回の動きは、こうした観点からもとらえられねばならない」

 早くも朝日は“道徳国家”を目指す運動だと肯定的に受け止めたのである。当時、論説主幹は森恭三氏であった。氏はこの年に中国を訪問し、帰国して報告会を行い、その報告要旨が「文化フォーラム・ニューズ」の同年四月号に載った。・・・その中でこう述べている。

「中国は長年、四書五経を生活の規範としてきました。この四書五経を現在、毛沢東主義におきかえ、精神主義で人民を引張っていこうとしている。そればかりでなく、人間を改造とようと試みている。ここにソ連とは違った中国的な発想法と人間観がある。そして若干の抵抗はあるにせよ、現在のところ相当成功していると私は観察したのです。一般論としても、共産主義者が非共産主義者とちがった倫理観、道徳観をもっていることは、いうまでもありません。・・・・私は中国を『一種の』道徳国家として客観的に評価している

・・・・それにしても「客観的評価」というものはあり得ない。評価は主観的である。
 昭和四十二年四月二十日付の<人民解放軍を見る>という栗田特派員の一文。
「たっぷり七時間半の“半日入隊”―― 解放軍の兵士たちと昼食を共にし、迫撃砲の実弾射撃を見たのは、日本人記者としては恐らくはじめての経験であろう。『毛沢東思想で武装された解放軍』の姿を通じて“文化大革命”を理解してもらいたいというのが、中国側のねらいだったようだ」・・・

 そして、毛主席の著作と語録を徹底的に学習する模様を描き、さらに農作業も任務の一つで、
 「この師団では、アルカリ分が強い周辺の土地を改良し、水田や畑にかえた。その結果、主食の八割は自給でき、野菜も肉も基本的には自足の体制ができている。この日の食事の材料も師団でつくったもの」だという昼食にあずかり、「労働を通じて自己改造され、修正主義の発生を妨げる、ということだった」と称賛する。・・・・
そして「林彪国防相の『人民戦争の勝利万歳』の論文そのままの解放軍の姿だった」と結んだ。

※文革が潰えると途端に掌を返す恥知らず
<「文革」時の内戦状態明るみに/軍部で八万人被害>。昭和五十五年十一月十七日付朝日の記事である。

「中国外務省は十六日、中国最高人民検察院・特別検察庁がこのほど最高人民法院・特別法廷に反革命罪で起訴した林彪中国共産党元党副主席、江青毛沢東夫人(元党政治局員)らのいわゆる『林彪・四人組反革命集団』に対する起訴内容の一部を前日に続いて公表した」と、その内容を記した。そこには、文革による死亡者、迫害を受けた犠牲者数も挙げられている。

 そして<「文革への幻想」を否定>と題する解説記事を載せた。

文化大革命当時の武力闘争のすさまじさは、『内戦状態』だったといわれてきたが、起訴状でこの武闘、及び、権力掌握側の一方的な弾圧による死傷者の数が具体的にあげられているのは注目される。
 康生元党副主席、謝富冶元公安相が首謀者だという内モンゴル人民党事件では、三十四万六千人が迫害を受け、一万六千人を超える死者が出たと指摘されているが、これなどは、まさしく内戦そのものといえる。
 解放軍内部でも八万人が文革派から迫害を受け、千人を超える死亡者が出ているが、軍内部の闘争が広がっておれば、被害はさらに増え、『完全内戦』になる危険性があったと言えるだろう」・・・・

 だが、文革の武闘のすさまじさは内戦状態だったと「いわれてきた」という解説には、たまげる。
 言われてきた、すなわち朝日は知っていたのである。にもかかわらず、それをおくびにも出さず、時の権力べったりの媚を売る姿勢と報道に終始した。その朝日は上の解説を次のように結んだ。

「それにしても、公表された起訴状をみていると、改めて『文化大革命とは何であったのか』と考えさせられる。最近、中国の新聞も『文化大革命』との名称をできるだけ避け、『十年の動乱』としているが、起訴状はまさしく、文革が『赤裸々な権力闘争そのものであった』ことを証明している。『社会主義革命の中に起きた新たな革命』、『世界史に新たな意義をきざむ革命』などと、当時文革を賞賛する声もあったが、今回の起訴状はこうした『文革への幻想』を完全に否定したものといえよう」

 恥を知らぬ者は幸いである。既述のように、文革を「“道徳国家”ともいうべきものを目指す」ものだと社説で評価し、時の論説主幹、森恭三氏は“道徳国家への道”を揚言してやまなかった。・・・
 それがどうだ。権力がドンデン返しになって、文革派が厳しく指弾されるとなると、それに追随して掌を返す。しかも、「『世界史に新たな意義をきざむ革命』などと、当時文革を賞賛する声もあったが」と、他人事のように平然と言ってのける。・・・・
 さらに、十一月二十一日付の社説は次のように言い放ったのであった。

「中国に与えた文革の傷は、あまりにも深い。数百万の失職者が路頭に迷い、下放青年による北京駅爆破事件のような悲劇を引き起こしている。中国の近代化のためには、中国社会の安定が必要であり、国内を四分五裂させた文革のような事態が二度とおこってはならない。
引用終わり


 この新聞はいったいどうなっているのでしょうか。朝日はこんな報道を平気でやる人間集団だということがよく分かります。
 そんな輩が四書五経や道徳などとよく言ったものです。
 道徳が解っているなら、これほど前言を翻すような記事は書けないはずでしょう。
 
posted by 小楠 at 07:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 反日マスコミ
この記事へのコメント
道徳教育の大切さを我が朝死新聞社発行の新聞ガミから学んで呉れ玉恵と公言しているのかも知れませんね。パラドクス。”三百代言”を気取っているんでしょうか。粋な新聞ガミ屋です。
それにしてもあの文革は世紀の大喜劇でした。朝死の売文屋はそれを知りながらその喜劇の役者を買って出た。費やした金は日本人を騙して新聞ガミをたくさん買っていただいた。帳尻は合ったが信誉が無くなった。潰れるのは時間の問題ですね。言い気味としか言う(笑)。失礼しました。
Posted by ケイさん語録 at 2007年01月15日 16:44
ケイ様
>>潰れるのは時間の問題ですね。

今となっては、このように考えている人がどれくらい増えたでしょうね。かく言う私も熱望しています。
手っ取り早いのは、独禁法に抵触するとかで宅配を無くせばいいのですが。
そうしたら、こんな新聞誰が買うでしょうか。
Posted by 小楠 at 2007年01月15日 21:59
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