2007年01月04日

百人斬りも大嘘

中国側の「上訴申弁書」

当時の朝日新聞の報道も見て下さい。

 多くの方がご存知の「百人斬り事件」についても、鈴木明著「新『南京大虐殺のまぼろし』」から引用してみます。
画像は陥落後の南京での治療活動 kanraku.jpg

引用開始
 ティンパーレーが書いた『戦争とは何か』の最後の部分には「南京での殺人競争」という項目があった。東京にいたアメリカ側検事官が、このことを見逃すはずはない。・・・
 この記事に関連した東京日日新聞の記者は、検事側事務官に呼ばれて事情聴取を受けたが、日本人記者は、「これは当時の“戦争において読者の戦意高揚をはかるため”に書いた記事で、私は当人から話はきいたが、その現場を見たわけではないし、すべて伝聞である」と答えた。・・・
 その上、「南京地方法院首席検察官」の陳光虞から送られてきた供述書にも、「百人斬り」の話は出ていなかった。

 どちらにしても、アメリカ当局はこの「百人斬り」については、「東京裁判」の本裁判では無論のこと、個人の犯罪を裁く「戦時法規を無視したC級裁判」としても、このことを立証し、有罪に持ち込むことは不可能であると判断し、起訴はしないことにした。
 これから数ヶ月経って、向井、野田両名に対して、中国側から「容疑者引渡し」の要求がきたのである。・・・・

 ただ、僕は「前作」の中で、奇蹟とも思える中国側の資料を、向井、野田両名の遺品の一つとして紹介した。・・・・これは内容からいっても文章からいっても、明らかに、弁護人崔培均が書いたものであり、「陳某」が日本語に翻訳したものである。・・・・
 以下は「上訴申弁書」本文を「現代日本語」に訳したものであり、カッコ内は鈴木の註である。

 「被告向井敏明と野田毅は、民国三十六年十二月十八日に、国防部審判軍事法廷で、死刑を即決されました。しかし、この判決に不服がございますので、左の通り上訴申弁書を提出致しますので、再審をお願い申し上げます。

一、この判決は、被告たちの「百人斬り戦争」は、当時南京に住んでいたティンパーレー(原著名は田伯烈。そして、既にご存知のように、ティンパーレーは南京にはいなかった)の著『日本軍暴行記実』に鮮明に記載してあるので、これが間違いのない証拠である、と書かれておりますが、『日本軍暴行記実』に記載されている「百人斬り競争」に関する部分は、日本の新聞を根拠にしたものであります。この本は、この法廷にもありますので、改めて参照することは簡単であります。
 ところが、原判決で“鮮明に記載してある”というのは、どのような根拠によるものでしょうか、判断が出来ません(向井、野田両名を指して「この男が犯人だ」という証人が現れなかったことを示唆している)。

二、原判決では「東京日日新聞」と『日本軍暴行記実』には同じことが書かれてある、と認定しています。しかし、この本の発行期日は、「東京日日新聞」に記事が掲載された後であり、ティンパーレーの方が、新聞記事を転載したことは明らかであります。さらに、新聞記者浅海一男から、中華民国三十六年十二月十日に送付された証明書の第一項には、「この記事は、記者が実際に現場を目撃したものではない」と明言しております。即ち、この記事は被告等が無錫で記者と雑談を交したとき、食後の冗談でいったもので、全く事実を述べたものではありません。東京で、浅海一男及び被告の向井に対する『盟軍』(アメリカ軍)の調査でも、この記事は不問に付されたものであります。被告等が所属した隊は、民国二十六年(1937年)十二月十二日、麒麟門(南京城の門名ではなく、南京城門外、東部にある地名を指す)東部で行動を止め、南京には入城しなかったことは、富山大隊長の証明書で明らかであります。これは、被告野田が、紫金山付近では行動していないことを証明するものでもあります。
 また被告向井は、十二月二日、丹陽郊外で負傷し、その後の作戦には参加していませんでした。従ってこれも紫金山付近で行動していないことは
、また富山大隊長の証言でも明らかになっています。
 さらに申し上げれば、この新聞記事の中の“百人斬り”なるものは、戦闘行為を形容したものでありまして、住民、捕虜などに対する行為を指しているものではありません。・・・・
 貴法廷の判決書には、多数の白骨が埋葬地点から掘り出されたことが証拠である、と書かれています。しかし被告たちが行ったことのない場所で、たとえ幾千の白骨が現出したとしても、これを被告等の行為であると断定する証拠にはなりません。

三、被告等は、断じて俘虜、住民を殺害したことはなく、また、断じて南京大虐殺に関係ないことを、全世界に向かって公言しております。被告等が無罪であることは、当時の上官、同僚、部下、記者などがよく知っているだけではなく、・・・・
 以上申し上げました通り、原判決は被告等にとってふさわしくないので、何とぞ、公平なる再審を賜ることを、伏してお願いするものであります」

 この上申書を読んでわかることは、この法廷には向井、野田両名が実際に中国人を斬っている場面を証言した人間は、軍人、一般人を問わず、誰一人いなかったことを物語っている。・・・・
 とにかく崔弁護士は誠意を以ってこれを書き、「陳某」は熱心にこれを日本語に訳し、向井、野田に訳文を手渡した。ここまでが「事実」で、あとはこの訳文を「どう読むか」という、個人個人の感情の問題である。
 裁判長石美瑜は、私的にも公的にもこれに対して何の返事もしなかった。そして、一ヶ月と八日後、つまり昭和二十三年一月二十八日に、三人(田中軍吉を含む)を雨花台で銃殺にしたのである。
引用終わり
posted by 小楠 at 10:02| Comment(8) | TrackBack(1) | 書棚の中の中国
この記事へのコメント
無実の罪に問い、「自分の死が日中友好のためになれば」と異国の地で処刑された両氏の思いを踏みにじる中国と日本の左翼、マスコミに怒りを覚えます。
Posted by サウザンドキル at 2007年01月04日 17:32
サウザンドキル様
日本でも未だにこれを信じている輩がいるようです。
論破されていくと、しまいにはすえもの斬りだったなんて言い訳をしてまで、二人を貶めたいらしいですが、まったく日本人とは思えないような者たちです。
Posted by 小楠 at 2007年01月04日 20:01
昨日の書き込みがきちんと出来ていなかったのかな?
新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。
この件、お二方の名誉回復の手立ては無いものでしょうか。中共とそれに手を貸す日本人や在日に無性に腹が立ちます。
Posted by おばりん at 2007年01月05日 21:33
おばりん様
おめでとうございます。
お二人の名誉回復どころか、アメリカでは、南京のプロパガンダ映画が今月にも上映されるということです。
日本政府は一体何をしているのか腹が立ちます。幸いチャンネル桜の水島氏が今年にも真実の南京映画を作ると言われていますので、これには全面協力したいと思っております。
Posted by 小楠 at 2007年01月06日 08:14
左翼の卑怯な点として、論破されると論点のすり替えを行うところがありますね。南京事件では軍による計画的があったかどうかが焦点であるというのに、一部将校が行ったはずだとか。
そもそも彼らが根拠とする写真に写っている軍人が何故日本人と断定できるのか。日本の軍服を着た中国兵である可能性は?何故処刑されるのか、便衣兵、匪賊の可能性は?
これらの可能性を考慮せず“何故”断定できるのか。ぜひとも語っていただきたいですね
Posted by サウザンドキル at 2007年01月06日 18:49
サウザンドキル様
>>論点のすり替えを行う

そうですね、しつこくすり替えして、挙句の果てには、自分の著述の改変も平気でやりますね。
間違いを絶対に認めないのも特徴かな。
Posted by 小楠 at 2007年01月06日 21:00
こんばんは。映画の件は「硫黄島」の制作発表前から噂になっていたのが、実際に公開になるのですね。AOLは日本では商売にならないようにせねば。水島社長の談話は昨日知りました。頼もしく思います。「桜」は解約してしまったんですが、微力でも協力したいですね。アメリカ人もお人好しが多そうですから、中国人の狡さには騙されてしまうのでしょう。
Posted by おばりん at 2007年01月07日 00:31
おばりん様
日本の政府は未だに情報戦の重要性を甘く見ているのか、危機感が薄弱なのか、こんな嘘も世界に蔓延して、しまいには事実であったかのように認識されてしまうことに、どう対処するのでしょうか。

Posted by 小楠 at 2007年01月07日 11:07
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