2006年12月30日

レーリンクの東京裁判5

連合国の忌むべき戦争法規違反

「レーリンク判事の東京裁判」、この本は、東京裁判で判事を務めたオランダの国際法学者レーリンクを、イタリアの国際法学者のカッセーゼが1977年にインタビューした記録です。
ここでの引用文中、Cはカッセーゼ、Rはレーリンクの発言となっています。
写真は日本人弁護団
bengo.jpg

引用開始
C:東京裁判が非常に多くの批判を浴びたことはもちろんご存知でしょう。・・・
R:東京に滞在している間、私はウィロビー将軍とテニスをしました。彼はG2のトップでマッカーサーの献身的な崇拝者でした。オランダに帰国する直前、お別れを言うために彼を訪ねた時のことを覚えています。彼は私におごそかにいいました。「この裁判は史上最悪の偽善です」。彼は私に、こういう種類の裁判が開かれたことで、自分は息子に軍に入隊することを禁じるだろうともいいました。私は、彼にその理由を尋ねました。彼は、日本が置かれたような状況下では、日本が戦ったようにアメリカも戦うだろうと述べました。
 そしてまさに近年このことが証明されたのです。アラブ諸国が石油の供給をストップすると威嚇したとき、アメリカは彼らを武力で威嚇しました。アメリカの国防長官シュレジンガーは1974年1月の演説の中で、石油供給の保安は<軍事的>な義務であり、武力がそれを保護するために用いられるかもしれないと述べました。石油輸出禁止の時期の日本の石油状況を思えば、日本には二つの選択しかありませんでした。戦争をせずに、石油備蓄が底をつくのを黙認し、他国の情にすがるだけの身分に甘んじているか、あるいは戦うかです。それがウィロビーの理由でした。そんなふうに生存のための利権が脅かされれば、どんな国でも戦うだろうと彼はいいました。

C:東京裁判のどこが違っていれば、適切かつ公正な裁判になったのでしょうか? まず、法廷には中立国の人々が含まれるべきであったと思いますか?
R:はい、法廷には中立国ばかりではなく日本人も含まれるべきであったと思います。彼らはつねに少数派で、そのため問題を決定することができなかったでしょう。しかしとくに判事間の討議において、いろいろなことが噂されたりバイアスのかかった見解が出されたりしましたが、日本人判事がいれば他を納得させるようにそれらを批判できたはずです。たとえば日本の政府は、欧米の民主的ないし権威的システムとは非常に異なっていました。それは宮廷政治のシステムでした。この点について、日本人判事が出席すれば多くの誤りを避けることができたはずです。

C:裁判は「勝者の裁き」だったのですか?
R:もちろんわれわれは日本で、東京や横浜や他の大都市への爆撃や焦土化の全貌を知りました。われわれは戦争法規を守るためにそこへ赴きましたが、われわれが毎日目にしたものは、連合軍がいかに忌むべきやり方で戦争法規に違反したかということでした。それは身の毛のよだつような恐ろしいことでした。しかし、敗者と勝者がともに裁きを受けるような裁判にすべきだと主張しても、そんなことは不可能です。
 東京裁判が勝者の裁きにすぎないという点に関しては、東條は正しかったのです。ニュルンベルク裁判の被告のひとりはこのように述べています。「もしわれわれが戦争に勝っていたら、別の裁判が、別の場所で、別の犯罪に対して開廷されただろう」。これは全く真実です。

※ニュルンベルクと東京裁判の法的貢献
C:ニュルンベルク・東京裁判が国際倫理と国際法に貢献したもっとも重要な点とは何であったのか、簡潔に述べていただけますか?
R:まず、両方とも多くの立場から批判されうる裁判であったことは明白です。ふたつの裁判にはともに否定的な側面がありましたから。ふたつの裁判で、被告は連合軍の犯罪に関する証拠を提出することを妨げられました。ソ連の判事はふたつの裁判に参加しました。しかし、ソ連こそ、ヒトラーとポーランド分割の協定を結び、ドイツ、日本と不可侵条約を締結し(日本とは中立条約)、そうすることでヨーロッパと日本で戦争の勃発を助長した張本人でした。それを考えると、私は、これがあらゆる重要な歴史的発展の一典型であると、いっそう確信するようになりました。人間のなすことは、多かれ少なかれいつでも混乱しており、肯定的な要素と否定的な要素が入り混じっています。歴史上、誠実かつ高貴な動機のみによって肯定的な進歩が生じることは滅多にありません。
 ふたつの裁判とも、その源に悪意があったことは真実です。それらは政治目的のために誤用され、多かれ少なかれ不公平でした。しかし、それらは戦争の違法化に非常に建設的に貢献し、世界は国際関係における戦争の政治的・法的地位における基本的な変化を強く必要としていることも事実です。・・・・

※原爆投下と終戦について
R:戦争は、二発の原爆の投下がなくても、また現実に起きたように、人間性に対する罪悪感を生ずることがなくても、日本の降伏によって終結しえたのです。
 とりわけアメリカの人々は罪の意識に強くさいなまれました。原爆が使われなければ、勝利するためにさらに数百万のアメリカ人と日本人が犠牲になっただろう、という結論を導くような発言が非常に多くなされましたが、これは彼らが罪の意識を感じていたからです。実際に戦争を終わらせたのは原子爆弾だと人びとに信じさせるために、プロパガンダが大々的に利用されました
引用終わり
posted by 小楠 at 09:00| Comment(4) | TrackBack(0) | 書棚の中の東京裁判
この記事へのコメント
小楠さん、今年は色々とありがとうございました。
来年も、よろしくご指導ください。

本文と関係ないコメントでごめんなさい。

どうか、よいお年をお迎えください。
Posted by おしょう at 2006年12月31日 22:53
おしょう様
あけましておめでとうございます。
旧年中は色々楽しませて頂きありがとうございました。
本年もどうぞよろしくお願いします。
Posted by 小楠 at 2007年01月01日 11:41
小楠様、遅れ馳せながら新年あけましておめでとう御座います。


>しかし、それらは戦争の違法化に非常に建設的に貢献し、世界は国際関係における戦争の政治的・法的地位における基本的な変化を強く必要としていることも事実です。


『東京裁判を問う』というシンポジウムの書籍を読みなおしていました。小楠様もご存知ではないかと思いますが、同シンポでのレーリンク判事の意見はなかなか面白く、平和のための「法創造」の側面を強調していますので東京裁判の否定的な面を見ながら肯定的に見ているように私には感じられました。私自身は国内政治・歴史への大きな禍根やその不公正・不公平・不正義な面、そして東京裁判後の戦争と犯罪の世界情勢からこれを総合的にみてマイナスと判定していますが・・・(そういえば日本政府がICC加盟に積極的に動いているようですが、これはこれで一つの正当な流れなのでしょう)。


靖国問題や憲法、教育基本法問題も含め、「戦後」の端緒を問いなおしていく必要があると思っています。。
Posted by 何某 at 2007年01月02日 23:14
何某様
新年おめでとうございます。本年がさらに良い年となりますよう、体調には充分お気をつけて下さい。

>>これを総合的にみてマイナスと判定

私も全く同感です。この部分はやはり判事として参加した以上は、何らかの意味が欲しかったのではないでしょうか。
Posted by 小楠 at 2007年01月03日 10:07
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