田形竹尾著「日本への遺書」より
田形氏は、陸軍戦闘機隊のパイロットとして、支那事変、大東亜戦争と作戦出撃200回、航空特攻要員の教官、そして特攻待機の訓示を受け特攻命令を待つ時に終戦を向かえた方です。

引用開始
まず、決死隊の死生観について述べてみる。
作戦任務を命ぜられて第一線に出征する軍人は、みんな死を覚悟して出征した。その覚悟「悟り」の土台は――
第一は、愛する親兄弟姉妹妻子を守るため、軍人は死を覚悟して第一線に出征した。
第二は、生まれ育った懐かしい我が家と故郷を守るため、死を覚悟して出征した。
第三は、わが祖国日本の平和を願い、お国のためにと死を覚悟して出征し戦った。
第四は、「死」を覚悟して第一線に出征しているが、「死にたくない」「怖い」という戦場心理が誰にも働く。そして、自分は助かるかも知れないと思う。しかし、怖い、死にたくない、という不安と恐怖心をもちつつも、自分がいつどのように死を迎えるか、誰にもわからない。
第五は、だから軍人は「愛国心」と「使命感」と「誇り」によって、死の恐怖を克服する。そして勇敢に戦い、多くの人が戦死した。
だから「通常作戦」に参加する殆どの軍人の写真には、厳しさと殺気が感じられた。
では「特攻隊」の死生観はどうか。
第一、特攻隊員は、特攻命令を受けて、長い人は半年、短い人は即時出撃、戦死して任務を達成するので、死は確実であり、時間の問題であった。特攻隊員は,自分がどのようにして死ぬかを納得していた。
第二、特攻出撃命令を受け、出撃すると、
1、運よく敵艦に体当り成功して死ぬか
2、運悪く敵戦闘機に撃墜されて死ぬか
3、敵の対空砲火器に撃墜されて死ぬか
このことを特攻隊員は最初から承知しているから、出撃までの時間を大切に生きていた。
これで「助かるかも知れない決死隊」と、「死んで任務を達成する特攻隊」の悟りの次元が全く異なることを理解出来ると思う。
「決死隊」と「特攻隊」の悟りの次元が異なることは、出撃前の写真にはっきりと出ている。「決死隊」の写真は、厳しい殺気を感ずる表情をしている。
「特攻隊」の出撃前の写真には厳しさと殺気がなく、「観音菩薩」の如く聖らかで温かい穏やかな表情をしている。
これが「決死隊」と「特攻隊」の決意と悟りの違いであった。
※「我、突入す」の無電
沖縄の、陸、海,空の激しい攻防戦が開始されて三週間、戦況は一進一退、勝敗の予測は全くつかない。陸海軍航空特攻の闘魂が火の玉となって、沖縄の空と海で爆発した。沖縄防衛の陸海軍部隊も、死闘を展開している。戦う特攻基地・台湾も、殺気よりも厳しい、不気味な、嵐の前の静けさともいうべき空気が全島を覆っている。
このような戦況下に、台北の師団司令部に、連絡のため出頭した。
要件を終わって、師団無線室を訪ねた。師団参謀や高級将校が、緊張した重苦しい表情で、何かを期待するかの如く、待機していた。
「何か変わったことでもありますか?」と、通信班の中尉に尋ねた。
「誠三十九飛行隊の六機が、間もなく沖縄に突入する・・・」
「そうですか」
私は、言葉にならない言葉を発した。間もなく消えて行く六名の特攻隊の成功を、神仏に祈った。そして急いでその名簿を調べた。・・・・・
この六名の中に、屏東と北港で半年間、同じ中隊で勤務した、教え子の松岡巳義伍長の名前があった。
私は思わず「松岡伍長・・・」。あとは、言葉にならなかった。・・・・
私の脳裏には、別れた一ヶ月前の彼の姿が、鮮やかに蘇ってきた。無性に悲しく、涙が溢れて、どうしようもなかった。
待ちに待った、最後の無電が入った。
「敵機発見!」「敵機動部隊発見!」と続いて、第一信、第二信が受信された。
無線室の将校は、自分が特攻隊で突入しているような真剣な表情で、文字通り、手に汗握るような緊張した空気の中で、誰一人咳する者もない死の静寂の中に時を待った。
一分、二分、三分、四分、五分。
何日にも、何年にも思えるような、長い沈黙の六分間の時が流れた。
「六機―敵機動部隊に突入する―天皇陛下万歳―さようなら・・・」
この無電を最後に、六人の若い清純な魂は、「日本民族の、不滅の永遠の生命の中に生きる」と、その肉体は敵艦と共に散っていった。
最後の無電を聞いた瞬間、全身に強い電流を受け、心臓が停止し、全身の血が逆流するような強い衝撃を感じた。
どの顔も蒼白な表情で、涙で顔がくしゃくしゃになっていた。誰が命ずるともなく、沖縄の空に向って静かに頭を垂れて合掌し、健闘を感謝、六名の勇敢な戦士の冥福を心から祈った。
引用終わり。
>>骨抜きにされてしまってるなぁ
お互いそう思いますねー。
ほとんどは、ただ、ぼ〜っとしていても国は安泰なものと勘違いしている、いや、させられているのでしょう。
国境の島々に対する防備の状況を見ても全く世界の常識から、かけ離れていますものね。