2006年12月21日

中国人石平氏の天皇観

「天長地久」の皇室と日本民族の幸福
  
 石平著「私は毛主席の小戦士だった」から引用してみます。
 石平氏は「中国民主化運動の世代」といわれている1980年代最初の80年に大学一年生となった方で、1988年に来日、以後日本で評論活動をされています。
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引用開始
 かつて、よく京都を散策したから、京都御所へは何度も行った。・・・
 ヨーロッパやロシア、あるいは中国などの大陸国家から来た見物客であれば、おそらく、誰もが、「エンペラーの宮殿」である、この御所の質素さと無防備さに、驚かずにいられないであろう。
 同じアジアの、広い溝と威圧的な城壁で囲まれている、北京の紫禁城の勇姿を前にしては、この御所というのはせいぜい、どこかのご隠居様が、余生を楽しむために造った、茶室付き別邸程度のものであろう。

 しかし、京都御所は、それらの金城鉄壁の居城や、壮大華麗な宮殿よりも、はるかに勝っている点が一つある。
 それはすなわち、御所のかつての主である天皇家は、今でも、この日本国の万世一系の皇室として、最高の地位にとどまっているということである。

 ヴェルサイユ宮殿に君臨して、「朕は国家なり」と豪語したフランスのルイ14世の死去から七十数年後の1792年に、ブルボン朝の王政が革命の嵐の中で崩壊し、その翌年には不運のルイ16世が王様の身でありながら、ギロチンで命を落とした。ロシアでは、クレムリン宮の主人である、ロマノフ朝も1917年の革命において滅亡し、ニコライ2世一家の惨殺によって、その血統まで絶たれたのである。
 そして、わが中国の歴史において、北京の紫禁城を皇居に使ったのは、明と清という二つの王朝であったが、言うまでもなく、今は、そのいずれも存続していない。・・・・

 天皇家は、京都の一角にある、あの「みすぼらしい」御所に悠然と鎮座して、多くの激動の時代を乗り越え、東京遷都を通して現在に至るまで、その最高の地位と最高の品位を保ち続けてきたわけである。
 イギリスの王室やタイの王室など、日本の天皇家と類似するような存在は他にもあるが、しかしそのいずれもが、歴史の悠久さにかけては、日本の皇室の比ではない。
 言ってみれば、世界中でもっとも「貧相」な「宮殿」に住んでいた日本の天皇家こそ、この世界史上における生命力のもっとも強い王家なのである。

 中国の歴史上では、皇室・王朝の交代は数十回も繰り返されてきた。一つの王朝の寿命は、最長でも300年程度であったのに対して、日本の皇室は、どうして文字通りの万世一系となり得たのだろうか、その違いは一体どこにあるのか。

 その後、日本史を色々と勉強することによって、この謎はある程度、解けたような気がする。
 簡単に言えば、その歴史の大半において、皇室は、政治権力に執着がなかった。時の権力に対して、常に超然たる立場に身を置いてきたことが、天皇家が万世一系の天皇家となり得た最大の理由ではないのか。
 もともと、民族の神話、生い立ち及び民族の伝統文化と深く結びついていたから、皇室は日本民族の存立条件そのものに自らの立脚点を持ち、政治権力に頼らない伝統的権威を自ずと擁している。
 だからこそ、権力に対する超然的な立場に身を置くことができた。このような立場にいると、いくつかの例外を除ければ、天皇家の地位は、政治権力の交代とはもはや何の関係もない、「雲の上」にある。

 戦前では、天皇誕生日は「天長節」と呼ばれていたが、この「天長」という言葉の出典は、実は中国古典の一つである「老子」にある。・・・・
 「天地は長久である。天地が長久であり得る訳は、自ら生きようという意識がないからである。故に、よく長久でありうるのである。だから、天地のこの無私の態度にならう聖人は、自分の身を後にして、他の人々を先に立てようとするが、かえって人々から慕われて、その身が先に立てられるようになり、自分の身を考慮の外に置いて、人々のために尽くすが、かえって人々から大切にされて、その身が存続される。それは聖人の無私の態度からそうなるのではないか。無私だからこそ、その大我が完成されるのである」

 「老子」の言葉をここで長々と引用したのには勿論訳がある。
 じつは最近、「老子」のこの一節を再読した私は、ここで語られている「天長地久」の摂理と、この天地の摂理に適った、「無私」の聖人の道は、それはそのまま、万世一系の日本の皇室のあり方そのものではないか、と気がついたのである。
 なるほど、その長い歴史の中で、民と時の権力に対して、日本の皇室は常に「自らの身を後にして他の人を先に立て、自分の身を考慮外に置いて人々のために尽くす」という「無私」の態度を貫いてきた。

 日本という国とその民を「わがもの」にしようとするような私欲もなければ、権力に飛びついて、一族の「栄達」を図る必要もない。
 権力はすべて摂関や将軍などの「臣下」たちに譲り、日本の天皇は自ら京都の一角の「貧相」な住まいで、質素な生活に甘んじながら、日本国の安泰と民の幸福を一心に祈るという祭祀的な役割に徹したのである。・・・
 超越的な存在としての無私無欲の皇室を持つことは、まさに日本民族の幸運であり、日本歴史の僥倖なのであろう。
 中国人の私は、羨ましい思いで日本の歴史を眺めつつ、一人の「愛日主義者」として、日本の皇室の天長地久と、日本民族の永遠の繁栄を願いたい気持ちである。
引用終わり

 このように皇室存続の原因は、外国人の目から見る方がよく解るようです。日本人もこのことを再度考えなおして、自分たちがいかに貴重な民族の財産を擁しているかを強く認識する必要があるでしょう。
posted by 小楠 at 07:52| Comment(4) | TrackBack(0) | 書棚の中の中国
この記事へのコメント
>いかに貴重な民族の財産を擁しているか

全くそのとおりですね。
天皇批判は日本の歴史批判と同じ。
人間、手放してから初めて有難みが分かることは多々ありますが、この財産を手放すことだけは絶対に避けなければならないと思います。
Posted by sfZ at 2006年12月21日 08:28
sfz 様
>>この財産を手放すことだけは絶対に避けなければならない

そうですね、これはかけがえのないものですから、代わりにというような訳には行きません。
世界から見てもただ一つの人類の財産と言えるのではないでしょうか。

Posted by 小楠 at 2006年12月21日 13:14
>自分たちがいかに貴重な民族の財産を擁しているかを強く認識する必要がある
もう認めない認めたくないのは犯罪といっても良いですよね。天皇はついこの前までは禁裏様といって神様でした。無欲の統治者というよりも日本人民の心のふるさとです。皇室と天皇制度は地球の無形文化財と書いたら怒られそうですが宝物です。日本の自然界に最もふさわしい統治の形態を再考するべきです。それが嫌なら代案を持ってきなさいと一括して貰いたいです反日ワクチンさんに。代案なって有る訳が無いんですが、実は。
Posted by ケイさん語録 at 2006年12月24日 20:24
ケイ様
>>無欲の統治者というよりも日本人民の 心のふるさとです

これが日本人の無意識の感覚ですよね。
日本民族を代表するとか、国民の親のような感覚で考えることもあります。
世界でもかけがえのない存在ということに、日本人が最も気がつくべきです。
Posted by 小楠 at 2006年12月25日 08:10
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