2006年12月02日

紫禁城の黄昏の却下

満洲問題の本質

 私も少し以前に「紫禁城の黄昏」を読みましたが、東京裁判がこれを証拠として採用しなかったことにも、あの裁判に最初から意図があったことを示すものなのでしょう。
 アメリカは帝国主義の歴史で、最後に遅れて登場し、アジアにその侵略の目を向けた頃には、残っていたのは満州だけでした。ここに日本との対立があったことは、日露戦争以後の歴史に明白でしょう。
 清水氏は「大東亜戦争の正体」の中でこれを取り上げていました。写真は大元帥服の溥儀です。
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引用開始
※『紫禁城の黄昏』が明らかにした真実
 結局大東亜戦争の直接の発端となったのは、満洲における日米の権益争いであった。では、満洲とは何か。当時世界が日本を非難し、孤立した日本が国際連盟を脱退する破目になった原因が満州国の建国であった。満州国は果たして日本の傀儡政権だったのか、その満洲問題の本質、真実を知れば、どちらに正義があったか自ずから解明されるはずだ。それを知るかっこうの書物が『紫禁城の黄昏』である。

 この魅力的な題名の書は、清朝最後の皇帝・溥儀の家庭教師として、皇帝の人となり、紫禁城の内幕、満洲問題と日本との関係を内側からつぶさに観察した、イギリス人による貴重この上ない歴史の証言である。原著は1934年刊行であるが、近年、中山理氏によって完訳され、渡部昇一氏の監修で出版された。
 渡部氏の監修の言葉に「『紫禁城の黄昏』が、極東軍事裁判に証拠書類として採用されていたら、あのような裁判は成立しなかったであろう。こう言うだけで、本書の価値を知るには充分である。もちろん、何が何でも日本を悪者に仕立て上げたかった東京裁判所は、本書を証拠資料として採用せず、却下した」と。

 この本を書いたレジナルド・ジョンストンは、当代一流のシナ学者で、宣統帝溥儀の家庭教師となった人である。この本は、満洲事変後のアメリカ・イギリスの対日政策が根本から間違っているということを、動かしがたい証拠を以って言及していねのである。

 この書が決定的に主張していることを一言でいえば、「満洲は絶対シナではない」という点である。
 ジョンストンの、「シナには近代欧米的な意味での国家は、かつて存在したことがなく、いろいろな王朝があっただけである」という指摘に驚かされる。考えてみれば周王朝と唐王朝では人種がほとんど別になっているといわれているし、元王朝は蒙古民族の王朝であり、清王朝は満洲民族の王朝であり、決していわゆるシナ人の王朝ではなかった。これが満洲問題を理解する鍵であったのだ。

 そのシナで「滅満興漢」が叫ばれ革命が起こり、満州族最後の皇帝溥儀は紫禁城から追い払われた。皇帝は家庭教師のジョンストンと共に日本公使館に逃れた。次に父祖の地である満洲に戻って、そこで皇帝になりたいと思っていた。その溥儀の夢を支援したのが日本であったのだ。
 とすると満洲というのは日本が侵略してつくったわけではない。その前の柳条湖事件は、満州国に満洲皇帝を招き入れるための悪者の除去作業だったといえる。

 満州国は傀儡政権だと言われるが、満洲人の正統な皇帝が、先祖が「清」を建国した場所に戻って、大臣も満洲人か清朝の家来で構成された。
 東京裁判のさい、梅津美冶郎の弁護人だったブレイクニー少佐はこの本を提出したが却下されてしまった。これを証拠として認めると、先に渡部昇一氏の言としても紹介したように、東京裁判の戦犯は誰もいなくなってしまうからである。

 ジョンストンのこの本には、溥儀が喜んで序文を寄せている。しかし溥儀は東京裁判の当時ソ連軍に捕まっており、脅かされていたので、序文は自分が書いたものではないと供述した。もし序文は自ら筆を執ったと彼自身が認めれば、彼は日本政府に拉致されて皇帝になったのでなく、自ら望んで日本に助けてもらって皇帝になったということを認めることになる。そうすると東京裁判自体が成り立たなくなるのである。だから、この本は証拠として採用されなかったのだ。

 ジョンストンは次のように書いている。二十世紀初頭の満洲は実質的に、完全にロシアに占領されていた。清朝はロシアを追い払うために何もしなかった。ところが日本は日露戦争でロシアを打ち破った。それがなければ遼東半島ばかりか、満洲全体がロシア領のマンチュリアスタンになっていたことが明白であった。
 日本はロシアの植民地になりかけていた満洲を助けた。そこへ清朝から皇帝が帰ってきた。それを日本が助けて、一体何が悪いかと。

 この論理が成り立たなければ、日本は中国を侵略したという汚名から逃れることができなくなる。だが、この論理はきわめてまっとうなもので、日本が満洲を侵略したと言い募るほうが無理だということに、そろそろ気がつくべきである。
 だとすると、柳条湖事件にも、日本は肩身の狭い思いをする必要はまったくない。この事件は満州国をつくるために侵略者で匪賊の頭領である張学良を追い払っただけのことである。

 何度も言うが、満洲はシナではないのだ。シナ人にとっては万里の長城外の化外の地にほかならないのである。
 戦後生まれた中国は、日本のお陰で手に入れた満州を、マンチュリアという呼称を嫌ってシナ領土の東北にあった固有の土地であるかのごとく、ここを「東北」地方と呼んで自らの泥棒行為をゴマ化している。五族協和の満州国の成立でシナ人は毎年100万人が移住して王道楽土を楽しんだ。満州国の存在で一番得をしたのはシナ人であった。満洲は今の中国の経済を支える宝庫だ。中国政府は日本に深甚なる感謝を捧げるべきである。
引用終わり。

 リットン報告書にも、日本が満洲を侵略したとは書かれていません。この点をもっと明らかに日本人に報せることも大事なことでしょう。
posted by 小楠 at 07:48| Comment(2) | TrackBack(1) | 書棚の中のアメリカ
この記事へのコメント
このサイトの表題について。
日本語として少しおかしいのではないかと思います。反日放送、反日新聞といった場合、反日運動を主とした放送・運動のことですね。高級ワクチン・中古ワクチンといった場合、高級な・中古の、 ワクチンという意味ですね。反日という言葉は、高級・中古という言葉と同様に形容詞なのです。
インフルエンザ・ワクチンのように、何かを予防するワクチンといった意味でワクチンという言葉を使用する場合には、ワクチンという単語の前に名詞を持ってこなければならないのです。
ポリオ・ワクチン、失恋(対策)ワクチンのように。
このサイトは反日宣伝に感染しないように予防するためのサイトだということは内容から判りますが、内容を知らない人が読めば反日のためのサイトだと受け取るかも知れません。親日ワクチンという言葉を考えてごらんなさい。ほとんどの人が親日的なものと考えるでしょう。
Posted by 雅子 at 2006年12月10日 08:59
ご指摘有難うございます。
>>内容を知らない人が読めば反日のためのサイトだと受け取るかも知れません。

それも意図するところなのです。
どちらの人にも見ていただければと思っています。
Posted by 小楠 at 2006年12月10日 11:31
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満洲とシナ
Excerpt: 「反日ワクチン」さんから満洲関係のTBを頂いたので、私の方でも触れておこうと思います。「リットン報告書」のエントリーで紹介した『満洲はシナの一部ではない』とは、いったいどういう事なのか?・・・今の中国..
Weblog: 考察NIPPON
Tracked: 2006-12-04 03:56