2006年11月28日

逆東京模擬裁判

東京裁判の立場を逆にしてみると

「昭和の戦争記念館」第五巻 大東亜戦争と被占領時代の中に、考えさせられる著述があります。
 それは東京裁判の立場を逆にして、日本が米ソ両国を断罪する「ワシントン・モスクワ裁判」を想定してみると、東京裁判で作られた「A級戦犯」とはどんなものなのかがよく判るというものです。
植民地化された国々から判事を出し、日本が主導してワシントン裁判(アメリカ対象)、モスクワ裁判(ソ連対象)を想定しています。
メイン号の爆発事件をスペインの仕業だと宣伝して、一挙に太平洋諸島からフィリピンまで占領してしまった米西戦争以来を対象にしています。 
では掲載してみましょう。写真は清瀬弁護人とキーナン検事です。
kiyose.jpg

引用開始
 東京裁判では、満洲事変以後の歴史を裁いたから、ワシントン裁判では米西戦争以来のアメリカの侵略を裁くことになる。
 1921年のワシントン会議では、日本に対し保有艦船を5:5:3に割り当て、日本を押さえにかかった。支那事変が起きると陰に陽に蒋政権を支援した。
 アジア撹乱の張本人はアメリカだった。やがてABCD包囲陣を作り、日本に対して石油その他の重要資源を封鎖した。

 日米戦争では、捕虜となった日本兵を各地で大量殺害した。さらに、日本本土の無差別爆撃を連続して行い、婦女子を含む民間人を大量虐殺した。さらにあろうことか、広島・長崎に原子爆弾まで投下した。
 彼らの戦争犯罪を東京裁判の方式で洗い出せば、次のとおりである。

@ 自らの権益を保持し拡大せんがため、アジアの平和を撹乱しようと共同謀議した「平和に対する罪」

A 戦争法規に違反した「通常の戦争犯罪」

B 非戦闘員に対して加えられた大量殺戮、奴隷的虐待等の「人道に対する罪」
 となる。これらをABC級の戦争犯罪人に分類することは容易である。

 「超A級」は、巧みに開戦を仕掛けたルーズベルトであり、政策を受け継いで原爆投下を命じたトルーマン大統領である
 「A級」には、事実上の宣戦布告を突き付けたコーデル・ハル国務長官の名がまず挙がる。そして日本本土の爆撃にあたって、軍事施設に限定することを考えていたハンセル准将に代わって、無差別爆撃を強行し、約二十万(原爆による犠牲者を除く)の民間人を虐殺したカーチス・ルメイ空軍少将、そして支那事変中から米国義勇航空隊(フライング・タイガー)の指揮者となって蒋介石軍を支援したクレア・シェンノート空軍少将など、きりがない位挙げることができる。

 さらに、ソ連を裁く「モスクワ裁判」では、「超A級戦犯」は何としてもスターリンである。続いて「A級」は、極東軍司令官として満洲・樺太・千島に大侵略を命じたワシレフスキー元帥であろう。
 停戦に応じて軍使を派遣すれば、それらさえ射殺して攻撃を続けた。民間人は逃げ場を失い、満洲の荒野や、北朝鮮、樺太で四十万人を超える婦女子らが命を落とした。

 戦後はポツダム宣言に違反して六十万の日本軍人を捕虜として抑留し、多くの生命を奪い、満洲・北朝鮮・樺太の工場設備や財宝のほぼ六割を盗取した。

 これら戦争犯罪人を洗い出して日本が受けたような裁判にかければ、何千人を絞首刑や銃殺によって処刑することになるであろうか。

 私は、ここに模擬裁判のシナリオを書いてはみたが、空しさが残るのである。
 そもそも戦争とは、どこの国にとっても正義の戦争なのだ。日本から見た「A級戦犯」も、彼らの国にとっては、「祖国にロイヤリティを尽くした英雄」である。もし日本が(仮に戦勝国だったとして)彼らに対して「戦犯を祀ることは軍国主義になるから、国立墓地から分祀せよ」と言ったとしよう。彼らは日本人の非常識を疑うか、激怒するであろう。

 いずれにしても、勝った国が負けた国を裁くなどということは、歴史のお笑い草である。そして軍事裁判の判決を信じたり、いつまでもとらわれたりすれば、後世の子孫たちから軽蔑されることは明らかである。

※タフト上院議員の批判
 戦後我が国は、共通の精神的基盤がないためか、防衛・教育・憲法など国家の基本問題をめぐって国内対立を続けてきた。それは一種の内輪喧嘩といってよい。対立が深まれば深まるほど混迷の度が加わって収集がつかなくなる。

 それでは共通の国民的基盤はどうして作るか。まず「極東国際軍事裁判」の決着をつけることである。この裁判は子供にも分かる不当な裁判なのだ。
 日本が敗戦すると、占領軍は日本を裁くために裁判所条例を新しく作り、過去に遡って裁いたのである。罪刑法定主義の原則に反するもので、アメリカのロバート・タフト上院議員などは猛然と反対した。彼の反対理由がすべてを語っている。
 「戦勝国が敗戦国の過去に遡って裁くことは、英米法の伝統に反する。勝者による敗者の裁判は、どれほど司法的な体裁を整えてみても、決して公正なものではあり得ない。それは、復讐裁判であって不公平はまぬがれない。ドイツ戦犯十二名の処刑は、アメリカの歴史の汚点となろう。特に日本に対してはドイツと異なり、復習の名目はない」
引用終わり。

 ここで、カーチス・ルメイ空軍少将が戦後、「もし我々がこの戦争に負けていれば、私は戦争犯罪人となったであろう」と言っていたことからも、この裁判は勝敗によって全く結果が逆となるものであったことが判ります。
posted by 小楠 at 07:54| Comment(4) | TrackBack(0) | 書棚の中の東京裁判
この記事へのコメント
アジアを植民地にし、日本へ脅威を与え、侵略戦争を行い、民間人を大量虐殺し、捕虜を虐待した・・・。


「超A級」という表現は如何かと思いますが、国際軍事裁判で被告席についたのは日本ではなく「文明国(笑)」だった可能性は十分ありますね。


そこに内在した歴史と政治に対する主張も含め、全くもって野蛮な「裁判」です。
Posted by 何某 at 2006年11月29日 21:54
文章中にも出てくるけど、ほんと空しさが残ります。
反日日本人は「日本が悪いことをした」で思考停止してしまっている。
そうなっていない者も、東京裁判の真実を知らないままで済ますわけにはいきませんね。
Posted by sfZ at 2006年11月29日 22:36
何某様
>>日本ではなく「文明国(笑)」だった

本当にその方が相応しいですね、侵略の元祖に裁かれたなんて、お笑いです。

sfz 様
>>東京裁判の真実を知らないままで済ますわけにはいきませんね

この裁判がまったくのでたらめということは、案外PR不足ですね。
もっと徹底して報せていきたいものです。
Posted by 小楠 at 2006年11月30日 07:07
この逆転の発想は、東京裁判の実態を誰にでも分かりやすくする、マジックのようですね。
ところで小楠さま、最近入稿が無いのは、何故なのですか?
Posted by Bruxelles at 2010年11月08日 11:26
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