2006年11月22日

メーソンの神道解説

 今回も「世界に生きる日本の心」から、日本に留魂した外国人たちの一人を紹介してみます。

引用開始
 アメリカ人で、神道をみごとな英文で書き著したジャーナリストがいました。J・W・T・メーソン(1879〜1941)という人です。
 メーソンの墓碑は東京・多磨霊園にあります。彼がアメリカで亡くなる時、「遺骨を日本に葬れ」と遺言していました。日米開戦中にも拘わらず、東京都のはからいで多磨霊園に埋葬されたのでした。碑の題字には、メーソンのフルネームと生没年、そして「ジャーナリストにして神道主義者」と書かれています。
 以下はメーソンの著書「神ながらの道」の一部です。

序(抄)
 神道は外面はなはだ単純であるけれども、深遠なる内面的意義を蔵する。日本人はいまだかつて客観的分析的方法によって神道を自己表現的なものにしたことなく、常に神道の内面的精神(日本人として欠くことを得ざる必須要素)によって指導されることに満足している。
 もし我々と違った消化器官を持っている別世界の者が、この地球を訪れ、どうして、口中に摂取された食物が生命を維持するエネルギーになるかと質問したとすれば、何人も答えることは出来ないだろう。しかし事実は厳として存在する。
 同様に、違った霊性観を有する西洋人が日本人に神道の意義を問うたのに対して、日本人がその意義を知らぬと答えたとしても神道は無意義なものであるということにはならぬ。日本人は神道を分析していないというだけのことである。
 創造的原動力、詳言すれば、日本人に対する神霊的・心意的エネルギーの刺激としての神道の力は、言説的解釈の欠如に関係なく、常に存在しているのである。(中略)

 神道を理解することなくして日本を理解することは不可能だと日本人は言う。西洋人としてはその通りである。しかし日本人自身としてもさらにその通りである。日本人は直感的に神道を理解するけれども、さらに自覚的に理解するにいたるまでは、日本国民は西洋人の理解を期待し得ない。

 まさに発現せんとしている新世界情勢においては、各国民は自己を他国民に理解せしめる方法を知らなければならない。それをなし得ない国民は後へ残されてしまう
 日本人は遺憾ながら自己を説明する能力において欠如している。東洋におけるこの偉大なる国家(東洋においてはそこにのみ創造的活動の精神が現代的な標準において存在する)の将来の福祉のために、その国民は自己の文化を“より”客観的に理解することを学ばなければならない。

 神道は日本の世界文化に対する主要貢献たり得るけれども、日本はまだいかにしてその貢献をなすべきかを知らない。神道は世界に対してメッセージを持っている。しかしこのメッセージ普及の使命は日本の負うべきものである。そのためには、神道を日本国民の間に、もっと現実的なものにしなければならない。
 私は日本がその全国民の肩の上に担がれているこの責任に目ざめんことを切望する。神道は人民のものである。いかにしてその感化力を増進すべきかは人民の解決すべき問題である。』

第十章 神道と近代主義(抄)
 日本における神道の影響は、あまりにも長く内面的潜在意識的心意の上にのみ局限されていた。知識が現代の如く発達した時代は、直感的意味と同時に自覚的理解としての知識を要求する。日本がその進歩を促進し、その古代文化を保持せんとするならば、神道は単なる潜在意識力のままに止まっていてはならない。(中略)

 万葉集の中に、山上憶良の古歌で「日の本は言霊のさきはふ国」というのがある。その意味は、日本語は日本人が直感的に悟得する内面的心霊をもっているというのである。これは大体正しい。しかし複雑な現代生活は、これ以上のものを言葉から要求する。
 
 日本は、その言語が自覚的分析で、自己表現を促し、また活発な心的独創性を進めるような国にならねばならない。(中略)

 日本の学者間には、日本の創造的精神よりも中国哲学やインド神秘主義や西欧科学の方がよく理解されている。(略)
 日本人はあまりにも自分を卑下し、また感情を抑制しすぎる。(略)
 神道がインド仏教よりもはるか優れた精神的原理を有し、よりよく現代生活に適せるものであり、また儒教よりもその内面的哲学的見解においてはるかに深遠であり、また西洋文化よりもいっそうよく物質的進歩と精神的理想主義とを調和せしめるものなることを明確に会得しないのである。(中略)

 もしも日本がその潜在意識的直観力を保持し、しかも同時に自覚的自己表現的分析力を発達せしめ得るとすれば、日本文化はいまだかつて他民族の企ておよばざりし高所にまで達するであろう。しかしもし日本人が自己の内なる独創性を発展せしめることなく、徒らに海外に自覚的霊感を求むるならば、日本精神と神道の創造的精神とは潜在意識的沼地に埋没し、日本の将来における発展を促進する上でますます無力となり行くであろう。』
引用終わり

 言葉では神道をよく使いますが、神道には他宗教の教義のようなものを見ません。しかし、日本人として育つ過程で共通して身につける精神なのでしょうね。
posted by 小楠 at 07:15| Comment(7) | TrackBack(1) | 日本人の独り言
この記事へのコメント
こんにちは。以前から何とはなしに気になっていて、皇室典範改正議論をきっかけに少し「神道」を知ろうとしたのですが、所謂宗教と同次元で理解しようとすることが摩擦を生むのではないでしょうか。ヴァイニング夫人の記事でもあったように、神道から派生した宗教もあるようですが、大半の日本人は「神道」を宗教とは意識せずに受け入れているものと思います。それにしてもアメリカ人にしてここまで「神道」と日本を理解してくれていた人が居たなんて。
PS.昨年偶然知り、興味を持って読んだサイトをお知らせします。
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe800.html
Posted by おばりん at 2006年11月22日 17:38
おばりん様
>>大半の日本人は「神道」を宗教とは意識せずに受け入れているものと

私も神道が宗教という意識は持っていません。
神道で宗教といえばやはり天理教とか大本教に代表されますが、新興で神道を利用したようなものもあるようです。
けれども、日本人ならほとんどの人が持つ自然崇拝、祖先崇拝が原点なのでしょうね。
Posted by 小楠 at 2006年11月23日 10:26
日本人の原点、それは地続きの大陸諸国と異なって、周囲を海に囲まれた島国と言う地域性と農耕民族の歴史から必然的に生まれた親から子へと受け継がれた生活の知恵、その継承から祖先を敬い自然を崇拝すると言う、そこには宗教性はないものの、信仰にも似た生きる糧・精神が神道だったと思います。
Posted by カピタン at 2006年11月23日 11:42
こんにちは。早速ご覧頂有難うございました。今日は「新嘗祭」で天皇陛下の重要な祭祀の日ですね。「勤労感謝の日」でも良いのですが、その本来の意味を教育で教えてもらいたいものです。寝坊しましたが、国旗は掲揚しました。
Posted by おばりん at 2006年11月23日 15:28
カピタン様
>>親から子へと受け継がれた生活の知恵

こうして人々の心に自然に養成され、日本人になっていくという作業が連綿と続いているのですね。

おばりん様
>>本来の意味を教育で教えてもらいたいものです

これもGHQによって抹殺された歴史の一つですね。大切な伝統を意味と共に教えることで、自然に感謝する心を持っていくものなんですが。
Posted by 小楠 at 2006年11月23日 18:24
神道=皇室崇拝
と誤解している人が多いですが、もとをただせば、皇室が神道を利用しただけで、それが今では、反日たちが軍隊を否定するために利用しています。
つまり、それだけ利用されやすいんですね。
私は、神道は立派な宗教だと思っています。
今まで何度も、拙ブログで話題にしようと思いましたが、コンパクトに纏めるのが、非常に難しくて…。
Posted by おしょう at 2006年11月27日 13:19
おしょう様
神道思想は教義などを作ってしまうよりも、代々親の言い伝えや態度などで、身体に沁みこんでいくことが大切なように思います。
Posted by 小楠 at 2006年11月27日 15:03
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