2006年11月18日

日米開戦の遠因

 アメリカが孤立主義を捨て、帝国主義政策を追求するようになったきっかけを、佐藤優著「日米開戦の真実」の中で語られている大川周明の考え方を見てみましょう。

引用開始
※日本の日清戦争勝利が招いた列強の「太平洋シフト」
 それまで「眠れる獅子」として恐れられていた中国は、日清戦争の敗戦で弱体化していることが露呈し、植民地に成りうるとの認識を欧米列強に抱かせることになった。その結果、アメリカは対東アジア政策を積極化するのである。その帰結が米西戦争であった。
 
 1880年代に帝国主義政策への転換を遂げたアメリカは、1898年の米西戦争でグアム島とフィリピン諸島を獲得し、マニラを拠点に中国を植民地支配することを虎視眈々と狙うようになった。
 アメリカが提唱した中国の門戸開放とは、植民地の分配に自分も参加させよというものである。中国の領土保全は、仮に中国が列強に分割されることになれば、アメリカの取り分が少なくなるから、領土保全の方が都合のよい利権構造を維持できるという計算からの意思表明に過ぎない。お人好しの日本人は、このようなアメリカの内側からの変質に長い間気づかなかったのである。・・・・

 帝国主義の時代においては、他国の植民地となるか、他国を植民地とする列強の一員になるしか選択肢はない。・・・・
 アメリカも日本も、帝国主義の時代においては善意の国になれないというリアリズムから大川は出発する。少し先走っていうと、大川はこうした帝国主義的な世界システムの脱構築を考えていた。
 大東亜共栄圏を作ることで、国民国家の制約を超えて、共通の文明圏に属する人々が支配・被支配の枠組を超えて生きていくことができるような世界を構想していたのである。しかし、戦後、その構想は一切無視され、大川は日本民族の優秀性という人種神話に基づいた世界支配を目論む植民地主義者にされてしまったのだ。

 19世紀にはヨーロッパから地理的に近い中近東、アフリカ、さらにインドまでの西アジアにおける列強の植民地分割は基本的に終了していた。従って、各国はそれまで手つかずだった東アジアに向っていくのである。
・・・略・・・

 中国が欧米の植民地になれば、国境を接する朝鮮や日本も植民地にされる危険性が高まる。日清戦争での勝利が、日本により大きな脅威を招いてしまった。ここに付け込んできたのがロシアであり、日本は朝鮮半島、満洲に覇権を確立しようとするロシアの野心を挫くために戦争に突入した。
・・・略・・・

 日露戦争までは、アメリカは日本に対して好意的だった。日本の国力を過小評価し、取るに足りない相手と考えていたのであろう。しかし、ハリマンの満鉄買収計画が失敗した後、アメリカの日本に対する目付きが悪くなってくる。日本がアメリカの要求に「ノー」と言ったことに対し、アメリカは苛立ちを強めるのである。そして、日本がアメリカの太平洋制覇と中国進出を妨げる主要な障害と考えるようになってくる。・・・・

※対日作戦計画「オレンジプラン」の登場
 日露戦争後、アメリカの帝国主義利益を直接推進する政治家、経済人のみならず、草の根の市民レベルでも反日感情が高揚する。その背後には、19世紀末からアメリカやオーストラリアを中心に広まった黄禍論がある。

 アジアの黄色人種の急速な台頭がヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアなどの白人支配体制を崩すという人種主義的脅威論が黄禍論であるが、その背景には清朝の弱体化による大量の中国系移民の発生と日清戦争、日露戦争に勝利した日本の軍事力に対する過剰な警戒感があった。・・・
 実は、太平洋戦争前にアメリカは「オレンジ計画」という対日作戦計画を立案していた。戦争はほぼその流れに即して行われたのである。

※アメリカの「二重基準」(ダブル・スタンダード)外交
 第一次大戦について、当初、「戦争はアメリカ人の自尊心が許さない」と言っていたにもかかわらず、連合国側の勝利が確実という段階になると、自らの利権拡大のために参戦するのだ。自国の権益拡大をなりふり構わず進める帝国主義国家の特徴である。
・・・略・・・

 大川周明は、アメリカの外交政策を分析して4つの矛盾を具体的に指摘する。
�@ 自ら国際連盟を提唱しながら、それに加わらない。それでいて加盟国でないにもかかわらず国際連盟を用いて日本に圧力を加える。

�A 不戦条約を締結して、戦争を国策遂行の道具にしないと約束しているにもかかわらず、攻撃能力のある世界一の海軍を保有している。

�B 大西洋では、英米海軍の10対10の比率が、平和を害するものでないと言いながら、太平洋においては日本海軍の7対10の比率でさえ、平和対する脅威であると強弁する。

�C ラテン・アメリカに対しては門戸閉鎖主義を固執しながら、東アジアに対しては門戸開放主義を強要する。例えば、日本人漁業者が、メキシコのマグダレナ湾頭に土地を租借しようとしたとき、これがアメリカのモンロー主義に反するという決議案がアメリカ上院を通過している。他方、東アジアにおいて日本が占める地位はアメリカがメキシコやニカラグアで占める地位の十分の一にも及ばないのに、門戸開放主義の名において日本の権益を認めようとしない。

アメリカの行動はあまりにも矛盾に満ちていて、利己的なのである。
引用終わり。

 日清、日露戦争から続くアメリカや列強の動きを知っておくと、日米開戦に至る事情が明らかになってくるでしょう。
posted by 小楠 at 07:46| Comment(7) | TrackBack(0) | 書棚の中の国際関係
この記事へのコメント
九州鶴見山麓は久し振りの雨です。暫し晴耕雨読。今日はプログ観天望気の終了をお知らせにまいりました。長らくご愛読頂きましたことを感謝します、有難うございました。また、何らかの形で復活することもあるかも知れませんが、今のところ時期は未定です。種々幅広い蔵書の中から、その歴史の解明するところ、小楠さんの「反日ワクチン」を今後楽しみにしています。カピタン
Posted by カピタン at 2006年11月19日 08:57
カピタン様
観天望気は一時終了ですか、ちょっとお休みでリフレッシュですね。

いつか再開されるまで、悠々ライフの方をリンクさせて頂きます。

Posted by 小楠 at 2006年11月19日 10:14
米国ほど外交べたな国は有りませんね。只只強引さだけでやってるから敵も多いです。Little Bushのやり方はすなわち米国歴史のやり方そのものです。
Posted by ケイさん語録 at 2006年11月19日 14:56
ケイ様
>>只只強引さだけでやってるから

日本で言えば二枚舌も平気ということですか。
利益のためには信義など何とも思わない。
世界は腹黒いという本がありますが、その通りですね。
Posted by 小楠 at 2006年11月19日 18:16
>大川は日本民族の優秀性という人種神話に基づいた世界支配を目論む植民地主義者にされてしまったのだ。

戦後の日本の歩みを冷静に顧みれば、日本人が他国を侵略して喜ぶような民族ではないことは、すぐにわかると思います。
当時は、支配するかされるかの、極端に言えば二者択一を迫られていたような時代ですから、日本は国土を守るために列強入りし、大東亜共栄圏という構想を持つに至ったのでしょう。
事実、日本は戦争に負けましたが、戦後、多くのアジア諸国が独立を果たしております。また、列強の多くも、植民地主義を捨てました。ソ連を除いて…。
大川周明のような人が、植民地市主義者というレッテルを貼られるのは、哀しいことです。軍人だけでなく民間人も含め、戦争で尊い命を失った日本国民の名誉は、いつになったら回復されるのでしょうか。
Posted by at 2006年11月22日 08:36
名無し様
>>当時は、支配するかされるかの、極端に言えば二者択一を迫られていたような時代

ここのところと、英米蘭などの植民地獲得競争の事実を教えた上で、当時の日本を語らないと、正確な判断ができませんね。
Posted by 小楠 at 2006年11月22日 11:06
上記の名無しコメントは私です。
失礼しました。
Posted by おしょう at 2006年11月27日 13:02
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