2006年11月10日

ヴァイニング夫人3

ヴァイニング夫人は、当時、天皇についてのさまざまな出来事をこの書の中で述べています。
エリザベス・G・ヴァイニング著「天皇とわたし」から引用します。

引用開始
※天皇陛下ご退位の噂
 1948年の夏のはじめ、天皇のご退位があり得ることが盛んに話題にされた。・・・・
 今上陛下にとってご退位できるのであれば、お楽になられたには違いないと思われる。そうすれば思うままに生物学のご研究に専念され、制約の少ない生活をお楽しみになられたものと思われる。・・・・
 人々は噂しつづけ、何週間が過ぎて行った。・・・・ご退位の噂話は消え、そして忘れられた。誰がその決定をしたのか、わたしには分からない。マッカーサー元帥の助言による、と言う人もいるが、わたしはそれについて全く知らない。国民の意志が働いたからであろう。読売新聞の世論調査は、国民の九割が天皇がとどまられることを望んでいたことを示した。

※天皇家の宗教
 アメリカの人たちは陛下の宗教についてわたしによく質問する。
・・・略・・・
 宮内庁長官の田島氏は
 「賢所には伊勢神宮の鏡を模したものが祭られており、剣や勾玉は宮中の中か、陛下のお側に置かれてあるのが慣例です。
 天皇というものは神道の長と見なされたことはかつて一度もありません。賢所で営まれてきたもの、そして現在でも営まれているものは、皇室のご一家の皇祖崇拝の一連の儀式制度にほかならず、宗教であったことは一度もありません
 また、いわゆる神道とも同一ではありません。戦前には、神道は神社神道と教派神道に分かれておりました。前者は宗教とは見なされたことはなく内務省神社局の管轄下に置かれ、後者は宗教と見なされて、文部省の宗務局の管轄下に置かれておりました。天理教、大本教、黒住教などはこの神道の教派なのです。」

 わたしは疑いの余地のない知識の持ち主によって以上のことを明らかにしてもらって嬉しかった。

※両陛下との懇談
 日本に滞在中の後半に二度ばかり、皇子、皇女方、とくに皇太子のご教育について両陛下と時間をかけて率直にお話し申し上げる機会があった。最初は葉山でだった。・・・
 両陛下とわたし、それに侍従長の三谷氏が通訳官として陪席した。
 三谷氏は外見は落ち着いておられせたが、察するに、その折は神経をすり減らされたのではなかったかと思われる。
 氏はわたしの言葉を適切な御所ことばに置き換えてくれただろうか。というのもわたしは子供の幸せを願うどの父兄に対しても話すような調子でお話し申し上げたからである。両陛下は、通訳官を介してではあるが、世間の親がそうであってほしいのと同じほどに、熱心で、率直で、胸襟を開いてわたしの話に応じて下さったと感じられた。

 皇太子はご家族と、とくにご両親と弟宮とはできるだけ一緒に暮らすべきだと、わたしはかねがね思い、いつも心かけていた。そうされないのは不自然で、皇太子のご理解を深めたりお心を豊かにする機会がかなり失われてしまうのではないかと思われた。
 
知性的で、良心的で、しかも愛情細やかなご家族がこのように離れて生活していることは、最善を与えられてしかるべき少年の生活にとってはたとえようのない無慈悲な強制であるとさえ感じられた。宮内庁職員たちは――侍従らの人たちのことであるが――皇室ご一家がご一緒に生活されるべきというわたしの考えにつねに抵抗した。彼らは旧套になじみ、それが既得権とさえ感じていた。・・・・

 そこでわたしは、彼らの裏で立ち回るのではなくて、このまたとない機会をとらえて、わたしの持論を直接両陛下に申し述べた。・・・・・
 次の年にもたれた同じような懇談は、最初のときのような動揺は起さなかったが、興味ある付け足しがあった。今度は両陛下とお話し申し上げる前に田島氏がわたしに会い、氏自身では直接陛下に申し上げにくい二、三の事について、わたしから申し上げるようにと要望されたのであった。
 小泉博士は、ある別の機会に、あなたは普通の人間とかわりないかのように天皇に向って自分の考えを言える唯一の人だと言われた。博士は「他の人は、わたしも含めて、天皇の前ではコチコチになってしまうんですよ」と言われた。

※天皇陛下とマッカーサー元帥
 天皇はマッカーサー元帥との友情について、わたしにはっきりとお話になられたことは一度もなかったが、わたしが元帥と会った折のことをお話し申し上げるときの、陛下がお示しになったごようすからご関心のほどがそれとなく察せられた。
 元帥が本国に召還されたとき、陛下は慣例をやぶられ、元帥のところに出かけてお別れの挨拶をされた。陛下は五年半の間に十回ほどアメリカ大使館に元帥を訪問されたが、それらは公式の御訪問であった。しかし最後の場合は、陛下個人としてまた一人の友人として元帥にお会いになるためであった。・・・・・・

 天皇陛下と戦勝国の元帥との間に結ばれた友情こそは、お二人の雅量を示すものだが、陛下におかれては、それがさらに顕著である。
 陛下が精神的に備えておられる数々の優れた御資質は高位の人にはなかなか見られないようなものである。人間的な勇気がそうだし、忍耐、威厳、克己、国民への愛情、強い義務感がそうである。
 これらは君主に求められるもので、陛下は多分に身につけていらした。ご自分の周りにいる人たちの幸福や安寧にたいする細かいお心配り、科学者としての視野の広さと真理への情熱、純粋なご謙遜。これらは皇位の周囲での儀礼とか追従とかにはふつう相いれるものではない。
 これらにも増して陛下がお持ちになっておられるものは寛容なお心持ではないか。陛下はそれをもちあわせておられたからこそ困窮と屈辱を従容として受け入れられ、進駐して来た旧敵にも恐れずに当面され、凱旋の元帥と友情を結ばれることができた。これこそは気高さの本質そのものとわたしには思われる。
引用終わり。
posted by 小楠 at 07:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 書棚の中の人物
この記事へのコメント
おばりんさんにご紹介いただき、遊びにきました。
勉強になる書籍を紹介していらっしゃそると伺いました。
また、遊びにきます。
どうぞ、よろしくお願いします。
Posted by rui at 2006年11月10日 10:44
>>おばりんさんにご紹介いただき

お訪ね頂いて有難うございます。
おばりんさんは偶然住まいが同県だとわかり、なんとなく親近感があります。
実は自分の勉強がてら、皆さんにお知らせしたいと思う本の部分を引用しながらやっています。
お役に立てればいいのですが。
Posted by 小楠 at 2006年11月10日 11:51
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