スタンレー・ウォシュバン著「乃木大将と日本人」を紹介します。
S・ウォシュバンは1878年生れの米国人新聞記者で、日露戦役に特派員として、乃木三軍に従軍し、間近に乃木大将を見た方です。
この本の冒頭章『永遠の力』は、乃木大将を通じて、日本人以上に日本人を理解しているとさえ思える記述がありますので、それをご紹介しましょう。

引用開始
※永遠の力
大きな仕事よりも、むしろ人格によって、その時世に非常な貢献をする人が、三十年に一度か、六十年に一度くらい出現することがある。そうした人物は、死後二、三十年の間は、ただ功績をもって知られているのみであろうが、歳月の経つにしたがって、功績そのものが、その人格に結びついて、ますます光を放つ時がくる。
たとえば軍人であるとすれば、その統率した将士の遺骨が、墳墓の裡に朽ちてしまい、その蹂躙した都城が、塵土と化してしまった後までも、なおその人格と、人格から発する教訓とが、永遠に生ける力となってゆくからである。乃木大将は実にかくのごとき人であったのだ。
乃木大将は、日本古武士の典型であり、軍人にして愛国者であった。そして1912年(明治四十五年)9月、明治天皇の崩御し給うと同時に、渾身の赤誠を捧げ、畢生の理想を纏綿させていた、その対象を失ってしまったため、この上はいたずらに生きながらえんより、むしろ白刃を取って、自ら胸を貫くにしかずと思い定めたのである。
世界万国、特に日本において、万人ひとしく乃木大将を敬仰するのは、大将が旅順口を陥落せしめ、奉天に露軍の右翼を牽制し、クロパトキンの敗走をもって、かの恐ろしい戦役に終局を告げさせた将軍としてである。
乃木大将とその勲功とは、軍事研究の見地からも、優に戦術兵学の一章を成している。しかし日本帝国にとっては、もはや単なる国民的英雄に止まらない。その功績の詳細が、一般人には漠然とした記憶くらいになった後までも、永く伝承して、帝国の歴史に生きてゆくべき伝説となっている。
・・・略・・・
日本人の性格には、一種微妙な本能がある。すなわち、理想と自我とを融合させようとする傾向が、はっきりした強い底力となっている。乃木大将の生涯は、この日本人の特質をそっくり具体化したものである。将軍こそ、かの眼に見えず手に触れない涅槃の浄境に、霊魂の安住を求めようとする仏教の思想を、徹底的に体現した人である。その個性においても、その生涯においても、この思想を実現して、更に殉死によって、全国に向かって、これを立証したのである。
近代日本の基礎は、伊藤、大山、乃木、その他少数の先輩によって築き上げられた。彼らは私的功名心のごときをもって少しも汚すことのできない理想を抱いて、スパルタ的な日本人の剛健質実な気性と、国民的理想に対する熱烈な憧憬と、この二つの、遠い封建時代の昔から伝わった祖先の遺産に加うるに、近世西欧の、一切の学問芸術をもってすることができたのだ。この二種の相異なった文明の、その最もすぐれた要素の大部分を捕えて、打って一丸とするということは、容易に企及すべき事業ではなかったのだ。
・・・略・・・
私の希うところは、ただ微力を尽くして、大戦役を背景として立っている一人物の肖像を描いてみようとするにある。日本人の精神性格を真に理解し得るものと仮定し、そして乃木大将を知り、乃木大将を味わい、かつその精神生活の活動を理解しようとするならば、自然かの日露戦役についても、幾分の言及を必要とすることになる。
・・・略・・・
ただ日露戦役における乃木大将に関しては、幾分承知していることがある。それは私が米国の一従軍記者として、旅順口攻囲戦から、後日将軍が、蒙古の辺境近くまで北進して、日本軍の最左翼に出動するにいたるまで、幸いに乃木軍の司令部に従属するの特権を与えられていたためである。
私は直接乃木大将を見、かつ乃木大将を知るに及んで、その人格と天稟とに痛く感激させられたものである。将軍ほどの徹底的理想主義者は、かつて得知らなかったのである。
将軍の一大軍人たることは、全世界に知らぬ人はない。しかしその私的、個人的方面、その純真掬すべきほどの温情、婦女子の柔和にも類うべき、そのなつかしい滋容に至っては、英米人の知るところでなく、また全く理解し得ないことと思う。
乃木大将の人格を知らんとするには、剛勇鉄のごとき軍人としての大将と、温厚深切なる友人としての大将と、この二つの方面から観察する必要がある。私たち数名のものは、幸いにこの二つの方面から将軍を窺うことができた。たとい私が旅順・満洲の状況について言及するとしても、それは旅順・満洲のためではない。旅順・満洲あるがために、将軍を知ることができたからである。
乃木大将にとっては、旅順戦はいわば一傷痕であった。奉天戦も一つの古傷であったのだ。戦役において、我々は将軍の性格発展の跡をたどることができるし、またかの惨酷な鮮血時代、犠牲時代の悲劇において、明治天皇崩御に際し、将軍を駆ってあのような挙に出でしめた、その精神の動きを了解し得るのである。
引用終わり。
裏表紙に書かれている書評を引用しておきますと、
「ここに描かれたのは、乃木大将の伝記ではない。いわんや戦役史に資料を提供するものでもない。彼の大戦役の折、大将の身近にあり、大将をFather Nogi と呼んだ一米国従軍記者が、難攻不落といわれた二百三高地を陥れ奉天戦へと転戦する乃木の孤影の中に、武士道精神と優雅な詩情とを併せもった名将の姿を見、自我を没却し、専心、理想の実現に邁進しようとした大将の生涯は、日本人の特質を具体化したものだと説く、香り高い名著」
となっていました。
六十年どころか今後の日本においては百年待っても輩出し得ない人格者だとおもいます。最後の日は見苦しい姿を現さないために夫婦ともにそれぞれが両膝を白布の帯で結わいたという逸話を聞いた気がしたんですが、例の校長先生から(さだかではありません)。
>>両膝を白布の帯で結わいたという逸話を聞いた
これは私は真実だと思っています。作法として伝わっていたのではないでしょうか。
命日新聞の件は、如何様にも、ケイ様のやりやすいようにして頂いたらと思っています。
PS:非常感謝!
その通りだと思いますが、現代の日本では、残念ながら乃木大将は、忘れ去られようとしているように思われます。
この人のことを研究して、小説、書いてみようかな。
あの作法は、昔の映画などでもよく見た記憶があるので、そうするもんだと思っていたのです。
おばりん様
>>福田和也氏の本を今春読みました。
そうでしたか、私は祖父が日露戦争に出征しましたので、祖父からよく聞かされたのがきっかけです。
おしょう様
>>小説、書いてみようかな。
是非是非、発表して下さい。なんだか楽しみが増えたような気になってきました。
日本人論としても貴重ではないですか?