2006年10月26日

日米開戦回避努力

 今日も舟山喜久彌著「白頭鷲と桜の木」より、戦前から開戦時のアメリカ大使、ジョセフ・C・グルーについて掲載して見ます。
 副題に「日本を愛したジョセフ・グルー大使」とあるように、彼がいかに日米開戦回避につとめ、開戦後本国においては、いかに戦後の日本の分断、壊滅を阻止するために努力したかが描かれています。

引用開始
※日米首脳会談
 日米首脳会談に、天皇も積極的に賛意を表された。木戸内大臣も近衛を支持した。
 時あたかもルーズベルト大統領はチャーチル首相と大西洋上で会談を行っていた。
 野村大使から巨頭会談の提案を受けたハル国務長官の態度は、近衛に「甚だ失望的だった」と書かせるほど冷淡だった。・・・・・

 グルー大使は豊田外相から、この巨頭会談の斡旋を頼まれた。グルーはもちろん快諾し、ワシントンに真摯に検討し受け入れを要望する旨を打電した。この時点では、ルーズベルトは乗り気だったのだ。
 だが、これは単なるジェスチャーだという強力な指摘がおこなわれた。たしかにルーズベルトはチャーチルとの洋上会談で「日本をあやす」と約束して帰っていたのであるから、その観点から見ればそう言わざるをえないのだろう。

 ハルは初めから近衛の提案に好意的でなかったが、それはホーンベックの影響もあった。・・・・・
 ホーンベックとグルーとでは、対日観も日米関係に関する認識も正反対といってよかったから、グルーが巨頭会談に熱意を燃やせば燃やすほど、ミスター極東ホーンベックは反対の立場を固執したのだ。
 ホーンベックの発言は大きな力を持っている。東京発の情報を信ずるよりも、ハルはミスター極東の状況判断に押されてしまう。
 ルーズベルトといえども、そうしたハルの進言に耳を傾けざるを得なくなってくる。
 グルーからの巨頭会談実現を訴える手紙を、ルーズベルトはハルに差し戻してしまったのだった。・・・・・

 9月6日、昭和天皇が有名な「四方の海 みなはらからと思う世に など波風の立ち騒ぐらむ」の歌を引かれた御前会議が行われた夜、近衛首相は東條と及川海相の了解のもとにグルー大使と秘密会談をもった。・・・その席で近衛は、
「今この機会を逸すれば、われわれの生涯のあいだには、ついにその機会が来ないであろう」と言って、一日も早くルーズベルト大統領との会談を行えるようにと要望した。近衛はあくまでもルーズベルトとの直接会談に、期待を抱き続けていたのだ。

 グルー大使はその『滞日十年』に言う。
「近衛公爵は私に、ワシントン非公式会談の当初から、彼が陸海軍首脳部の力強い協力を受けていると話した。(中略)軍部内に彼の政策に賛成しないある種の分子が存在することは彼も認める。しかし陸海軍の責任者が完全に支持する以上、かかる分子の間で起こるかもしれない反対を、抑圧統制することは可能であるとの信念を彼は漏らした」
 さらに近衛はグルーに、
「懸案となっている一切の問題はルーズベルトとの会談の中で、相互に満足しうるよう処理しうると確信する。ルーズベルトと同意に到達し、その旨を天皇に報告し次第に、天皇は直ちに一切の敵意ある行動の即刻停止を命ずる詔勅を発するであろう」
と言明した。
・・・略・・・

※近衛首相の驚愕の提案
 その内容を見たグルーは、一瞬わが目を疑った。ここまで日本が譲歩しようとは、夢にも思わなかったからだ。
 しかし同時にグルーは、それほどまでにして日米間の和平を願う近衛の熱情に、思わず目頭が熱くなるのを覚えたのだった。
 これなら、たとえ反日感情で固まっているワシントンの連中でも、日本との戦争を回避するだろう。いや、この提案を見たら戦争などできるはずはなかった。

 しかし、近衛は駐日アメリカ大使館とワシントン間の暗号通信の安全性に不安を抱いていた。日本側の逆探知で彼の提案内容が日本側に知られることを極度に恐れていた。
 ケーブルで打ってくれるな、あくまでも秘密にして欲しいとグルーに懇願した。ワシントンに入った報告が逆に日本に伝わると、軍の統帥部が阻止しようと、あらゆる手段を使ってくることが十分に考えられたからだ。
 グルーもたちまち不安に襲われた。この内容をどうやってルーズベルトに報せたらいいのか。日本側に解読されていない暗号があるが、絶対に安全だとは言い切れないとグルーは思い始めた。・・・・・
 まして内容が内容である。その内容が分かれば、近衛首相は暗殺されるかも知れない。いやその可能性大だと、テロの恐ろしさを知っているグルーは判断した。

 そこでグルーは近衛に、彼が巨頭会談を終えて日本に帰るまで、ルーズベルトの協力を得て、この提案内容は明かさないことを約束した。
 近衛が会談を成功させて、天皇と日本の上層部の了解のもと、ラジオでいっせいに放送すれば、日本国民からは反対の声は出てこないであろうというのがグルーの目算であった。
 グルーはその夜、巨頭会談開催に今一度全力を傾けることを、近衛に誓ったのだった。

 グルー大使は長文の意見をワシントンに送り、巨頭会談開催を再度熱心に勧めた。もちろん、近衛との約束を守って彼の本当の提案には触れなかったが。
 それに対するハルたちの反応は相変わらず鈍く、冷たかった。
 ワシントンが真実、日本との和平を望むならば、グルーの東京情報を信頼すべきだったのだ。・・・・
 その後、近衛もグルーも諦めずに一層の努力をしたが、遂に八方塞がりになり、近衛は内閣を辞職したのだった。
引用終わり

 ドイツとの戦争に参戦したかったルーズベルトたちは、アメリカの世論を参戦に導くため、先ず日本に最初の一撃を撃たせるように進めていたのですから、日米開戦を回避しようとするこの首脳会談は到底受け入れるつもりも無かったでしょう。
 そんなこととは知らずに開戦回避の努力をしていた日本は、まったく筋ちがいのことをしていたということですね。
posted by 小楠 at 08:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 書棚の中の人物
この記事へのコメント
多忙だったため、目を通していない記事が、いっぱい溜まってしまいました(冷汗)。

さて、小楠さんの勧めで購入した「われ巣鴨に出頭せず」ですが、まだ、半分ほどしか読めていません。
通読後であれば、この記事に関しても気の利いたコメントができたと思うのですが…。
読後は、約束通り、必ず感想文をメールします。
今しばらく、お待ちのほど…。
Posted by おしょう at 2006年10月29日 16:34
おしょう様
>>必ず感想文をメールします

有難うございます。なんだかレポート提出せよ、みたいですね。
おしょう様のブログでも何か役に立つ記事となれば幸いですが。
Posted by 小楠 at 2006年10月29日 17:15
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