2006年10月17日

教科書の真珠湾記述

「アメリカの歴史教科書が教える日本の戦争」という本から、真珠湾に関する内容の一部を引用してみましょう。
 もちろん教科書は何種類もあって、教える教師によっても違いがあるでしょうが、年代とともに事実をきちんと書くようになってきているようです。ついでに日本の教科書の記述もひとつ取り上げて、欠陥を指摘しておきます。
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『The American People Creating a Nation and a Society』の2000年版から、
引用開始
 ・・・しかし、アメリカは1939年7月、1911年の日米通商航海条約を6ヶ月以内に破棄すると通告することで、経済的圧力をかけた。さらに、1940年9月には航空機用燃料や屑鉄の日本への輸出を停止、さらに1941年春までにその他の品目の対日禁輸を次々と追加していった。アメリカ政府としては、日本がこうした重要な資源をカットされることで交渉を余儀なくされ、危機を回避できると考えたが、話し合いは進展しなかった。日本は中国から撤退はしなかったし、1940年から1941年には仏領インドシナを占領した。・・・・・
 
 ルーズベルトは対日交渉で有利な立場に立っていた。なぜなら、アメリカは日本の極秘外交電報を解読していたからだ。しかし日本の意図は盗聴、解読した電文だけではわからなかった。
 アメリカの指導者たちは日本が攻撃を計画していることは知っていたが、どこに攻撃を仕掛けるかはわからなかった。1941年9月、日本はアメリカがまともな譲歩をせぬ限り11月以降対米攻撃を行うことを決定していた。そして12月7日、空母から発進した日本軍の爆撃機はハワイ・真珠湾に停泊中のアメリカ艦船を攻撃した。日本による奇襲(Surprise attack)で戦艦5隻を含む19隻が沈没あるいは破壊され、150機の航空機が壊され、兵士、水兵2335人と民間人68人が殺された。
同日、日本軍はフィリピン、グアム、ミッドウェー、英領香港、マニラに侵入した。翌日、アメリカ議会は宣戦布告を承認した。・・・・

 ルーズベルトは議会で1941年12月7日を「屈辱の日」と呼び、宣戦布告を認めるように議会と国民に求めた。この日は米外交政策およびアメリカ国民の世界観全般に強烈な衝撃を与えた。奇襲によって、孤立主義を唱える者たちやアメリカ第一主義を主張する者たちを含むすべてのアメリカ国民が団結した。これ以上のものはなかった。

 ショックと憤りが醒めるや、アメリカ国民は悪者探しを始めた。真珠湾奇襲を事前に知りながらアメリカ国民を対独戦争で一致団結させるために、わざとアメリカ軍への警戒警報を出さなかったとしてルーズベルトを悪者扱いする神話が依然として存在している。だがルーズベルトは本当に知らなかった。
 日本軍が真珠湾を攻撃するという事前の警報はまったくなかった。確かにアメリカ軍は日本軍の暗号を解読していたが、真珠湾奇襲については役に立たなかった。なぜなら日本海軍は作戦行動中、すべての交信を途絶していたからだ。・・・

 アメリカ人は確かに日本人を過小評価していた。その理由の一つは人種的な偏見からだった。つまり、アメリカは攻撃以前の多くのシグナルを無視していた。なぜなら、まさか日本人が遠く離れたハワイの標的を攻撃できるような能力は持ち合わせていないと思っていたからだ。
 ルーズベルトや軍部指導者たちは、日本がフィリピンやタイを攻撃することは予想していた。多くは不注意からしくじったが、そこには共同謀議などはなかった
引用終わり

 戦後すぐには、真珠湾を「騙し討ち」のように記述していましたが、今では「奇襲」が一般的のようです。
 アメリカの教科書では、アメリカが日本の暗号電報を解読して、日米交渉の日本政府の意図をすべて把握していたことをはっきり書いています。
 ここで、攻撃を知らなかった理由にしている、「日本海軍がすべての交信を途絶していた」というのは間違いということです
 アメリカ側に、ヒトカップ湾を発進してからの日本の連合艦隊の交信が記録されているからです。交信は禁止されていたにもかかわらず、艦隊は交信を続けていたことが分かってきています。
 では、日本の教科書の記述はどうでしょうか。ここでは山川出版の『詳説世界史B』から引用してみます。

引用開始
 日中戦争の短期解決の思惑は中華民国の抵抗によってはずれ、日本軍はとくに中国共産党軍(八路軍)のゲリラ戦に苦しめられた。巨額の軍事費と兵員の必要は、日本の経済を強く圧迫した。この状況を打開するために、日本は南方への進出を企て、フランスの敗北に乗じて1940(昭和15)年9月、フランス領インドシナ北部に進駐するとともに、三国防共協定を日独伊三国同盟へと発展させた。

・・・これに対してアメリカは日本への石油供給を停止し、イギリス・中国・オランダと提携して、いわゆる「ABCDライン」を形成して対抗した。1941年初めから行われていた日米交渉は、ほとんど進展を見ないまま、同年12月8日、日本軍はまずハワイの真珠湾にある米海軍基地を奇襲して、アメリカ・イギリスに宣戦し、太平洋戦争に突入した。
引用終わり。

 どうでしょうか、まず、日本の教科書のニュアンスは、中国での戦争による経済的困難を打開するために、進んで仏領インドシナに進駐したように思わせます
 実際はアメリカの禁輸措置による物資不足解消のためでしょう。アメリカの教科書には、すでに1939年7月から経済的圧力をかけだし、1940年9月には航空機用燃料や屑鉄の輸出を停止したことが書かれているのに、日本の教科書ではアメリカの禁輸のためとは読めません。
 そして、中国で日本に抵抗した主役が、国民党軍であるにもかかわらず、とくに共産党軍が闘ったように書かれていますが、実際には共産党軍はほとんどまともに日本軍とは戦っていません。むしろ国民党軍と日本軍を戦わせ疲弊させるための工作活動が主な行動でしょう。
 また突入したのは大東亜戦争で、この当時に太平洋戦争という言葉は、日本にはありません。
 ここで、双方の教科書ともに、日本の「甲案、乙案」と、それを無視したかのような「ハル・ノート」については記述がないようで、ちょっと不思議に思いました。ただアメリカにとっては「ハル・ノート」の内容はアメリカの恥とでも考えているのでしょうか。
posted by 小楠 at 07:33| Comment(7) | TrackBack(0) | 教科書に見る日本
この記事へのコメント
こんにちは。
私の疑問にお答えいただいたようなエントリーで、ありがとうございます。
>「だがルーズベルトは本当に知らなかった。」
これも?ですねぇ。

しかし教科書だけで歴史を教えることの難しさを痛感させられますね。少なくとも諸説あるのなら、教科書ではそのうちの一つだけを記述するのではなく、併記してもらえれば良いのになぁ、と思います。
その教科書で習っただけで、他に歴史を学ばなければ、その人にとっての歴史観のその教科書に固定化されてしまいますから。
数年前までの日本の教科書で学習した人は「従軍慰安婦」を史実として信じ込んでしまっているでしょうし、それが政治家を見る目や投票行動にも結びついてしまうのですし。。。
Posted by j.seagull at 2006年10月17日 13:06
山川出版の『詳説世界史B』といったら多数の高校で採用されているシェアの高い教科書ですよねぇ・・・(鬱)

教科書(あるいはマスコミ)が歴史の全部ではないし、一面的で真実を語っていないこともある、ということに多くの人が気付ける環境をネットが作ってくれましたので、全部が全部を鵜呑みにする人は少ないかと思いますが、不安も…。

あまり教科書問題には関心が向かなかったのですが、注目すべき問題なのかもしれません。
Posted by 何某 at 2006年10月17日 13:20
j.seagull 様
丁度いい本があり、また海外教科書の話題を掲載していたところなので、先日の質問をヒントに、真珠湾についての記述を掲載した次第です。
事実に基づいての表現の違いならまだしも、事実でない慰安婦のような内容は絶対に許せませんね。

何某様
>>注目すべき問題

事が子供の基礎知識となる教科書だけに、深刻な問題と思います。まず、内容が特定イデオロギーの背景を持つようでは、国民の教科書とは言えず、イデオロギー団体の教義でしかないでしょうね。
Posted by 小楠 at 2006年10月17日 16:28
 お久しぶりです、ずっと読ませてもらっています。

  まだ八路軍神話が根強いのが笑わせます、『中国の赤い星』で感動した世代が書いているんでしょうか。 

 北部仏印進駐は援蒋ルートを遮断するするのが主要目的だと思います。まだ支那事変自力解決のための行動でしょう。英米の援助さえ絶てば蒋介石は倒せると思ったのでしょうが、結果として英国は援蒋ビルマルートを再開するし、米国はくず鉄と鉄鋼を禁輸しました。
 10ヶ月後の南部仏印進駐は南方資源を視野に入れての行動ですが、これで石油の全面禁輸を喰らって真珠湾に一直線になるんですね。
 この時期の日本を考えると切ないですね、蒋介石を倒すためには援助のルートを絶たなければならない(戦争に勝つには相手の継戦意思を絶てば良いのですが、百戦百敗の劉邦が漢を興した国ですから中国人はしぶといです、最後に一勝すれば良いと思っているのでしょう)そのために仏印まで足を伸ばして深みにはまるわけです。
 私はついベトナム戦争を連想します。ホー・チミン・ルートを叩くためにインドシナ三国を不安定化させたアメリカと重なります・・・まあ日本のおかれた状況はもっと悲惨ですが。
 
Posted by nanbu_somosomo at 2006年10月17日 17:19
nanbu_somosomo様
>>援蒋ルートを遮断するする

有難うございます。これも書いておくべきことでしたね。
教科書で、中立であるはずのアメリカが、せっせと蒋介石に軍事援助していたことも、本来は書くべきことでしょうね。
そして、南進政策をとった原因となるスターリンの陰謀も。
Posted by 小楠 at 2006年10月17日 20:21
ちなみに、娘の教科書にはこうあります。

<米英との開戦と東南アジア侵略>
日本軍は中国で、人々の根強い抵抗にあって泥沼の状態になっていた。この状態を打開するため、軍部や政府は、アメリカ・イギリスの中国援助の補給路を断ち切り、あわせて石油やゴムなどの物資を得るため、1940年にはフランス領ベチナム北部に軍隊を送り占領した。続いて日本が南ベトナムに侵攻すると、アメリカは石油・鉄などの日本への輸出を禁止し、中国や東南アジアからの日本軍の撤兵を求め、緊張が高まった。
国内では、1941年10月、陸軍大臣の東条英機が首相となり、そして12月1日、昭和天皇の出席する御前会議で開戦を決定した。
日本陸軍は、12月8日、イギリス領マレー半島に上陸し、海軍はハワイの真珠湾にあるアメリカ軍基地を奇襲攻撃した。そして、日本はアメリカ、イギリスに宣戦し、太平洋戦争が開始された。(後略)

内容はもとより、まるで、人ごとのように日本のことを語っておりますなぁ。
寒気がします。
Posted by おしょう at 2006年10月18日 18:16
おしょう様
>>1940年にはフランス領ベトナム  北部に軍隊を送り占領した

これもフランスと交渉して条件付で進駐したと記述すべきですね。

>>昭和天皇の出席する御前会議で開戦 を決定した。

ここが天皇の責任と思わせるように誘導しようとしているように思います。
いやらしさを感じますねー。
Posted by 小楠 at 2006年10月18日 20:10
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