今日はフランスの中等教育用歴史教科書に現れた日本の姿を引用してみます。こちらは、1967(昭和四十一)年発行のものです。
ここでは主に歴代の日本文化の成り立ちを説明しています。
引用開始
『歴史・現代の世界』
※日本文化の独創的特徴
日本文化は、中国と西洋から受容れた借物の文化と言われるが、その奥底には依然として独創的なものがある。その偉大な伝統は、常に非常に強靭なものである。その伝統とは、『大臣下』に補佐された天皇という一人の皇帝に代表されるもの、さらには自然に対する深遠な感情を映した詩と芸術等である。
その後、貧しく人口過剰の日本は、国の運命に立ち向かってきた。その間、激しい競争の渦巻く世界の中で、身を守るために戦争に訴えた。しかし、その後はそう思っていないし、日本は再び平和を愛するようになった。
※日本世界とその偉大な伝統
日本はまず輸入したものを模倣し、ついで自分のものにし、それに自国の特性を与えて同化する。それ故、これは単なる受身的な“消化”といったものでなく、自発的能動的な適応である。中国文化に対してもその通りで、日本はそれを輸入した後で、自国自身の伝統に順応させた。それは西洋文化についても同様であった。
※天皇朝永続性の秘密
西暦五世紀頃、日本には国の南部に局限された数多くの貴族制氏族が存在していた。これらの氏族の一つ、大和の氏族の頭が、他の頭の上に立った。彼は自分を、アマテラスノカミ――『天を照らす大きな神』という国の創造者・太陽の後裔と認めさせた。かくして、アマテラスの後継者はすべて『天皇』という称号を持ち、神聖な性格を示すようになった。天皇はこのように始めから『神』の印を押されていた。
続く二・三世紀の間に、別の要素が協力して、政治的伝統を完成した。六世紀に輸入された儒教思想と、唐帝国に存在するものに従って、階層化された統治の形態が確立した。
天皇は日本の有歴時代の初めに生まれ、それが日本の主な伝統となり、非常な重要性を持って今も生き続けている。
その関係は、天皇と『大臣下』と名づけられた人たちとの間に打ち立てられた権力の分立であった。国を創設した諸氏族の頭達の目から見ると、天皇は豊作を保証することができる唯一の国の守護神である『カミ』という霊の一種の代理人でしかなかった。権力は実際は『大臣下』によって所有され、大臣下はいかなる神聖な性格も持たず、そのため野心や反乱によって変わり得た。対立しながらまた中立になりながら。
※神道の起源と仏教との共存
自然界の至る所に、精霊や神という優越した存在を見るアニミズムは、日本の信仰の最も古い基調をなしている。
この神は、すべての尊敬に値した。なぜなら、この神は心に随って有害にもなり、有益にもなった。各人は何よりもまず、氏族を創立した祖先の魂を守護神として崇めた。
この信仰は歴史時代を通して、さまざまな外的な影響を受けながらも、変質することなく発展した。神の数は無限に増大した。なぜなら、沢山の歴史上の人物が古代型の英雄として神格化されていったからである。そのため、日本は何万という神を数えることになった。
他方国が創建されて以来、崩御された天皇の魂は独自の地位を占め、国全体の守護神として特別の尊崇を受けるようになった。かくして信仰の根幹は「神道」という名を受け、礼拝場、祭式、宮司をもった一種の宗教となった。
日本の国教、確かにそれは浮き沈みがあったが、1868年の明治時代の宣言(明治元年・五箇条の御誓文)の後に、皇室の利益のため、新しい輝きを放った。
第二次大戦の荒廃を経た後の今日、神道は少なくとも未だかつてなかったほどの生き生きしたものになった。そしてそれは、日本民族全体の熱情をかり立て続けるであろう。
そもそも極東の国日本は、諸教混淆の国である。それは、神道自体が寛容な性質を持っていて、いかなる神も排斥しなかったからである。
日本では神道に並んで、何世紀も前から別の宗教が、多かれ少なかれ繁栄している。若干のものは儒教のように昔から深く影響を及ぼし、キリスト教は一時期厚遇を受けたが、次第に消えていった。仏教はすぐには問題にならなかったが、やがて採用され、一時期国教にさえなった。
西暦五百年から五百五十年にかけて、仏教は「大乗」の形で、中国や朝鮮を通して到来した。直ちにその成功があり、数世紀にわたって厚遇された。そのため神道は長い間霞んだ存在であった。しかしこの二つの宗教が共存を実現し、今日では(共存は)完璧なものである。
日本人は、生まれた時は神道の形式に従い、死んだ時は、仏教の祭式で葬儀を行う。現在、仏教は数百の宗派に達しているが、その中で最も興味深いものの一つが、十三世紀に現れた“禅”である。禅は他の宗派と反対に、偶像崇拝的な面を避けた。原始仏教の精神を再発見するため瞑想の必要と解脱を追及する。それは『生命の芸術』を生み、『日本的礼儀』を作り出した。
引用終わり。
引用書籍は「世界に生きる日本の心」からです。
フランスの教科書にも、天皇のこと、神道、その他の宗教について、かなり詳しく記述されています。そして、日本の文化がただの模倣ではなく独特のものであると見做していますね。
2006年10月14日
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日本人は実は世界で評価されている 「今そこにある現象を考える!」
Excerpt: こんにちは!世界で日本人への評価は以外に高い、と言うことを知りうれしい気持ちです。それを知ってもおごらず謙虚に受け止めたいと思いますね。
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Tracked: 2007-01-14 17:29
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神道は一行も経文(神文?)などが存在しなくっても大和民族は清く正しく生きてきました、自発的にです。ここが凄いと思います。天皇様が経文の代わりをしていたんでしょうか、良し悪しは別にしても。
>>確たる自国の文化が有るからこそ
私もそう思いました。文化が国にとってどういうものかを分かっているのは、やはりしっかりした誇れる文化を持つ国だからこそでしょうね。
神道は教義があるわけでも、信徒がいるわけでもないでしょうが、精神に連綿と刻まれていますね。
それにしても、神仏習合という言葉こそ使われてはおりませんが、このフランスの教科書も、実に的確に日本の伝統と文化を語っていますね。またもや、日本の教科書とは大違いです(苦笑)。
>>またもや、日本の教科書とは大違い
です
コメント有難うございます。
こうして外国の日本記述を見るにつけ、日本の教科書がいかに極端に偏向しているかが分かりますね。
アイヌ文化のアニミズムについての記事、また見せて頂きたいですね。