2006年10月09日

米国教科書に見る日本2

解説引用
この教科書は1984(昭和五十九)年発行のもので、第十七章が日本の通史になっています。この冒頭に十一世紀の源氏物語絵巻の一部が掲げられています。今から千年も前に、女性によってあれだけの構成と心理分析を持った大河小説が書かれたことは、彼らにとって大きな驚きなのです。そして本文の導入部は、いきなり三島由紀夫から始まっています。

『歴史と生活――世界とその国民』(HISTORY AND LIFE―THE WORLD AND ITS PEOPLE)より

引用開始
※導入部
 三島由紀夫は、日本の最も高名な作家の一人であった。彼の輝かしい小説、劇、短編物語は、国際的にも評価が高かった。彼の作品の一つである「潮騒」は、漁村における生活を題材にした受賞作品であった。
 三島は、日本の古い習慣と伝統、特に封建時代以来の武士道精神ともいうべき生き方を愛した。

 第二次大戦後の日本は、むやみに欧米の真似をしており、欧米的様式が国民を堕落させていると考えた。彼は家族内の連帯が崩壊し、素朴な田園生活が衰え、現代の若者の間に非日本的行動が流行することを慨嘆した。三島はこのような堕落を阻止するために、「盾の会(Society of the Shield)」という愛国的グループを作った。そのメンバーは、天皇への不動の忠誠、古い伝統の尊重、ボディビル、戦闘術等を学んだ。

 三島は現下日本のこのような風潮に、劇的な方法で注意を喚起させたいと決意した。彼は数人の部下を従え、自衛隊東京駐屯地の総監室に乱入(Broke into)した。彼らはまず総監を縛りあげ、つづいて三島は総監室を出て外のバルコニーに立ち、下に集まった自衛隊員に対し(檄文)を訴えた。
 彼の訴えは、政府を打倒し、日本を古きよき時代に立ち還らせる、という趣旨であった。しかし、隊員たちからは何の反応もなかった。
 三島は屈辱と失敗の念に耐えられず、かねてから自ら賛美する武士道の様式に則って行動した。彼は短刀を腹につき刺し、切腹――一般にはハラキリといわれる名誉ある死を遂げた。
 三島は常々、日本の古く美しい伝統のために、自分自身を捧げると言っていた。

 欧米人には、日本の古い武士道の伝統を知らなければ、このような行為を充分に理解することはむつかしい。そして全体が商人化し、軍人に敬意を表わさなくなった商業主義的都市生活化した戦後日本では、この事件は奇妙にも場違い的な事件と受け止められた。

※日本文化には自然崇拝が反映している Japanese culture reflects a reverence for nature
 自然は日本人の生活に強い感化をもたらしてきた。日本は高低さまざまな山々が多く、絵のような風景が開けている。その中で最も印象的な姿は富士山である。
 これは休火山で、三千六百メートル以上の高さを誇る。冬は雪に覆われ、春には山麓一帯に桜が満開となる。

日本人はこのような自然界の不思議に対して風趣を感じ、価値を認める。このことは日本文化のすべての面に反映している。

 神道という土着の宗教(native religion)では自然を神聖なものと考える。そして神を祀る祠は、各地にある美しい場所を選んでつくられている。このような日本人の素朴な自然美を愛する心は、建築や彫刻、絵画、文学等の諸芸術に見られる。

 日本人は自国をニッポン、あるいは特に詩歌において、やまとと呼ぶことがある。詩人の一人は次のように歌っている。
“もし大和の心とは何かと訊かれたら朝日に照し出されて、その香気を放つ山桜の花と答えるであろう”(訳者注・本居宣長の“敷島の大和心を人問わば朝日ににほふ山桜花”)

※シナからとり入れた初期の日本文化 Early Japanese civilization borrowed from China
 日本の神話によれば、日本の国土は、一人の男神と女神が創造し、そこに住みついたとされている。太陽の女神の孫に当たる神が、統治者として選ばれた。

 キリスト紀元前六百六十年に、その子孫の一人神武天皇が、初代の天皇になったと伝えられる。この天皇が神の起源を持つという信仰は、日本人の思想に大きな役割を演じている。一人の日本の歴史家は、次のように書いている。

 「大日本は神聖なる国家である。神の祖先が国家の基を作ったというのは、わが国のみである。日本のみが太陽の神の子孫によって、代々統治されて来た。このような国がらは、他国では見られないことである」
引用終わり

解説引用
ここに言う歴史家とは、北畠親房のことで、この一文は、『神皇正統記』の次の冒頭の英訳に違いないと思いました。
 「大日本は神国なり。天祖はじめて基をひらき、日神ながく統を伝給ふ。我国のみ此事あり。異朝には其たぐひなし。此故に神国といふ也」
引用終わり。

 アメリカの教科書に、本居宣長の「敷島の大和心を人問わば 朝日ににほふ山桜花」が出てくるとは以外ですねー。
 戦後の日本の教科書で育った現代人には、アメリカの教科書の方がよほど日本的に感じられるのではないでしょうか。
 徹底した検閲で日本の伝統をブチ壊したGHQのリベラルたちと、アメリカ本国の良識人とは全く異質であったことも伺えます。
引用書籍は「世界に生きる日本の心」からです。
posted by 小楠 at 07:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 教科書に見る日本
この記事へのコメント
北畠親房の『神皇正統記』ですかぁ…。
良いのか悪いのか…、私は正直、判断に迷うところです。
むしろ、その子息である顕家が遺した、後醍醐帝に当てての上奏文のほうが、私は胸に迫るものがあります。
無論、私見です。他意はありません。

日本の歴史を紐解くと、結構、朝廷の愚行で民が苦しめられたことも多いんですよねぇ。
だからといって、現代の皇室を否定するつもりも私にはありませんが…。

まぁ、いずれにしても小楠さんが仰る通り、現行の歴史教育に関しては、わが国よりも米国のほうが、「日本」を教えようとしていることは認めざるを得ないと思います。
たいへん、残念ですが…。

生意気言いました。ご容赦ください(礼)。

Posted by おしょう at 2006年10月09日 20:45
おしょう様
>>北畠親房の『神皇正統記』

私はこれを読んだことはないのですが、こういう書物も当時は受け入れられていたのかなーという感じです。
勉強不足で、
「顕家が遺した、後醍醐帝に当てての上奏文」というのも知らないのですが、いつかお時間があれば、どんな内容なのか教えて下さい。
Posted by 小楠 at 2006年10月09日 21:31
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