2008年04月18日

中国共産党の殺人方針

「一村一焼一殺」の恐ろしい実態

石平著「中国大虐殺史」から引用してみます。今回は紅軍の元高級幹部が書き記した殺戮と略奪の実態です。

引用開始
 毛沢東が率いる紅軍は、革命根拠地を拡大する中で、「行動方針」を明文化した。「一村一焼一殺、外加全没収」である。
 「一つの村では、一人の土豪を殺し、一軒の家を焼き払い、加えて財産を全部没収する」という意味である。紅軍と配下の破落戸たちは喜んで、この行動方針を忠実に実行した。
 紅軍の元高級幹部だった龔楚が、殺戮と略奪の実態を書き記している。彼は紅軍から離脱して上海へ逃げ、『私と紅軍』という書物を出版した。「一村一焼一殺」の手順を紹介している。

「われわれは未明のうちに村に近づき、まず村全体を包囲し、夜が明けるのを待つ。朝になると、事前に味方につけていた村の地痞を案内人に使って、その村の地痞たち全員を呼びつけて集合させる。彼らから村の地主の詳細な情報を得て、彼らにこれから取るべき行動の手順を教えてやる。
 家族がみな揃って朝食をとる時間を見計らって、われわれは行動を開始する。まず地痞たちと一緒に地主の家に乱入し、家族全員を一ヵ所に監禁してから、すぐさま家全体の捜索を行う。
 金銀の塊、地契(土地の所有証書)、現金の三つがまず確保の対象となる。それらが見つからない場合、家の主を別室に連れ出し、訊問して、所在を聞き出すのである。吐かないときには当然、激しい拷問をする。それでも口を閉じている場合、『吐かなければお前の家族を殺すぞ』と脅しをかける。それでたいてい、目当てのものはすべて手に入る。金銀の塊と現金は、われわれ紅軍のものとなる。それ以外の家財道具は、協力してくれた地痞たちに呉れてやるのがしきたりである。
 地主の家屋だけは、われわれ紅軍もどこへ持っていくこともできない。分けて配分することもできないため、燃やしてしまう。
 あとは土地の処分である。村人全員を村の中心の広場に集めて、地主の家から持ち出した地契をすべて燃やしてしまう。それから、土地は全部お前たちただでやるから、あとはわれわれ紅軍にしっかりと地租(年貢)を納めるようにいう。棚からぼた餅の村人たちは、歓声を上げて大喜びするのがいつもの光景である。その際、もしわれわれ紅軍に兵員補給の必要があれば、土地を配分する代わりに、村民たちに壮丁を兵隊に出すよう要求する場合もある。
 最後に、盛大な祭りが残されている。監禁している地主を広場に引きずり出して、村人に裁判を開かせる。その際、事前の言い合わせにしたがって、地痞たちの何人かが前に出て、涙を流してこの地主の平素の罪状を一つひとつ憤りを込めて告訴する。大半はおそらくでまかせの作り話だろうが、主催者のわれわれ紅軍は当然、真偽を問いただすような余計な真似はしない。罪名と罪状が備わればそれでよいのである。
 そして、いよいよ『その時』がやってくる。

 われわれの司会者は大声を出して、
『このような罪深い土豪劣紳をどうしたら良いか』と村民に訊く。地痞たちはいっせいに拳を挙げて、
『殺すのだ! 殺すのだ! 殺して下さい!』と全身の力を振り絞って叫ぶ。
司会者はここでもう一度大声で言う。
『それではもう一度皆に訊く。こいつは殺すべきか』
一瞬の沈黙のあと、今度はわれわれ紅軍兵士と例の地痞たち、そしてその場にいる村人全員がいっせいに拳を挙げて、
『殺せ! 殺せ!』と絶叫する。
 それで地主の運命は決まる。隊長の命令で、兵士一名が前に出て、即座に処刑を行う。遠くからは射撃しない。万が一外れたら、貴重な弾薬の浪費になるからだ。
 処刑方法は決まって、地主を地面に跪かせライフル銃の銃口を上から斜めに頭に突きつけて、一発で片付ける。パンという銃声がすると、地主の頭の半分が目の前で吹き飛ばされ、白い脳みそと赤い血が混ざり合って広場一面に散らばる。これで一件落着。一日の任務が終了するのである。もちろん以後、この村がわが紅区の一部となり、地痞たちもそのまま村の幹部となるのは、いうまでもないことである」

「一村一焼一殺」の農村革命の行動方針は、次々に実施され、共産党紅軍の「革命根拠地」は徐々に拡大されていった。・・・・
 そしてこの五年間、「一村一焼一殺」で殺された地主、素封家の総数は、何と10万人に上ったという。・・・・ 
共産党紅軍が最盛期に支配した地域の住民は3600万人だから、住民の360人に一人が殺された計算になる。・・・
 要するに、先ほど元紅軍幹部が回顧した残酷極まりない略奪と殺戮が、五年間に10万回、行われたのである。「パンという銃声がすると、頭の半分が目の前で吹き飛ばされる」といった目を覆いたくなる血まみれの殺人が、共産党と紅軍の手によって10万回も実行されたのだ。革命とは、何と暴虐なものか。
 ちなみに、「一つの村で、一人の土豪を殺す」は、あくまで農村地域で施行された「行動方針」なので、都市を占拠した場合、話は違ってくる。
 たとえば、1930年9月に、紅軍は江西省の吉安という都市を陥落させ、45日間占領したことがある。その間、彼らは何と、一万人以上の市民たちを虐殺したと記録されている。町中心部の建物の壁に貼られる死刑布告の貼り紙が、毎日数回も貼り替えられ、処刑される者の名前で埋め尽くされたという。
 中国共産党による暴力革命の歩みは、初期段階から、まさに大量殺人の歴史なのである。
引用終わり
posted by 小楠 at 07:09| Comment(4) | TrackBack(0) | 書棚の中の中国
この記事へのコメント
なるほど、そういうのを日本軍のせいにしようとしてるな
Posted by yui at 2008年05月17日 11:56
yui様
自分達の民族性で日本人も同じように考えてしまうのでしょう。
虐殺の仕方など、日本では考えられないようなことを言っていますね。
Posted by 小楠 at 2008年05月19日 08:22
こんにちは
いつもブログを拝見させてもらってます。
有難うございます。

青山茂晴さんのブログhttp://blog.goo.ne.jp/shiaoyama_julyにて以下のようなコメントがついておりました。
気になりましたのでお知らせさてもらいます

引用開始

日本の有望選手が中国で次々に放射能被爆

「中国雲南省昆明で、 陸上長距離の絹川愛さん、謎のウイルス感染症で五輪断念」と、いろんなブログ等で話題になってますが
赤血球を破壊し白血球を変形というのは、謎のウイルス感染症というよりも放射能被爆と思います。

中国で数年前に旧式化したコバルト60を線源とする照射装置が大量に廃棄されており、コバルトやウランなどの重金属を分離知識も装置も無い中国の鉄鋼会社が廃材として精錬混入した放射線源入鋼材が合宿所等の建材等に使われ、土壌汚染も進み、水や食品あらゆる物に混ざっている可能性は高い。選手による症状の軽重も、各部屋の線源の強さの違いとも見れます。発疹とか下痢については水とか食物が原因かもしれませんが、放射線障害でも同等の症状が現れます。

昆明の合宿所が、健康管理の厳しい日本選手4名に原因不明の体調異常をもたらし、内1人死亡する程の危険地域であることは明らかです。

命がけで参加するオリンピック出場選手の為に、日本政府は、オリンピック競技会場および宿泊所等の近隣施設は勿論、食べ物や水等の放射能を含め様々な汚染状況も徹底的に調査し、個々の命を守る為に北京オリンピック参加/不参加を考えた方が良いのでは、と思います。

ダム決壊で緊迫している四川省綿陽市北川県の唐家山地区に中国で最も重要な核研究施設および軍施設が集中、その50施設のうち20の設備移転が完了しておらず、これら公表されていない軍事施設の放射線源が問題で、民間用の数万倍、数十万倍の放射能汚染の恐れがある。ウラン、プルトニウム、アメリシウム他、研究に利用する標準線源(アメリシウム241、コバルト56、57、60、マンガン54、セシウム137)等。一番問題なのはプルトニウム(自発核分裂で高速中性子を発生)。もしダム決壊等で水が浸入すれば(水は高速中性子を減速して核分裂を起こしやすい熱中性子にする)、臨界事故が発生する恐れがあり、更に堰き止め湖の排水が流れる地域の化学工場地域には大量の廃棄化学物が埋め立てられており、安県だけでもその量は10万トンにのぼり、水につかれば史上最悪の広域土壌汚染を引き起こす可能性があります。そしてそれらは、海へも流れていきます。
以上引用終了
オリンピックどころではないと思います。被爆された方は気の毒です。
Posted by たた at 2008年06月11日 19:41
たた様
いつも拙プログをお読み頂いて有難うございます。
もともと共産国の国威高揚に加担するようなオリンピックに、なぜ世界の民主国が参加するのか、やはりIOCも各国も利権が優先でしょうね。
しかし、そのために大きな被害を受けるかも知れない日本国民の安全保障はどう考えているのでしようか。
すべての環境汚染の上、お知らせいただいたように放射能汚染まで憂慮される汚染大国への参加は、今からでも考えなおして欲しいものです。
Posted by 小楠 at 2008年06月12日 07:39
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